抱擁

 空間のほころびを見つけて天守近くに移動するという技は、この世界へ来てからそう月日を経たずに発見された。時をおかずに皆がその技を修得し、使用しだしたのも当然のことといえる。
 なにせその技を使えば最難関と呼ばれる古の悪魔城の防衛設備を最小のダメージで易々と突破できるのだ。城主との戦い以外で戦線離脱となる可能性がなくなるというのならその技を身につけずにいる手はない。

 そういったなかでシモンはひとり、空間のねじれを移動する手段を選ばずに、一歩一歩悪魔城の攻略に挑むという昔ながらの姿勢で城主に敬意を示してきた。
 長い踏破の果てに天守に赴く。
 そこで見た伝説の吸血鬼の背中は、時の流れによる黄昏を負っていた。
 時空のねじれを移動してきた狩人たちをからくも撃退したあとの、やるせない虚脱感を胸に抱きながら、遠くの三日月を眺めていた。その背は正道を歩んできたものに対しても、これ以上の戦いを望んではいなかった。
 シモンは聖鞭から手を離した。後ろへ歩み寄り、その背へ手を添える。反応がない。
 いいのかどうか迷ったが、シモンは伯爵を抱きしめた。
 腹部へまわした腕がやわらかな手でそっと握り返された。
 うつむく顔と、背をよる動きに、ここにいてほしいと伝えるような衣擦れの音が重なった。

 胸に顔をうずめる彼のことを可愛いと思った。
 匂いをかぎ、深くため息をついて、乳首を吸う伯爵が、いとおしくてたまらない。
 片方を指先でいじり、舌先で懸命に愛撫を重ねる彼を美しい額ごしに見つめると、その頭や背中を抱擁せずにはいられなかった。
 慰め合うつもりが、いつのまにか、互いの性の解放という単純かつ健康的な欲求の虜となっていた。
 内にはすでに彼の男茎が入りこんで、快楽を分け合おうと休みない往復を繰り返していた。
 時折、キスをした。男同士の口づけは気持ちがよかった。
 厚く、やわらかで、相手を許容する感覚が心地よくて、そして、やさしい気持ちになれた。
 愛している。もっともっとこの気持ちのいい時間が続けばいいのに――愛撫にとろけた自身の体は弛緩と緊縮の果てにのけぞり、あられもない声をあげた。
 毛穴が開くような、あたたかい感覚。
 見せても大丈夫、むしろ、見ていてもらいたい射精の瞬間を、決して嫌がってはいない泣き声で彼に教える。
 熱に染まった体が開かれた。白い迸りが空を切り、美しく割れた腹部にかかる。
 収縮が強まった蕾の奥深く、伯爵の剛直から精が放たれた。
 これから訪れるだろうぬるい腹痛も、いまは身にあふれるいとおしさで気にならなかった。
 事後処理の切なさを思うと声は自然と甘えたものに変わり、体は喜びに打ち震えた。
 放尿にも似た恥ずかしさをすべて見せたあと、シモンは、いい子だと褒めてもらうようなキスを受けた。
 頬に、唇に、音を立てて、ぎゅっと体を抱きしめられる。名前を呼ばれる。
 キスで応えたり、鼻をこすりつけたりしながら、肩に顔をうずめる。泣き声が止む。
 熱が引くまで、そのまま、そのまま、ずっと、甘く、心地よく、慰められて……。

 不安な気持ちが溶けてゆくようだった。
 シモンは伯爵の腿に頭を寄せて寝ころんでいた。性交直後の裸のままで、城主の膝枕に甘えていた。
 膝の裏やすねに手を伸ばして、なでたりさすったりしていると、それに応えるように頭をなでられた。
 ふふ、と笑うと、「どうした」と髪を梳く相手の声が耳に届いた。

「お前が私の腿に頭を寄せたときのことを思い出して」

 ああ、と伯爵は首が痛いように細顎を噛みしめた。実際、もげそうになったのだ。
 たくましく育った青年の腿に寝ころんでみたいと試したのはいいのだが、常人では息ができなくなるくらいに、その腿は頭の位置を苦しめた。高すぎるのだ。鎖骨に顎がめりこむ姿勢になったので、伯爵は膝枕を断念した。そうしてできたのが、今のように青年が伯爵の膝枕に甘えるという関係だ。高さもちょうどよく、なめらかな皮膚は青年にとって極上の肌触りに感じられた。古の城主に対してこんなことができるのは自分だけだと思うと、シモンは優越感より先に、その秘密でいっぱいの行為に、子供のような笑みをこぼしてしまうのだった。

 髪を梳く感触が心地よくて、いつのまにか寝入っていた。
 夢を見ているのは理解できた。
 ここと同じ城で、戦いもせず、なにか、ふたりで、きらきらと輝く貴重なものを作り上げている――そこに現れる黒いアックスアーマー達。
 顔の見えない連中によって作りかけのそれは踏みにじられ、城主の首ははねとばされた。
 止めに入った自分は半死半生の目に遭わされ、城は火にかけられた。
 小さなコウモリに身を変えた城主をマントの中へかばい、自分はおぼつかない足取りで城を後にする。
 金目のものはすべて奪われ、家具や絵画は斧でたたき壊された。
 大火のうねりを遠くに聞き、狩人は森の奥深くへと逃げ込む。
 胸の中の小さな生き物を抱えて、うわごとのように呟く言葉――「きっと、また、いつか」――煙の届かない遠い地の木陰にもたれて、自分は同じ言葉を繰り返す。

「いつか、平和に暮らせる日がくるよ」

 胸の中のコウモリは赤い目を陰らせて、眠りに落ちる。
 雪崩のように轟く陥落の音。
 あれは遠い地の古城が滅びを迎えた音だろうか――ぴくりとも動かなくなった黒い翼を抱いて、自分はうつろなまなざしを鬱蒼とした茂みに向ける――「いつか、きっと……」

 闇をはねのけたくて目を覚ました。
 びくついた肩と背筋、額を流れる冷たい汗。そして、濡れた髪を梳く指先。
 彼は変わらず頭をなでてくれていた。悪い夢にうなされていたのをわかっているかのようだった。

「疲れたろう」

 横になるといいと、羽毛の枕へ導かれた。
 シモンはうなずき、こわばった体を白いシーツに横たえた。

「なにを見たんだ?」

 シモンは答えなかった。答えないことで、悪い夢だということを彼に伝えた。伯爵は無言で隣に横たわった。
 そして指をひらめかせ、現れた一枚の紙を頭上で広げた。青年によく見せるように、指でとある部分を示す。それは古の悪魔城の見取り図だった。

「空間のほころびは見つけた。誰にも侵入できぬように強固な障壁を張り巡らせている最中でな」

 とても重要かつ、頭を悩ませている問題の解決をこともなげに口にして、彼は他の部分を指さした。

「ここの地下水脈の出口をな、下から猛烈な勢いで水が吹き上げてくる作りに変えようかと思っているんだ。足場は一艘の筏のみで、吹き上げの最中も半魚人どもが次々に襲いかかってくる。もちろん、足をすべらせればアウトだ。この世界から強制退場という流れになる」

 伯爵は城の防衛強化の案を狩人に話していた。
 あっけにとられる青年の意見を待たずに、次にここと、時計塔下のエレベーターを指で示す。

「魔法の本の台座に戻れるというのはいくらなんでも作りが易しすぎた。そこでだ、戻るのはかまわんが、ふたたび時計塔へ昇る仕掛けを、次々に崩れる足場に変えてはどうかと思ってな。下から猛烈な勢いで迫ってくる回転のこぎりを設置して、狩人たちに一瞬の気のゆるみも許さぬようにする。そしてもちろん、足をすべらせたらアウトだ。この世界から強制退場してもらう」

 どれもシモンにはなじみの深い仕掛けだった。
 他にも、棘に刺さったり、落水したりした場合は即アウトという罠をいくつも聞かせられた。
 こちらを苦しめる数々の防衛案を説明されても、不快さはなぜか感じられなかった。
 隣を向くと、その理由がよくわかった。
 罠を語る伯爵の横顔に喜気とした表情はかけらもなく、目の前の不安の解消に取り組む現実的なまなざしが、これから先を見据える鋭い光をたたえている。

「なに、心配するな。こんな世界だ――いままでも、お互い、ほんとうに力尽きたことはなかっただろう?」

 その表情、その声音――青年をどの立場からも安心させようとする男の顔がそこにあった。
 シモンの目に涙が浮かんだ。
 あぁ、この男は蹂躙されるつもりなどこれっぽっちもないのだ。懐の中で弱々しく身をひそめるコウモリではない、この男は誇り高い、友人思いの竜公なのだ。悪い夢は杞憂に終わるに違いない。
 たまらなくなったシモンは彼の首を抱き、頬にキスをした。
 伯爵は紙を放り、青年に口づけた。
 息を奪うような熱烈なキスが愛し合う行為に変わるのに時間はいくらもかからなかった。

 終
 13/01/16(水)

 DLC『全ての始まり』の
 “あの懐かしいステージを、今のキャラクターで蹂躙しよう”
 というコピーを見て、『あぁ、蹂躙されてほしくないなぁ』と思って書いた話です。