そのときはいつもとおなじ、青年の頭髪と似た金色の瞳だった。
青白い月光と熱の帯びた息が融け合うベッドの上で、ふたりは水音を絡ませながら抱き合っていた。座して求め合う密やかな動き。
シモンは古の城主の肩に顔を埋めて目を閉じて、伯爵は高名なる狩人の首筋に陶酔の面もちで鼻をこすりつけていた。
青年を膝の上に抱きかかえるようにして、腰や尻をつかみ、彼の熱い体内を味わう、高みに至る前の快いひととき。
薄く目を開いたそのときに、青年の汗に濡れた金髪が小さく跳ねた。なじみのある芳香がふわりと伯爵の鼻腔をくすぐった。髪の先まで染みついた血の匂い。顎の下には脈を打つたくましい首筋。
は、と息を抜く声がそれまでとは違う色を帯びたように聞こえたので、シモンは首を傾げて彼の様子をちらりと見た。目元の赤い光が収束して消えようとしていた。腰の揺らぎは同じように続き、互いにぬるい快感を分け与えている。
シモンは顔の位置を戻して、瞳を閉じた。見なかったことにするように、伯爵の背を変わりない力で抱きしめる。闇の中、その姿を探すように、厚い手をさまよわせて。
シモンは隣に横たわる伯爵の寝顔を見つめていた。
青年の表情はまるですぐそばに病に伏したものがいるかのような誠実さをたたえていた。
まなざしの先にはきめこまやかな白い肌、やわらかな薄い皮膚。皺は少々、おごそかに、触れがたい線として美しい顔をかたちどっている。青年はかまわず彼の頬を触った。最初は体温をたしかめるように甲で触れて、それから顎を包むように、ゆっくりと手のひらで触れる。存在を確かめるように、息も静かにして。やがて青年のまなざしが安らいだものに変わっていった。彼の肌はキスの最中と変わらない感触があった。すべらかで胸ときめくような触り心地だ。
シモンは微笑を浮かべながら、彫りの深い顔立ちによく見合う涙袋を親指でそっとなぞった。無駄なく繊細に刻まれた凹凸のひとつひとつが素敵だと思った。そのまま人差し指でとがった耳を触ろうとしたとき、品よく閉じていた唇が言葉を発した。「クマでもできているのかね」
瞳をとじたままの問いかけにシモンは「まさか」と返事をした。ひっこめた手を動きの早くなった胸にあてる。伯爵がちらりと見上げるように片目を開いた。思ったとおり、青年の頬は赤かった。
「君は寝ているわたしに触れるのが好きなんだな」
「すまない、不愉快だったか」
「眉を下げるな。あたたかくて心地よいが、少々そんな機会が多いなと思っただけだ」
その触り方が妙な静けさに満ちていれば気にかかるのは当然だろうと伯爵は答えた。
「わたしは鏡には映らないからな。もしかしたら自分では気づかないような変調をきたしたのかと思って君に尋ねてみたのだが」
「クマなんてできていないよ。大丈夫だ」
うつむく顔は自分自身に言い聞かせているようだった。伯爵はため息をつくように眉を顰めて、「不安かね」と声をかけた。
「なにが」
「わたしは変わらず存在を維持していられるのだろうかということが」
シモンは微動だにせず考えた。
吸血行為をされたなどという仲間の話は聞いたことがない。そして自分の血も一度として吸われたことがない。彼はどこから力を得ているのだろう。喉の乾きをいつ癒しているのか、それはシモンといえど決して聞くことはできなかった。彼の誇りにかけて、問題が起こらないかぎりは、それに触れることは許されないように思われた。赤い光を潰えさせて、何事もないように振る舞う彼の姿を見て、喉湿しについてなど、どうして尋ねることができるだろう。
「祈りと眠り、それで充分だ」
棺の蓋がそこにあるようなまなざしで伯爵は答えた。シモンはその表情をじっと見つめた。
「吸血鬼としての特質は基本にあるが、それ以上に魔王としての部分が色濃くあってな――君がここへきてからというもの、焦燥も倦怠も感じぬようになった。乾きすら――」伯爵は言葉を切り、シモンを見上げてほほえんだ。「善き祈りではあるが、君の祈りはわたしをよく眠らせ、わたしに力を与えてくれる」
横になりたまえと伯爵は手で合図をした。シモンは口をつぐみ、言われたとおりに枕に頭を落ちつけた。伯爵が身を起こし、青年の前髪を両手でかきあげた。ふだんはバンダナに覆われて見えない部分が露わになる。「ほう」と伯爵は眉を開いた。「美しい額だな」
シモンは突然のことに驚きとまどい、眉を下げて、頬を赤らめた。「お前ほどじゃない」
寝ているあいだに肌を触られたお返しにというつもりだったが、青年の反応を見て、伯爵の気が変わった。伯爵は顔を寄せて、シモンにくちづけた。うん、と甘い声を漏らす喉に腹の底から火が付くようだった。角度を変えて何度も唇を重ね合わせる。青年の手が首にまわされた。名残惜しいがそれをほどき、伯爵は青年の体に馬乗りになった。してほしいことに思い当たったように、シモンの眉が恥じらいを見せた。「……また、あれを?」
伯爵は無言でうなずいた。自身の男根をつかみ、青年の胸元に添わせる。
シモンはためらいを見せたが、結局は仕方ないように自身の手をそろそろと胸に伸ばした。脂肪と筋肉がたっぷりと乗った胸を左右から押し上げ、男根を挟むようにわずかな谷間を作る。その光景を見たくはないように顔を横に向けるも、伯爵はそれを許さなかった。顎をつかみ、口を開かせて、男茎を押し込む。
おとなしくくわえこむのを見つめたあと、伯爵は彼の胸元で腰を動かした。
胸筋にこすられ、青年の口に吸われるペニス。
シモンの頬はエロチックにすぼまり、その舌は丁寧に亀頭を舐めている。瞳をとじている様はまるで犯されている倒錯感に酔っているようだ。
馬乗りにされて、女のように胸を寄せることを強要されて、口には一物をくわえさせられて――それを喜んで舐め上げている自分がいる。誰にも見られたくない姿をこの男にだけは見せている。
シモンの高く勃ち上がったそれを、伯爵は片手で掴んだ。びくつく姿を観察するように、やわらかい手のひらで二度三度こする。そのまま続けてもらえるよう、シモンは涙を滲ませながら口の愛撫を強めた。あさましい反応だったが、自分でもどうしようもなかった。前にこれをやったとき、扱かれることにためらうそぶりを見せたら、そのまま放っておかれて、胸と口の奉仕に専念させられたのだ。内股で身をよじりながら胸を寄せ続ける屈辱にしばらく涙が止まらなかった。その後は身悶えるほどの愛撫をたっぷりと受けたが、あんな思いはもう――興が乗ってきたような手の刺激に思わず口で吸うのも忘れてシモンは甘いため息を漏らした。乳首をつねられたのはそのときだ。「はんっ!」と切ない声を上げると、のけぞった顔を見据える冷たい視線と目が合った。
涙を流し、震えながらおずおずと口の奉仕を再開すると、手綱を取るように男茎への刺激も再開された。
いつまでするのだろう、どちらかが達するまでするのだろうか、そう考えているうちに彼の腰が離れた。ぶるんと震えて男茎も口から外れる。
彼の顔が股間に埋まった。舌先と、先走りでぬめりを帯びた指で肛門をほぐされる。急な刺激に横に腕をついて耐えるしかなかったが、シモンも徐々に彼のやりやすいように腰を浮かして、「あ、あ」と、快楽を享受する声をこぼしていった。
気持ちよさに涙が止まらなかった。先ほどの冷たい視線はきっとわざとだ、なぜそうしたのかはわからないけれど――シモンはそう信じて、彼が優しかった頃のことを思い返した。
「ヴラド、ヴラド」と、どうしようもない泣き声を上げるとき、彼はいつも慰めるように肌をさすり、頭を撫でてくれた。キスは快く、うっとりとするものだった。囁きのひとつひとつが心臓を甘くくすぐられるような情熱に満ちていて……。
愛し合った過去の情景を思い起こすうちに、慣らしは終わりを迎えた。
顔が離れ、大きく開脚させられたあと、敏感な部位にペニスが押し当てられた。
「あ……」シモンは知らずしらずに片腕で胸元を隠し、涙目で相手を見た。
愛に不安を感じている青年の表情を読みとったのか、伯爵はまなざしをやわらかく細めた。胸の痛みが溶けていくようなあたたかい視線だった。
あぁ、やっぱりわざとだった――そう理解したとき、肉茎に深々と貫かれ、シモンは背中を大きくのけぞらせた。
伯爵が覆い被さるように青年の両脚を抱え込み、顔や胸を密着させて、腰を突き入れた。シモンは伯爵の背中にしがみつき、「あぁっ、あぁっ」とあえぐ顔を首筋に埋めた。粘りけのある水音が絡まる。快楽にきつく目をつむり、シモンは相手の名を呼んだ。泣き声だった。それはいつのまにか塞がれていた。ここにいるよと教えるような優しいくちづけを受けながら、肌をさすられ、内をかきまわされていた。
金髪が跳ねて、汗が散った。
血の匂いが濃くなっても、伯爵の目の色はかすかな変化も起こさなかった。
長い長い突き上げの後、シモンは伯爵の頭や背中に腕をまわして、痙攣するように体を震わせた。公の腹に精液が飛び散った。強くなった締め付けを味わうように、青年の最奥で動きをとめた伯爵は、しばらくのちに腿を震わせ、吐精した。
荒い息を交えて、鼻に、頬に、唇にキスを流しながら、シモンは呟く。「好き」「大好き」「愛している」鼻にかかる甘い声で。いとおしい響きで。
伯爵は鼻や額をこすりつけながらそれらひとつひとつに丁寧に応えた。「愛している」と一言、耳元で囁いて。
涙を流したあとも腫れひとつない、霊山の満月にも似た、透きとおった青色の瞳だった。
男茎を引き抜くとき、シモンの体が「あっ」とびくついた。腹部から中心を隠すように広げた手のひらが逆にエロチックだった。
肛門から精液があふれ出て、シーツに泡だった染みをつけた。
赤面し、ぶるぶると震えるその姿を見て、伯爵の整った息はすぐさま荒く逆巻いた。脚を開かせ、新たに熱を持った自身を受け入れてもらおうとしたとき、涙に濡れたシモンの顔がこちらを見た。
「……クマができてる」
伯爵は慌てて目元を押さえた。シモンはくすりと笑い、「嘘だ」と呟いた。
伯爵の憮然とした表情にもほほえみを崩さず、シモンは「今度ほんとうにそうなったら、私が教えるから」と、首筋に腕をまわした。顔を抱き寄せて、キスをする。伯爵の無表情にも似たしかめつらは直らない。
「怒ったのか?」
顔を離した青年がまばたきをした。青い瞳にあるひとつのことを認めて、伯爵もゆっくりとまばたきを返した。
「怒ってなどいない」
落ち着いた、ものやわらかな声だった。片手で彼の頬を包み、まなざしを細める――瞳にあるなにかに向けて。
「不思議なことにな――わたしの姿は鏡には映らぬが、君の瞳にはよく映るんだ」
橋の向こうにいる待ち人を見つめるような静かな顔へ、伯爵は風に撫でられたかのような微笑を返した。
あぁ、今も変わらずそこにいる。
目をこらさなければわからない青い世界に存在して、こちらを見つめるその男の満たされた顔。飢えや乾きとは無縁のなにもかもが充溢してしょうがない顔がそこにある。
あるひとつの約束を願って、伯爵は優雅に首を傾けた。
「君にはこれからも、わたしがいることを伝えてほしい――わたし自身に」
膝の上にある手が握りしめられた。青年はその手を握り返した。
秘密をそっと閉じこめるように、ふたりは音も静かなくちづけを交わした。
終
13/02/14(木)
寝顔を見るという萌え断片から膨らませていった話です。
うちの伯爵様はベルモンド一族にもひけを取らない強靱な精神力でシモンさんへの吸血行為を抑えていてほしいなぁと……。
あとがき補正ですが、冷たい視線を投げたのはシモンさんの気持ちを高めるために(わざと)したことです……。