ケンカは些細なことなのだ。
理由があまりにばかばかしいので戯れに話してみようかと思う。
原因は石鹸だ。なくなりかけていた石鹸。
新しいのを出そうとしたら鳴海さんが先に出した。
前と変わらないのを。
だから僕は少しむかついたというそれだけのお話だ。
恥を聞いてくれるのなら最後までお願いする。
途中で抜けられては困るのだ。僕が寂しくなるから。
続・今日の一コマ
あいつは聞いたよ、ごく当たり前のことを。
「鳴海さんが出したんですか」
「他に誰がいるの」
なにかひじょーに不満顔のあいつを不思議そうに見たところで何もおかしくはないだろう。
俺は水を飲んだあと、がっしがっしと髪を拭く。
笹の葉の香りがした。
そして翌日だ、いつもどおりに風呂に入ったら石鹸置きの隣に見慣れぬヒノキの箱があるではないか。それもまた石鹸置きで、中にピンク色の石が入っていた。香りはなんとまぁ、薔薇ときた。
「こらライドウ、なんだいありゃ」
「鳴海さんはどうぞ笹の葉石鹸をお使いください」
「そうでなくてだな、なんで2個も出したんだってことだ」
「僕はあれを使いたかったからです」
「こらっ。だからってだな、洗濯物を別々に洗うようなイヤな感じの区別をつけるな! 時折石鹸にウェービーヘアがくっついてるからってあからさまな嫌悪をだね」
俺はまくしたてた。ライドウはふいとかすかに頬を膨らませそっぽを向いた。
わかるだろう、思わず折檻をしたくなる可愛さというのがコレだ。
「鳴海さんは今までと同じものを使いたかったのでしょう?」
「たまたま手近にあった物を出しただけだよ」
「とにかく鳴海さんの使う石鹸は笹の葉です。フランス産は僕ので」
「ひとりだけいいモン使うな! だいたいどうして新しい石鹸入れを買ってきてまで別な石鹸を出すんだ!」
「だからさっきも言ったでしょう、次はあの石鹸を使いたかったのに鳴海さんが同じものを出すから僕は」
ここまで言って僕は言葉が詰まった。急激に、自分でも信じられないほどに、腹の底にモヤモヤが溜まり……つまり、スネはじめたのだ。
唇を尖らせてうつむいているなんて本当に子供っぽくて嫌になる。
そんな子供にふさわしいような甘ったるい声が雨のようにやわらかく降ってきたのだから、僕は爪先を少しいじるほかないではないか。
「俺もピンクの石鹸を使っていいか?」
「……」
口も動かさずにうなずいた僕は腹立たしいほどに落ち込んでいた。
なんてばかばかしいんだ。
早く自分の部屋へ行ってくれないだろうか、僕のことなんて置いておいて、ほうっておいて、そんなことばかり考えていた僕の頭へ石鹸の匂いが近づいてくる。
あたたかな影が重なって、しばらくして離れて、僕はほてった顔をゆっくりと上げた。
「鳴海さん、ピンクの石鹸を使ったでしょう」
「あ、ばれた?」
「薔薇の香りがする」
「俺は新しいもの好きだからね」
ちょっとクスクスと笑いながら顔をほころばすライドウを見て俺は――。
「お前、このまんまで済むと思うなよ」
色々と無事には帰したくない、そうだこのまま自分の部屋へなんてなおさら。
にこやかな顔から一転、俺は真顔で奴に迫った。ぎらついているであろう目は下半身同様にものすごく熱い。
相当なことをやらかした罪を風呂場で教えてやるぐらい、いいだろう――なぁ、どう思う?
腕を引いたときのあいつの顔、ムラムラしすぎてよく覚えていないのだが、「ちょっと」とか、「終わっときましょうよ、キスで」とか、鳥の遭遇におどろく風船みたいな心持ちふわふわした顔で、そんなことを言った気がする。
あとはまぁ、言わずもがなだ。 ご想像通りのことをばっしゃばっしゃと、薔薇の匂いのする浴室で、ね。
なぁ、別に――何も間違っちゃいないだろう?
それなのにライドウはあれから口をきいちゃくれないんだよね。 なんでだと思う?
さぁ僕の話は終わり、彼の言い分も聞いただろう。
どっちがどうとか、なにを言いたいとか、そんなことはどうでもいいのだ。
あなたは聞いただけ、そんな関係もいいだろう。他に話す相手もいないから――今は。
ただ僕は腹を立てている。
だから IN 風呂場と相成った場所で僕は共に湯船に浸かりながらこう言ったのだ。
「二度とピンクの石鹸を使うな」
と。
終
06/08/19(土)