蝉と文鳥・4

 空は曇り。
 旅館もそれに見合うさびしげな作りだった。
 冬になればよく手入れのされた庭園に雪が積もり眩しいほどの絶景を拝めるだろうが、あいにく今は蝉の鳴く夏だ。
 それでも色の褪せたねむの木や落葉松(からまつ)は薄光の下でかたちよく映えている。
 ここはどうやら浅間山に近い避暑地らしい。木漏れ日が太陽の盛りを控えめなものしている。
 ふたりは女将に部屋を案内されたあと、トランクひとつきりという荷物を降ろして窓を開けた。
 曇りの日でも空に何かを見つけたらしい少年は鳴海を縁側へ呼んだ。指をさす。

「軒下につばめの巣がありますよ」

 鳴海は少し微笑み、「もう巣立っているな」と答えた。

 畳は古ぼけてしけっぽい。前日は雨だった。


 布団の上で交わること数回。
 突き出される腰の動きに何度果てたことだろう。
 ふらふらとした目つきで快楽を享受し続けた少年は肛門から大量の精液を溢れさせて気を失った。敷布は雨のせいではなくひどく湿った。

 目覚めてすぐに存在を確認すると、少年は隣で煙草をふかす鳴海の胸に額をこすりつけた。匂いを嗅ぐように頬を動かし、彼のやや黒ずんだ乳首を食む。
 からかいに笑っていた鳴海も舌の動きがねっとりとしたものに変わると、灰皿に煙草を押しつけたのちに、ライドウの身体を組み伏せた。同じように淡紅色の乳首に舌を這わせる。吸い付き、少し噛むと、のたうった身体を密着させるようにして少年がしがみついてきた。唇を引き結んで鳴海の執拗な仕返しに耐えている。股間を擦りつけられるとたまらず声が出た。女でもないのに乳を吸われて感じ入っている。忘れようと脚を開いた。鳴海が分け入って熱いものを挿れた。それからまた敷布が汚れた。

 寝て、交わり、意識が飛ぶ。汗をかいたら風呂へ入り、食卓に膳が並んだら、音無く箸を動かした。そして床で交わる。泥の眠りに落ちる。

 二日間、それを心地よく繰り返した。
 三日目の朝に真新しい敷布の上でライドウが話すことのために口を動かした。

「うるさいと思いませんか」

「なにが」

「蝉の声です」

 さして気にも留めていなかったが、夜明けから蝉の鳴く音がしていたらしい。今もずっと鳴いている。七匹は近くで音を響かせている。

「響くというものでもない。わんわん声を張り上げてまるで狂ったように」

 ライドウは疲れたように布団から身を起こした。

「僕、蝉があんまりうるさく鳴いているのって好きじゃありません。なんだか、世界が終わっているかのように聞こえる。朝に目覚めて蝉の鳴き声が四方八方からするとうんざりする。外へ出ても、辺りが焼け野原のように思えて……」

 鳴海はどうということもない顔でライドウの話を聞いていた。天井の染みでも眺めているのではないか、そんな表情で少年の整った面立ちを見ていた。

「あの時も蝉がうるさく鳴いていたんです。晴海町の海が煮えたぎっていて地面もひどく熱かった。季節でもないのに蝉の鳴き声がしていた」

 人が焦げていた。太陽のせいではない。
 焼けるような日差しのなか、蝉が鳴いていた。
 焦土の街に佇む書生がいる。学帽の鍔に光がきらめいた。目元は影で黒く、頬には汗が伝っている。

「帰ってきたときに――蝉の鳴き声がしなくて嬉しかったんです。蝉さえもいなくなったのかなと思ったけれど、代わりに僕の好きな鳴き声が聞こえてきたから……」

 鳴海がライドウの手を引いた。少年は鳴海の身体の上に倒れ込んだ。まだ何もしていない朝だ。少年は不満も露わに眉根を寄せた。

「おなかが空いているんです」

「うん。わかってる」

 優しい顔をしていた。
 鳴海はあやすように小さな背なを軽く叩いた。
 少年の頭を柔和な掌でゆっくりと撫でて、深く匂いを吸い込み、焦げ茶の眸子を甘やかに閉じる。

「わかってるよ」

 ライドウは遠い瞳のまま鳴海のあやしを受けていた。やがてまぶたを閉じる。蝉は相変わらず鳴き続けていた。