朱 肌を掻く音で目が覚めた。隣を見ると鳴海が背中を掻いていた。かゆいところに手が届いていないようで、何度も身をよじっては爪に全神経を集中させて骨張った手のひらを小刻みに動かしている。ぼんやりとその光景を見守っていたライドウは手を伸ばし、かゆい… 2011-08-04小説・鳴ライ鳴ライ
瓶詰めフロッグ ふたの開いたガラス瓶がある。 ライドウの机に転がるそれは中身がなく、内部と口の部分にべとべとした黄色い粘液がこびりついていた。異臭はしないものの、見た目は大変汚らしい。 ベッドで頭を抱えているライドウは応接室の声に気がつかなかった。 ノッ… 2011-05-26小説・鳴ライ鳴ライ
Summer’s Day 風が吹いた。いっさいの物音がしなくなった。 静けさに振り返ると夏空があった。 屋上で支えもなく立つ脚からは短い影が色濃く瞬き、揺らめいている。 書生は手に持つラムネに口をつけた。まなざしはきつく皺を結った。 干したばかりの洗濯物は風にうる… 2010-07-31小説・鳴ライ鳴ライ
prose(和室にて) 1, 待ち合わせということもあった。 黒い車体を鏡代わりにして、男は、くせっ毛にしてはよく整えられた焦げ茶色の髪に手ぐしを入れた。 口笛を吹きそうな明るい表情だ。 白のダービーハットをかぶり直し、彼は再び歩き出した。 男の行く先の逆方向へ… 2009-08-11小説・鳴ライ鳴ライ
濃緑と橙 ~The March Hare~ 耳をみかんの皮でこしらえた雪うさぎがいた。目は黄緑のヘタを押し込まれて、まるでまつげが生えているようにぱちりとしていた。 窓台にぽつんと置かれて寂しげに月夜に背を向けているその隣に、もう一羽の雪うさぎが並べられた。こちらは南天で濃緑(こみ… 2009-07-22小説・鳴ライ鳴ライ
部屋とYシャツと私 探偵社に帰ってからまず目で探すのが鳴海の姿なのだが、その日、扉の前から見下ろすも所長デスクに茶色い頭はなく、ライドウは視線を流し場のほうへ向けた。物音は聞こえてこなかった。手洗いだろうか、そう思って階段を降りようとしたとき、背後から扉を開… 2009-06-27小説・鳴ライ鳴ライ
雨月に惑う 昨夜、碗に映る月をつかまえたばかりだ。 まるで今しがた掬ったように、水を一杯に張った茶碗を、僕は両手に掲げ持っていた。胸元に水を受けながら、星と位置とを伺う僕の頭は、うろうろとさまよう足と一緒に、手元へ月へとよく動いた。 やがてぴたりと見… 2009-04-22小説・鳴ライ鳴ライ
しゃぼんだま ストローからぷっくらと、生まれたてのしずくを垂らして、虹色のまんまるい泡が浮かぶ。 頭でたとえるなら赤ん坊のような大きさで、実でたとえるなら梨ほどのシャボン玉だ。 物言わぬきつねは、いつもよりも目をまんまるくしてふわふわと浮かぶそれをぱち… 2009-03-18小説・鳴ライ鳴ライ
弥生 昨日までは雪だった。 一緒に歩いていたつもりが、ふと見ると隣に立ち上るはずの白煙がない。探すまでもなく振り向くと、俺から10歩うしろにライドウの姿があった。 うつむきながらの一歩一歩はどこか慎重で、なにをしているのかと見ていると、遅い歩み… 2009-02-17小説・鳴ライ鳴ライ
まめまき 「それでは鳴海さん、失礼いたします」「おう」 手には升。中には炒った大豆がしゃらしゃらと軽やかな音を立てていました。 鳴海の自室をノックしたライドウは、机に向かって帳簿づけをしていた男に一礼しました。 椅子をくるりと回転させて、鳴海も『どん… 2009-02-03小説・鳴ライ鳴ライ
冬温し とほうもなくあたたかいなにかが指に触れた。 鳴海の腕だった。 寝返りを打ったところに彼がいた。 昨夜の情交のあと、そのまま眠ってしまったらしい。「あたたかい」 呆としながらも冴えた目つきだ。 気づきを含めた呟きを落とすと、鳴海の肩が、もぞ… 2009-01-30小説・鳴ライ鳴ライ
水茎の跡 外は雪。 元旦の探偵社はストーブがきいていて窓が曇るほどに暖かい。 午前8時。『お年玉』と書かれた大入り袋をまじまじと見てライドウは首をかしげた。 鳴海から手渡されたものだが意味がよくわかっていないらしい。 にこにこから一転、「あー、つま… 2009-01-06小説・鳴ライ鳴ライ