甲にしるしを

 古の城主と再会して間もないころ、シモンはL・聖水を手に入れた。ドラキュラ公を倒して現れた金色の宝箱から入手した品である。

 お互いに気心の通じた仲ではあるが、戦いに関しては現世と変わりなく対峙する関係を続けていた。天守にて、今日はどうするかと、伯爵とシモンは、目の配り、胸の鼓動で、一戦交えるかどうかを判断する。殺し合いという考えはない。首を裂き、骨を砕くような傷の応酬はひとときの眠りによって、または神薬によって痕を残すことなく癒される。憎しみはなく、侮蔑もなく、あるのは純粋な血の逸りだった。魔王として、狩人として、戦いでしか捉えられない感応するなにかが互いの胸にあるのだろう。そのことについて言葉を交わすことはなかったが、ふたりの思いは水が混じり合うように、まなざしや、胸の音に、深く、静かに、共鳴するのだった。

 そうした思いでの再戦が十を数えるころ、シモンは金箱の中身に首を傾げることが多くなった。
 L・クロス、L・聖水、タキシード、レジェンドマント、タキシード、タキシード、光の胸当て、タキシード……。

 2回に1回の割合で黒の礼服が手に入ることを知ったシモンは、この日、戦いはしないぞという目つきで天守に赴いた。統計でいえばタキシードが出る順番だった。闇夜に浮かび上がった城主の首と体が長身をかたちどったとき、その雰囲気を感じ取ったか、伯爵は紅い瞳を静かな色に落ち着けた。同時に、残念そうな顔をして、「また着てこなかったのか」と呟いた。

「着せようとしたのはこれか?」

 シモンはタキシードを掲げて見せた。「そうとも」と伯爵はうなずき、彼の側に歩み寄った。礼服をよく見るように手に取り、払い、甲でしなやかに叩く。

「君のために作ったのに」

 贈り物のつもりだったらしい。シモンはそれを受け取らないように腰に手をあてて、「どこの誰が礼服を着て戦いにのぞむというんだ」と至極もっともなことを口にした。伯爵は考え込むように黒の礼服に目を落とし「やはり色は白いほうがいいのかな」と青年の言葉を聞き流した。

「白でも黒でも着ない」
「純白を着ていたような覚えがあるのだが……どこか、別の戦いの記憶で」
「そんなことはどうでもいい。だいいち、戦い抜きにしてもそれは着られない」

 サイズが合わないんだ、とシモンは自らの胸を差した。「きつくてしょうがない」伯爵は顔だけ青年のほうを向いて、静かに目を見開いた。「着てみたのか」

「ユリウスやアルカードに着方を教わってな……シャツのボタンが留まらなくて、上衣を羽織ることもできなかった」

 その様子を見たユリウスは苦笑してこう言った。「俺みたいに胸元を開けて着るものではないからな」諦めたほうがいいと告げたあと――そのときの光景を思い出したのか、シモンは眉を下げて、口ごもった。「どうした」と伯爵は尋ねた。「いや、まぁ」とシモンは困ったように目線をそらして、頬を薄く赤らめた。

「見られることには慣れているんだが、あぁまじまじと見つめられたあとに面と向かって言われるとな……」

 伯爵の表情は静かなものだった。心もしんとしていた。待つことによって詳しい様子を話すよう促している。シモンは仕方なく話を続けた。

「変な気分だったな。ユリウスが私のはだけた胸元をじっと見て『ご先祖の肌は綺麗だな』と言うんだ。着替えの最中も腋の下や臑が気になる様子で……」

 シモンは恥ずかしさから気持ちを切り替えるように顔を上げた。

「まぁ、ユリウスに限ったことではないし、共同風呂でも皆から見られるのはいつものことで――」

 その表情が凍り付いた。伯爵の顔を見て、芯から固まった。無表情だ。恐怖を覚えるほどの、ごく近い者にしか抱かない感情を表した、静寂の顔。ところが、シモンが傷つきと後悔を悟る間もなく、その顔はふいと横にそれた。

「あぁ――たしかに、君の肌は綺麗なものだからな」と、伯爵は鼻から息をつくようにそう告げた。

「気になるのも無理はない。高名なる狩人の鍛え上げられた肉体がどんなものか、誰しも見たいと思うだろう。後進ならなおのことだ」

 声の調子もいつもと変わらなかった。

「そうか、着られなかったか――そうか」タキシードが床に放られた。布地が地面に着く前に灰となった。

「作り直そう」

 心も離さないというように、シモンの身が抱きすくめられた。やさしく、力強く、逃げる気も起こさないように、ごく自然に。首筋の匂いをかがれ、髪を鼻先で梳かれながら、背中や腰を撫でさすられた。「たしかに、厚くて広い胸だ」と、耳元で囁かれたその声は、冷たく香るような高貴さに満ちていた。

「何度もこのように抱いているのに、サイズを覚えていないとはな」

 シモンは乾いた喉を懸命に飲み込んで、「巻き尺か、なにかで計ったほうが」と口にした。いらないことを口走ったとすぐに理解した。首筋からの視線が蔑むものに変化したのを感じたのだ。
 一瞬、すさまじい恐怖に身がすくんだ。
 言うとおりにするように、なにもかもを計られたらどうしよう。
 自由を奪われたうえで、今抱きしめられている胸や背中や腰まわりはもちろん、腿や、草摺に隠されているものにまでしっかりと巻き尺をあてられたら――青年の考えをふっと笑うように、耳元に息がかけられた。「必要ない」

 今日をきっかけによく覚えておくようにしようと、伯爵はシモンのシャツを片手でたくし上げた。脇腹から手のひらを差し入れ、広背筋や僧帽筋を撫で上げる。美しい木肌のような頑健な肉体のすみずみを指先で堪能しながら、伯爵は青年に口づけた。あたたかな湿り気を味わい、甘みある息づかいへ翻弄するようなキスを返した。情熱的に、抗えないように。

 腰に手が伸びた。武骨な草摺の音がした。シモンはベルトを外すよう促されるのかと思ったが、伯爵の手は草摺の下をまさぐり、黒の鎧下を撫でさすった。
 まだ触り足りないのかと眉を下げたとき、伯爵の爪が獲物をつかむような動きを見せた。一枚の肌着は引き裂かれた。草摺を残して、伯爵の手は、乱暴に、荒々しく、残りの黒い布を引きちぎってゆく。抵抗する間もなく、革地に直接肌が触れる状態にされたシモンは、一瞬に行われた辱めに対して、耐えるように震えていた。
 今の自分は草摺の隙間から尻のかたちや肌の色を見せる滑稽な存在になっていることだろう。前の部分は――考えたくもない。

「少し浮いているのではないのかね――草摺が」

 いまさらこんな格好で逃げられない。逃がすつもりもないだろう。シモンは涙をこらえて、伯爵の気が済むようにさせた。うつむき、唇を噛む。顔を上向けられ、その口はふたたび、やさしく塞がれた。やわらかな感触に、うん、と鼻にかかる声を漏らす。
 きゅっと引き締まった尻の合間に指が添えられた。

「足を開け」

 言うとおりにした。立ちながら用を足すようにブーツの間隔を開く。秘めやかな力が働き、遠慮なく差し入れられた指先にぬるつく感触を覚えた。ばかばかしくも便利な魔力だ。潤滑剤を指先に乗せた伯爵は、シモンへの肛虐を始めた。
 湿り気を覚えた肉の、時々、指を飲み込むような動きを見せるすぼまりの音が、青い天守に響く。青年は立っているのがつらいように下半身を震わせ、時折、びくついた。抱きしめられ、なすがままになろうとしたその体が、身に分け入る指の動きに翻弄されている。なにも頼ろうとせずにいた腕が伯爵の体をつかんだ。はっとして離れようとしたとき、そのままでいてほしいというように、公に強く抱かれた。
 ぐちゅぐちゅとした刺激を受けながら、シモンは涙ぐみ、伯爵の首筋に顔を埋めた。しっかりとしがみつき、快感と、伯爵の思いに応えるようなすすり泣きを始める。顔が朱に染まっていた。上半身がのけぞり、限界を迎えて、膝が震えた。

 伯爵は青い空間を見据えて、睥睨の先に力をこめた。時代のついた玉座が現れた。伯爵は指を抜き、青年の背中と膝の裏に手を差し入れて、体を抱え上げた。シモンは慌てて伯爵の首に両手をまわし、体を支えた。青年は伯爵の向かう視線の先にそれを見つけて、なにをするのかを理解した。

 伯爵は玉座に赴き、青年ともどもどっしりと腰を落ち着けて、彼の尻にかかる草摺をめくった。持ち上げるようにしてシモンの膝の裏に両手を差し入れて、脚を開かせる。

 あられもない姿だった。
 伯爵の言ったとおり、前の部分の草摺は己の男根によってめくれあがり、唯一下腹部を覆うものを自ら意味のないものにしていた。夜気に晒される下半身。冷たいのに、熱く脈打っている。シモンの赤い頬は涙に濡れていた。恥辱と緊張と収束へ向けての期待に息が荒くなる。衣擦れの音と金属の擦れる音が互いの興奮を誘った。伯爵の剛直が先ほどまで弄っていた部位にあてがわれ、ゆっくりと青年の奥深くへ沈み込んだ。

 全身の重みが尻にかかるこの体勢に息が抜けた。あまりの苦しさに強ばった腕が手すりをつかみ、シモンの喉がいやいやをするようにのけぞった。青年の気を落ち着けようとして伯爵は首筋にキスを流した。「大丈夫、だいじょうぶ……」

 浮き上がったブーツが言うことをきくように力を無くした。涙を吸われ、耳や顎に尽きることのないキスを受けて、シモンは徐々に伯爵の胸に全身を預けた。痺れるような重みと鈍い快感は内に残り、時折ひくついて、脈打つような主張を繰り返している。
 シモンは改めて自分の格好を見つめた。
 乳首が見える位置までシャツをたくし上げられて、めくれ上がった草摺の下はなにも身につけていなかった。
 青年は総毛立つような光景をただただ見下ろしながら、伯爵にされるがままに、みだらに脚を開いていた。

 夜風が吹いた。シモンの体がぶるっと大きく震えた。伯爵の眉が慌てたように下がった。

「シモン、寒いのか」

 のぞきこんだその表情を見上げて、青年は涙を止めた。なりを鎮めた顔に浮かぶ心配の二文字。シモンは唇を結び、頭をもたれた。瞳をとじて、なにも言わずに伯爵の首筋にすり寄る。
 当たり前だというようでもあり、しょうがない奴だというようでもあった。

 伯爵は無言で腰を動かした。シモンの控えめなあえぎ声が小刻みに続いた。
 伯爵は青年の乳首を指で愛した。男根をこすり、耳や頬にキスを落とした。早く終わらせて、あたたかい毛布に一緒にくるまりたかった。少し姿勢をずらして、外套を広げて青年を包もうとしても、生地が足りず、むなしく肌を滑り降りるだけだった。

「ヴラド」
 うん、と伯爵は聞き返した。
「ごめんな」
「なにがだ」

 大好きで、いとおしくてたまらないということを青年は伝えようと思った。

「キスしよう」

 ふたりは口づけを交わした。
 あたかかい感触に、シモンの肌が震えを起こした。吐精していた。唇を重ねている相手の精が内に流れるのを感じた。

 男根を抜き、互いにぐったりとした体をもたれたときに、伯爵は魔力を働かせて、毛足の長い毛布を出した。玉座ごと覆うように青年をくるむ。毛皮のようなその感触にシモンの頬がほころんだ。手触りのよい質感は青年の好みだ。ふかふかの肌触りにくるまれながら、シモンは伯爵を見上げた。

「なぜ私に礼服を着せようと?」

 あぁ、まぁ、そのと、伯爵は口ごもった。

「……見たかったという気持ちが先にあったのだが、徐々に空想がふくらんで……礼服を着た君の手を取り、その指に口づけを落とせたら、どんなにいいだろうと……」

 結婚式のまねごとのようだ。そう思っても、シモンは口に出せなかった。
 なんらかの期待があってタキシードを贈り続けたのだということはシモンにもわかっていた。真意を知ったうえで、あるはずのない光景を夢見た伯爵の気持ちを考えると、青年は頬を赤らめてうつむいてしまうのだった。

「今度にでも――その、このあとでもいいから、寸法の合った礼服を用意してくれたら、それに着替えるから……」

 見せてくれるのか、と伯爵はシモンの顔をのぞきこんだ。シモンはこくりとうなずいた。細顎が首筋に埋まり、頭が左右に揺れる喜びの動きを見せた。腹にまわされた両腕がぎゅうと締まる。肩にかかる顎の重みに痛いような顔をしながら、シモンは体を抱きしめるその腕をしっかりと掴んだ。

「でも、服を破いたことは許さないからな」

 腹にくる重い声音に伯爵の顔はぴたりと止まった。今度は伯爵が身をすくめる番だった。氷の杭を穿たれるような戦慄が手に伝わる。

「いたっ」甲をつねられた。青年はフンとすねたようにそっぽを向いた。終わりらしい。

「あぁ、シモン」

 伯爵はたまらないように青年の首筋に顔を埋めた。「愛している」

 終
 13/03/10(日)

 実体験からこれを書きました。L・聖水が出たあとにタキシードを2回に1回の割合で贈られるという展開に『求婚』の二文字が頭から離れなくなりまして。
 子孫たちに体つきをガン見されるシモンさん、お肌ももちろん綺麗です。