小説・鳴ライ

 ちょっと様子がおかしいなとは思っていた。大体2、3日前から。 まだ日差しも高い青空が窓から見える。時計の針は正午を指していた。 光に照らされた埃がきらめいているなか、僕はソファに座って本を読んでいた。 用事があってもすぐに本を閉じられるよ…

机上にて

 10/5 ライドウ、元気でいるか? 俺は相変わらずだ。ここから、机の前から一歩も動けずにいる。いや、正確に言えば椅子の上から、だろうか。まったくどうしてこんなことになったのやら、万年筆をくるくる回してみても思い当たることが見つからない。 …

続・今日の一コマ

 ケンカは些細なことなのだ。 理由があまりにばかばかしいので戯れに話してみようかと思う。 原因は石鹸だ。なくなりかけていた石鹸。 新しいのを出そうとしたら鳴海さんが先に出した。 前と変わらないのを。 だから僕は少しむかついたというそれだけの…

8/1sunnyday

 夏休みのはじめ、定吉さんと会った。 先に見かけたのは僕のほうで、彼は異人の子を含めた晴海町の子供たちと鬼ごっこをして遊んでいた。白ワイシャツと麻のズボンという軽装を見るに、どうやら非番らしい。 しかし「さぁ次はおじちゃんが鬼だー」などと言…

月の子

 どこと特筆することもないひなびた温泉街。空を見れば伊豆に近いのかも知れない。そんなくすんだ色をしている。 あせた畳の部屋にふたりはいた。 ここは旅館だ。少し湿っぽいが日が当たらないこともない、穏やかな明るさの中にふたりは寝ころんでいた。「…

ギフト

 朝に異変が起こるのはいつものこと。 ライドウがなかなか起きてこないので、鳴海は少年の自室をノックした。 扉を開けるとまず驚いた。 はじめは肩から、そして後ずさった腿へと大量の札束が雪崩れてきたのだ。ここから見えるはずのライドウの机が大小合…

日常 晴海町にて

 潮の音が耳に心地よい。 白い石畳が眩しく照り合う町で彼と再び出会った。 彼は白桜のように毅然とした軍服を着たまま、胸元に茶色の紙袋を抱えていた。どうやら買い物帰りらしい。 ライドウは学帽の位置を正して会釈をした。彼も丁寧に挨拶を返した。 …

日常 深川町にて

 鴉と共に深川を訪れた際、少年は昔のことを思い出した。その記憶を辿るように江戸から明治の町並みが残る家屋方面へと歩いていく。 立ち止まったのは見せ物小屋の前だった。不気味な呼び声でおぞましき非日常を見せようとする呼び子を無視して、少年はそこ…

やわらかな水

 疲れが出たのだろうか。 雨の日に歩いたというわけでもないのに少年は喉を痛めた。 喉の赤みは肺にまで達した。 曇りの日に彼は床に伏せた。 高熱で歩けない彼を診察した医師は寝室でぼそりと告げた。「軽い肺炎です」 どうぞお大事にと薬を置いて老医…

水と体温

 ちゃぷちゃぷと歩くたびに音がする。 いつごろからか、互いの目には足元に水たまりができていた。 靴を浸すか浸さないかくらいのわずかな水は日を追うごとにかさが増していった。 今は夏。 足首まで水がある。「濡れてる感じある?」「いいえ」「そう。…

格子

 朝に顔を合わせると、目の前に鉄格子ができていた。「おあ?」 鳴海は間の抜けた顔をしてデスク近くの黒い格子を指さした。 ライドウはライドウでぱっちりと着こなした学制服のまま飄然と立ちすくんでいる。 部屋の端から端まで10センチの間隔で黒い棒…

今日の一コマ

 試験の疲れが出たのだろう。 堂々とソファの上で横になっているのはいたしかたない。 にしても寝ますな。お前は。 確かにカードキャッスルを作ってるくらいに暇だけれども。 おまけに静かだけれども。 寝ますな。 窓から差し込む陽に『ああ今は夕方な…