試験の疲れが出たのだろう。
堂々とソファの上で横になっているのはいたしかたない。
にしても寝ますな。お前は。
確かにカードキャッスルを作ってるくらいに暇だけれども。
おまけに静かだけれども。
寝ますな。
窓から差し込む陽に『ああ今は夕方なんだよなぁ』とぼんやり思う。
じゃあ寒くならないか?
わりと普通に俺は毛布を取ってきた。
静かに。静かに。
造りの古い床からあまり音を立てないよう、足を忍ばせて近づいていく。
到着。
さあ後は毛布をかけるだけだ。
にしても寝てんなぁ。
肩まで丁寧に毛布をかけてやったのだけれども、なんとまあ可愛い寝顔か。
少し触ったところでバチは当たるまい。その白い頬に手を伸ばした。
さらさらだ。どうしてこんなに綺麗かねぇ。
唇を寄せたのはごく自然だ。
かろうじて頬に軽く触れるだけのキスをして、俺はその場を離れた。
さあ気づかれませんように。
夜になったら叩き起こそう。
疲れていると思って放っておいてくれたのだろう。
どうせカードキャッスルを作るくらいに暇なのだから、僕がソファの上で堂々と横になっていても文句は言われまい。
そう思ってうたたねをしていたのだ。
それにしても寒い。
うっすらと目が醒めたのはごく自然なことだ。
カラスの鳴き声で『ああもう夕方か』とぼんやり思う。夕食の支度をしなくては。しかし身体がだるい。でも起きないと。
ぐるぐると巡っているうちに鳴海さんはどこかへ行った。しばらくして戻ってきた。トイレではないらしい。
衣擦れの音がかすかにする。それはこちらへと近づいてきて、僕にあたたかな毛布をかけた。
ばか。
足音を消すくらいに恥ずかしいなら放っておけばいいのに。
早くどこかへ行って。
あ。触られている。
頬をさらりと撫でられている。
それもやけに遠慮しがちに。
これはくるかなぁ。
やっぱり。
だけど僕の希望とは少し違うところだ。
触れるか触れないかくらいの軽いキスを頬にして、鳴海さんはデスクへと戻っていく。
肩口にそっと毛布を押し当てられているとき、どうしようもなく目頭が熱くなった。
じわじわと胸に残る暖かさ、これはあなたがくれたものでしょう。
どうしてキスまで遠慮するのですか。
僕は鳴海さんが机に向かったころを見計らって毛布を足で蹴った。寝相が悪いように見せかけられただろうか。
かけられた毛布は床に落ちた。
鳴海さんはたぶん『寝相悪いなぁコイツ』とでも思っているだろう。トランプを持つ手が止まる雰囲気がした。
そう、そしてこちらへ近づいてくる。
足音がややなげやりなのはいたしかたない。
毛布を拾っている。それをかぶせる。さっきよりややぞんざいに。
あ。
いきなり腕を掴まれて驚いた。
なんだよ、寝てたんじゃないのか。
それともさっきの足音で目が醒めたのか?
あまり焦点の定まらない目を俺に向けてあいつはうっすらと口を開けた。
なんだよ、何言うんだよ。
「……なんでそのまま帰るんですか」
「はあ?」
どっちもどうした顔をしていいのか困った。と思う。
言うに言えないような顔をして俺の腕を掴んで離さないものだから、俺は俺で何と言えばいいのかわからない。
気まずいんですけど、ライドウ。
……よし。わかりました。
「寝言か」
「違います」
せっかくの助け船を出したのにあっさりと沈ませやがった。
どうしてやろうか、もう、コイツ。
寝相が悪いばかりじゃなくタチも悪いよ。
どうすればいいのやら。
腕を離そうか。
でもいまさら。
僕は僕でなんで毛布をわざと蹴ったのか、その理由も曖昧になってきていた。
ええと。
そうだよ、僕に触れることなく帰ろうとしたからこの手を掴んだんだった。
ちょっとキスしたいくらいでどうしてこんな空気にならなきゃいけないのかなぁ。
「……興が削がれました」
「なんの」
「今さっきあなたがしたことの続きです」
「続き? え、続き? なにそれ」
どうやら本当に思い当たらないらしい。
それにいささかむかついた僕はいつもの無表情な顔でこう告げた。
「キスしたでしょ」
「うあ」
「図星のくせして忘れてるんだもんなぁ」
「ていうかお前起きてたのかよ!」
「毛布をどうもありがとうございます」
「嫌味だ。すっげー嫌味だ」
「下心がありましたか」
「あるかよ。人の好意をそんな風にしか捉えられないのかこのガキ」
「ガキじゃない」
「いーやガキだね」
「根拠を伺いましょう」
「お前わざと毛布蹴ったろ」
適当に言ったつもりが図星だったらしい。
挙動が一気に動揺一色に染まっていったからだ。
うわおもしれぇ。こいつこんな顔するんだ。あーあー、うつむいちゃった。
いささかかわいそうになってきたので、俺は大人らしく優しい顔を作って「俺に来てほしかった?」と尋ねた。
あいつはうなずいた。
うわぁ。なんだよその赤みがかった顔。かわいいだろ、やめろよ。
俺までどんどんおかしな顔になってきそうだったので、なんでもない風を装って「そう」と答えた。
さーて。
これからどうしよう。
「……キスしてくださいよ」
カードキャッスルがぱたぱたと崩れていった。
僕はやや下目がちに言う。
頬の赤みはもうどうしようもない。
やっと小声で告げることができたのはそんな言葉だったのだ。
それが妙に胸にきたのか、鳴海さんは“どぎまぎ”という言葉がよく似合う顔をしてややうつむいた。手の甲で額の汗を拭っている。
その仕草が大人のくせにやけにかわいらしい。
「えーと。どこに?」
「さっきとは違うところ」
「どこよ」
「自分で考えてください」
本当に気まずかった。
なんでふたりともこんな汗をかかなきゃいけないのか、その理由がさっぱりわからない。
どうしてもっと自然なかたちで口づけのひとつやふたつを交わせないのだろう。
鳴海さんがもっと大人だったら。
僕がもっと子供でなかったら。
ああ、本当にこの毛布は暑い。
かわいいんだよなぁ。
気持ちはもう百遍もキスしてもいい状態なのに、どうしてかそのかわいい顎を持ち上げることができない。
俺が踏み出さないとコイツはたぶんこのまま嫌な汗をかきつづけるんだろう。
それは俺も同じことだ。
「……口でいいか」
「……知りませんよ」
もういいや。
俺はキスをした。
そのかわいい唇が動くのをずっと見ていたい気もしたが、なんだかもうどうでもよくなったのだ。
見ているより触れるほうがいい。
やわらかいなぁ。
舌を少し入れるとあいつは軽く身悶えたが、そのまま侵入を許した。
歯列をなぞるとなんとも言えないため息を漏らして唇の角度を変えた。
あーもー。
勃起しそうだ。
なんでこうしたかったのかよく覚えていられないけれど、とにかく僕の目的は果たした。
でもこれから先の一日は気まずいままなんだろうか。
今はあまり考えたくない。
どうせ夜はすぐに終わるのだろう。
夕飯の支度をせずにそのまま彼のベッドへもぐりこんでも文句は言われないかもしれない。
彼の下半身を見ながら僕はそう思った。
終
06/05/05(金)