小説・鳴ライ

水茎の跡

 外は雪。 元旦の探偵社はストーブがきいていて窓が曇るほどに暖かい。 午前8時。『お年玉』と書かれた大入り袋をまじまじと見てライドウは首をかしげた。 鳴海から手渡されたものだが意味がよくわかっていないらしい。 にこにこから一転、「あー、つま…

におい

「なんですか、犬みたいに」「お前の後れ毛と耳の間の部分な、いい匂いがするんだよ」「くすぐったいからやめてください。 おまけに、なんですか、その鼻の冷たさは」 指先で軽くつままれた。 痛みもなくじんわりと鼻先をあたためてくれる優しい指だ。「体…

p.m.Check-in

 真鍮が黄金のように光っている。ポール付きベッドとは驚いたが、ライドウはそんな悪趣味な輝きを見ようともせずに、石なり塩なりを部屋の隅々に置き始めた。「なにしてるの」「こうしないと、これから部屋ですることを見られてしまいますから」「誰に?」「…

蝶が見た夢

「筑土町へ行くのですか」 壁に空いた穴から声が通った。 黒の学生服を着込んだ少年が白い壁面に身を寄せると、続いて水鏡のようにきらめく少女の声音が聞こえてきた。 月と兎、それに萩の絵を描いたら丁度良いだろう、小さな飾り皿のような大きさの穴から…

新・今日の一コマ

 目の前には五つに切り分けられた羊羹。それと匂い香ばしいほうじ茶が二椀。 俺とライドウは向かい合って今日の茶受けを挟んでいる。 なぜ五つに切り分けるのだろう。 微妙なところで包丁さばきが下手な奴だと思いながら、俺はひとつ楊枝を刺した。 うん…

IN THE BEDROOM

 夢を見たと思う。 月明かりの下で影踏みをした。 遊び相手はひとりきり、川縁に長い脚を弾ませて僕の靴から逃げてゆく。 たんとんたんとんと影を踊らせるあの人は僕に捕まるまいと遠くの柳の下に身を移した。 天の川みたいにさやさや流れる木の葉の影が…

太陽

「覚えといて。辞書は上から三段目の列に入れること」 何事にも努力は必要だ。 相対する者がひとりきりなら歩み寄りも楽にいく。 ただ何をすればいいのか、何を望んでいるのか、表さなければ戸惑いが多くなる。 新しく国語辞典を買い求めた少年は二段目の…

MEMORIES

 遠めがねなんてものがどこにあったのか。 ふたつある。 星を見るのにちょうどよい長さだ。 肘から手首までの身の丈で、みっつの銅色の筒が星へ近づくほどに太くなって繋がっている。 覗き込む側はキセルより一回りほど太く、目のかたちにちょうどよい丸…

hole to the moon

 朝目覚めると、ベッド脇の床に穴があった。 もぐらが十匹くらい集まって同じところを掘った大きさだ。ジャックフロストの頭なら楽々入るだろう。 鳴海はぼんやりと穴の上に両足をぶらつかせながら考えた。 あぁ寝相が悪かったら大変なことだ。ベッドの上…

acorn(どんぐり)

「鳴海さん、いいものをあげますよ」 正しいという顔が表す生真面目な口調で、ライドウはなにかを乗せた両手を差し出した。 ちり紙いっぱいに包まれたそれはacorn(どんぐり)だった。「遠慮なく喜んでいいですよ」 困った顔をする鳴海に向かい、少年…

This Is Love

 ミルク味のキャンディをコロコロと舐めていた。「はい、おみやげ」と、ある祝日の由来と共に鳴海からプレゼントされたものだ。 子供扱いをされるのが嫌だったのだろう。 だからといってルールも守らず、いたずらを仕掛けたあの日のやりようを肯定する気に…

遣らずの雨

 石は見ていた。 横たわる泥水の中からたまたま意識を向けた方角に、ひとりの少年がいたのだ。 黒外套に学生帽、雨粒にも隠せない霧のような肌の白さと、これしかないという立体で顔どころか外套に隠されている身体をも形作られているであろう、ひとり佇む…