鳴ライ

蝉と文鳥・3

 午睡に耽る鳴海を見て少年は『だらしのない』と思った。彼は所長椅子に背を預けていた。 不愉快さを夕暮れどきまで鳴く蝉の音のせいにして、書生は夏用の薄い毛布を持ってきた。 上司にかけるつもりが気が変わった。かたちのよい唇がやわらかに閉じられて…

蝉と文鳥・2

 血のついた手と制服を洗った満月の夜、ライドウはもうひとりの自分と会話をする夢を見た。短い日の思い出だった。 名も無き神社の境内に背を向け少年は石階段に腰掛けている。 ぼんやりとしていると背後に気配を感じた。 ライドウは振り返ろうともせずに…

蝉と文鳥・1

 蝉 白くやわらかなものが頬をかすめた。 追ってみると翼ある小さな後ろ姿が目に入った。 坂を越えてゆく鳥に興味を惹かれたか、少年は黒外套をひらめかせ駆け出していった。 なめらかな鏡となった水たまりに黒靴が波紋を立てると、夏色の空はさかさまの…

蝉と文鳥・全文

 蝉 白くやわらかなものが頬をかすめた。 追ってみると翼ある小さな後ろ姿が目に入った。 坂を越えてゆく鳥に興味を惹かれたか、少年は黒外套をひらめかせ駆け出していった。 なめらかな鏡となった水たまりに黒靴が波紋を立てると、夏色の空はさかさまの…

IN THE BEDROOM

 夢を見たと思う。 月明かりの下で影踏みをした。 遊び相手はひとりきり、川縁に長い脚を弾ませて僕の靴から逃げてゆく。 たんとんたんとんと影を踊らせるあの人は僕に捕まるまいと遠くの柳の下に身を移した。 天の川みたいにさやさや流れる木の葉の影が…

太陽

「覚えといて。辞書は上から三段目の列に入れること」 何事にも努力は必要だ。 相対する者がひとりきりなら歩み寄りも楽にいく。 ただ何をすればいいのか、何を望んでいるのか、表さなければ戸惑いが多くなる。 新しく国語辞典を買い求めた少年は二段目の…

MEMORIES

 遠めがねなんてものがどこにあったのか。 ふたつある。 星を見るのにちょうどよい長さだ。 肘から手首までの身の丈で、みっつの銅色の筒が星へ近づくほどに太くなって繋がっている。 覗き込む側はキセルより一回りほど太く、目のかたちにちょうどよい丸…

hole to the moon

 朝目覚めると、ベッド脇の床に穴があった。 もぐらが十匹くらい集まって同じところを掘った大きさだ。ジャックフロストの頭なら楽々入るだろう。 鳴海はぼんやりと穴の上に両足をぶらつかせながら考えた。 あぁ寝相が悪かったら大変なことだ。ベッドの上…

acorn(どんぐり)

「鳴海さん、いいものをあげますよ」 正しいという顔が表す生真面目な口調で、ライドウはなにかを乗せた両手を差し出した。 ちり紙いっぱいに包まれたそれはacorn(どんぐり)だった。「遠慮なく喜んでいいですよ」 困った顔をする鳴海に向かい、少年…

This Is Love

 ミルク味のキャンディをコロコロと舐めていた。「はい、おみやげ」と、ある祝日の由来と共に鳴海からプレゼントされたものだ。 子供扱いをされるのが嫌だったのだろう。 だからといってルールも守らず、いたずらを仕掛けたあの日のやりようを肯定する気に…

遣らずの雨

 石は見ていた。 横たわる泥水の中からたまたま意識を向けた方角に、ひとりの少年がいたのだ。 黒外套に学生帽、雨粒にも隠せない霧のような肌の白さと、これしかないという立体で顔どころか外套に隠されている身体をも形作られているであろう、ひとり佇む…

 ちょっと様子がおかしいなとは思っていた。大体2、3日前から。 まだ日差しも高い青空が窓から見える。時計の針は正午を指していた。 光に照らされた埃がきらめいているなか、僕はソファに座って本を読んでいた。 用事があってもすぐに本を閉じられるよ…