ろうそくの火が消えた。
最後にくすぶる音を立てて動かなくなった芯の匂いに気づき、シモンは顔をあげた。膝をかかえたまま寝入っていたらしい。
大窓からは変わらず三日月が見えた。背後には棺桶が。振り向いたとき、青年は目を見開いた。蓋がずれていた。中身はなかった。
立ち上がろうとしたとき、風が吹いて、月の光のようなすずやかな香りが頬に届いた。
風の流れに振り返ると、背の高い後ろ姿がバルコニーに見えた。
偉容を包み込む外套が音もなく風に吹かれている。
しんとした夜空に一城の主として向き合うその背筋は、竜のようにしなやかで、力強い。
膝に力を入れたとき、シモンの肩から毛布が落ちた。自分のではない。青年はそのぬくもりにとまどうような赤みを覚えながら、バルコニーへ視線を移した。
呼びかけようとした相手がこちらを見ていた。目覚めるのを待っていたようだった。
「また会えたな」
ものやわらかな言いように青年の表情がホッとしたようになごんだ。彼のかたわらへ歩み、「ああ」と返事をする。
「毛布をありがとう」
「火を焚こうと思ったのだが、まだうまく力が働かなくてな」
「無理をしないでくれ。まだ日が明けて間もない」
「日か」城主はふっと笑った。「太陽も昇らぬのに時間だけは現世と同じように変化する」
こことは違う遠い時代の腹心が支配する世界でも、ふたつの巨大な時計盤が現世の時を刻んでいた。いまは暮れ。虚構であり、非現実であるこの地にも、人の世とおなじく、あらたな年を迎えるための暁が流れていた。
「誰もこなかったのか」
シモンは少しうつむいて微笑をこぼした。そのために色々と案を立てたのを思いだしたように。
「アルカードが率先してクリスマスの用意をしていたよ。気楽に、日本式に祝おうということになってな――肉も食べるし、外で騒ぎもする。祝う言葉は飛び交うのに、12時をまわっても祈る様子が見られなくて――少し驚いたが、まぁ、結局は楽しく、穏やかに過ごせたな」
あのような雰囲気は苦手だろうに、すぐに皆ととけこんでいたから、あぁ彼は誰とでも打ち解けられるタイプなんだろうなと、お前でもないのに安心してしまって。
嬉しそうに話すシモンの横顔を公は黙って見ていた。
「君はいつからあそこにいた」
「26日になって、少しあとだ」
「祈りを終えたあとか」
ふん、と伯爵はいまいましいように鼻から息をついた。
わかっていたことだが、御子の誕生に思いを馳せる青年の祈りの姿を想像すると、公はひどく面白くない気持ちになるのだった。その日は自身の力が否応なしに衰え、棺に横たわるしかやり過ごす術のない聖夜が訪れる。狩人たちが命や宝を奪いに侵攻を始めたら、自身の存在が完全に滅びを迎えてもおかしくはない、一年のなかでもっとも危うい日。
その日に、息子や青年は皆と楽しく一夜を過ごしたのだ。自身を消滅させないために。
「皆アルカードとお前の事情は知っているし、わざわざ聖夜に悪魔城の攻略に挑もうというものはいなかったように思えるのだが、やはり、心配になってな」
「来ればよいものを」伯爵は冷たい瞳で夜空を見つめた。「人間らしく、奪いに来ればいいのだ。命でも宝でも、殺し合ってでも欲しいものがあるならば、わたしは笑みを深くしてそのものと対峙してやっただろうがな」
「そんなやつは、いなかったよ」青年は静かな笑みを崩さず、うつむきながら繰り返した。「どこにも、いなかった」
「どうだかな。君や息子が働きかけねば若い狩人どもはどう動いたか」
「結果として、いなかった。あのようなわずかな働きかけで済むのなら、私は労を厭わない」
ひねくれた言いようはこのあたりが限度だった。ありもしなかったことをあれこれ言うのは邪悪の象徴である自身であれ気分が悪くなる。おまけに、自分が卑小な存在にも思えてくる。そんなことより、青年は棺のすぐそばで、マントをはおり、膝をかかえて、うたた寝をしていたのだ。目を覚ました気配にも気づかず、また会えることを待ち望んで、祝日の疲れを祈りによって癒していた。安らぎを壊さぬよう、静かに、静かに。
公は年若い狩人の頬をやわらかな手でそっと撫でた。友人を見つめるまなざしで、潤む目を細める。
「また会えて、嬉しい」
こめかみに音を立ててキスをした。
肩を抱き、背中を抱きしめて、ふたりは抱擁に抱擁を重ねた。口づけ、見つめ合い、また口づける。熱い息が漏れる。
「ほんの三日ぶりのことなのに、ずいぶんと熱がこもっているな」
伯爵は口づけに感じ入るように、ゆっくりとまばたきをしながら、あるひとつのことを告白した。
「実はな、完全に力が弱まる前に、それなりの対策は考えていたんだ。色々と働きかけてくれたことは知っているし、わたしも強がってはいたが、もしものときにと思って、ひそかにわたしの影を用意していた。眠りを妨げられぬよう、狩人の相手をそれにさせるためにな」
力は劣るが、姿かたちはわたしと寸分違わない。いまも、ほら、そこに。
伯爵の視線の先に長身が見えた。闇の中、音もなく歩いてくるもうひとりの伯爵が、青年にほほえんだ。
シモンは驚き、「すごいな」と、肩に手を乗せるふたりの伯爵へ素直に感嘆の体を伝えた。
「……でも、その必要がなかったようで、よかったよ」
うむ、と公は青い部屋へまなざしを移した。
なにかを考えている様子で、青年の金色の髪の毛を梳き、おそるおそるといったように、視線を戻す。
「実を言うと、ここから先のことを考えて用意していた」
「ここから先?」
「前々からいつも、君のことを愛したりないと思っていた。何度体を重ねてもわたしの願望は日に日に強まるばかりで、消えようとしない。欲望というものかもしれないが、つまり――身をふたりにも三人にも分けていちどきに君を愛せたらどんなにいいだろうと」
ふたりの伯爵に挟まれるかたちになったシモンは表情を固くしてあとじさった。すぐに伯爵の胸に抱き止められた。
お互いにこわばった顔がすぐそばにあって、どうしていいのか、わからない。
「……ひとりでも、充分に愛されていると感じるが」
「わたしの問題だ」シモン、と手首を掴まれ、さし迫った顔を向けられた。求めながらも怯えているのが、手首から伝わるかすかな震えでわかった。シモンはとまどい、眉を下げ、汗を浮かべた。そのまなざしに耐えかねたように、目の前の伯爵から口づけをされた。うめき声をあげて抵抗を示したが、切なくも熱烈なキスと、背後から抱きすくめられ、首筋に口づけを落とされる感触に、青年の思考と体は徐々にとろけたものになっていった。眼力による催眠も、吸血行為もされていない、ただただ情熱的な求めの末に、腰から力が抜けていった。
「かまわないか?」
返事をするのを拒んでいた。どう答えたらいいのかわからない。といって、目をつむってもじもじしていたところで、この行為が止むとも思えない。現にふたりの伯爵はその反応に興味がわいたように、ついばむようなキスを繰り返していた。顔や首筋にあまさず唇が這い、ねぶられていない部分がなくなったところで、最後の呼びかけがシモンの耳に囁かれた。「――」
甘い声だった。名前を呼ばれるだけのその囁きへ、青年は願いに応じるように、小さく、はっきりと、うなずいた。
白いシーツに三人ぶんの重みによる皺が刻まれていた。
せわしなく波打ち、かたちを変えるその模様はやさしく、淫らだった。
シモンは男根を口に含み、もうひとつの肉棒を片手でしごいていた。
どちらにも思いを込めるように丁寧に吸い上げ、舐めまわし、指でなであげる。
目はとじたり、薄く開いたりして、恥ずかしさと陶酔の合間を揺らいでいた。
時折、二本とも口に含ませられた。
唇をこじ開けられ、歯と舌先に当たるそれを、懸命にねぶる。
陶酔はさらに深まった。したいようにさせて、求めに応じて、両手でしごく。
青年のしぐさはあくまでやさしく、愛に満ちていた。
その愛が平等であるように、ふたつの男根から同時に精が放たれた。
髪の毛や鼻にかかり、流れ落ちたそれは青年の美しい顔を白く汚した。
まだ勢いの止まぬ二本の剛直で精液を顔中になすりつけられたあと、青年の鍛え上げられた肉体は、ようやっと休んでいいというように、ベッドへ横たえられた。
達してしまったかのように打ち震えた様子を見せるシモンを、ふたりの伯爵はいとおしく見つめた。
その身をあやしく屈み込ませたあと、彼らは青年の乳首を片方ずつ責めた。
舌先で舐め、唇で食み、甘く咬んで、左右で唾液を絡ませた。
リズムの違う責め苛む行為に青年の腰が浮いた。
腿が痙攣するように震えて、触ってほしいと中心で主張するそれが跳ねあがる。
ふたつの手がやわらかにその求めに応じた。先端をくすぐり、裏筋をなぞり、睾丸をやわく包んで、竿をひとなでする。
絶えまない胸への愛撫と流麗な手の導きにより、シモンは全身をのけぞらせて、吐精した。
いつもより多い射精の量に脚は自然と開いて、尻は淫らに浮き上がった。
「あ、あ、あ――」
荒い息継ぎと泣き声が、混乱をきたしたような揺らぎを見せた。
ふたりは青年を落ち着かせるように、甘い音を立てて、頬に、首筋に、胸に、キスを流した。
起伏ある腹部へ口づけ、たくましく育った腿をさすり、いくらか気を取り戻した腰を抱く。
「あぁあ」
鼻から抜けるような切ない声が漏れた。
ひとりの愛撫に身をよじって応えると、忘れてはいけないよというふうに、もうひとりが、しつけるような主張を肌に這わせる。
シモンの健美な肉体は栄え渡る途中のみずみずしい樹木のように、うねり、伸びて、甘やかに張った。
ふたりは脚の付け根に口づけ、浮いた腰から分け入るように、尻に指を挿れた。
それぞれ違う角度から責め入る四本の指が、青年をあらたに翻弄した。
悲鳴のような泣き声をあげる青年の口をひとりがやさしく塞ぎ、もうひとりが、達したばかりの剛直を丁寧に口にくくんだ。
指は愛をこめて入念に肛門をほぐし、空いている手は青年の二の腕やわき腹を這い、胸を揉み、腹をなでた。
苦痛には至らない絶妙な快楽がシモンに涙を流させた。
緊張と恥じらいに脚をくねらせ、ふたりの愛撫に身悶えながら、声をあげて、そのときを待った。
やがて指が抜かれて、シモンは四つん這いにさせられた。
ひとりがまわりこみ、青年を深く、静かに貫いた。
ああ、とのけぞる喉が甘い吐息を漏らす。
ゆっくりと、こねあげるように腰をまわし、青年の熱い器を楽しむいっぽう、もうひとりは、嬌声をあげる口に一物をくわえさせて、自ら腰を動かしていた。
眉を下げて、きつく目をとじ、「ん、ん、」と声を漏らす必死な顔。
その頭をしっかりと抱えこむと、うぶで、こなれない青年のすべてを手にできたようで、伯爵は満ち足りた思いになるのだった。
尻を責めている側は腰を抱いて、こちらも愛を享受する青年の後ろ姿を見て、満足を覚えた。
上下ともに締めあげられ、ぬるつき、時折ゆるんでは、きゅっとすぼまる。
青年は泣いている。喜びながら、涙を流している。
ふたりが気持ちいいのなら自分も嬉しいと、シーツを掴む指と立てた膝に力を入れて、圧迫感に潜む恍惚と陶酔を受け入れた。
快楽は遅れてやってきた。ふたりが射精し、上と下で愛を注いだあと、すべてを飲み込んだ青年の胸や股間にご褒美のような手が伸びた。
シモンの目にあたらしい涙が溢れた。
腕と腿を震わせ、シモンは射精した。
ベッドに倒れ込み、快楽の余韻にひくつく体へ、やさしいキスが落とされた。
ふたつの音だったそれは、やがて願いが叶えられたようにひとつに収束して、満ち足りた思いの男となって背後にかたちどった。
彼は青年を抱き、首筋に顔を埋めて、鼻をこすりつけた。
シモンは涙のにじむ薄目をあけて、後ろにいる伯爵の様子を確かめたあと、腰にまわされた手にそっと手のひらを重ねた。
確かめるように指の合間に五指を埋める。指先を握り返されて、安心したように、青年は瞳をとじた。
乱れたシーツの上に穏やかな寝息が沁み渡っていった。
広々とした浴槽に肩を並べて湯に浸かるふたりがいた。シモンと伯爵だ。公は青年の肩を抱いて、青年は頭を寄せて、あたたかい湯船に身をゆだねていた。伯爵の胸元には小さなネックレスのかたちに精錬されたホーリーシンボルがきらめいている。湯船に水滴が落ちたのをきっかけにしたように、青年は彼に声をかけた。
「問題は解決したか?」
え、と伯爵はシモンの顔をちらりと見た。
性交に耽る前のことを尋ねられているのに気づき、伯爵は「ああ」と慌てて返事をした。
「無事に――このうえもなく」
そうか、と青年は穏やかな表情で息をついた。「でも、ほんとうに、いままでどおりの愛し方で充分だからな」
伯爵はそれまでの切羽詰まった思いを恥じらうような表情を見せた。汗が吹き出るなら顎から伝い落ちているような横顔だった。
あれから二日、休憩と飲食を挟みながら、伯爵はシモンと甘く、深く、愛し合った。
事を終えては横たわるシモンの、快感に打ち震える姿を見て、何度欲情したことだろう。
不思議でしょうがなく、わがままに応えてくれる狩人に甘えるように、彼は青年を幾度も求めた。
結局は、ふたりになろうが三人になろうが、彼は飽くことなく青年を愛し続けるのだ。
求めに応じた快楽の果てに、昏倒するように眠ったシモンを見て、伯爵は、ありもしない問題を抱えたふりをして、ただただ欲望のままに動いていたことを、つくづく思い知ったのだった。
「……君にはいつも無理をさせる」
いやじゃなかったかと尋ねる彼に、シモンはうつむき、こう答えた。
「お前ならいいんだ」いつかどこかで聞いたような台詞だった。「別に無理はしていないし、その……私も楽しんだように思うから」
意外そうな顔で振り向く伯爵の視線に対して、シモンは頬を染めてうつむくばかりだった。脅威的な回復力によるものか、その顔には、少しも疲れた様子は見られなかった。
「……君がわたしの眠りを守ってくれたように、わたしも君のことを大切にしたい」
いや、そうすると、公は誓いを立てるように湯気のこもる天井を見上げた。
「特別なことはなにもしていない」
「しているさ。わたしと変わらず友でいる君という存在が、この城を平穏なものに保ったのだ」
最も高名なる狩人が弱っている友のために皆を気遣う姿を見て――誰が聖夜に、殺し合いをしようなどと思うだろう。
青年は後進の狩人たちに心から尊重されているのだ。
それがわかっただけでも、伯爵の力は元の勢いと強大さを取り戻すようだった。
「息子にも礼の品を考えなければな」
「うんと奮発してくれ。三角帽子をかぶったり、クラッカーを鳴らしたりして、すごくがんばってくれたから」
「……けっこう、ノリノリだったんじゃないか?」
「まぁ、とけこんでいたから」
あとで詳しく話を聞こう。伯爵は頭を寄せて、青年の肩を強く抱きしめた。
ふと、伯爵は自身のとがった耳をそばだてた。時を計るように、静かに、静かに。
遠く離れた世界の時計の針が12時を指した。
その音が聞こえたかのように、伯爵は顔をあげて、「新年だ」と呟いた。
淡くけぶる空間で、公の首筋にもたれた顔がふふ、と笑みをこぼした。
「今年もよろしく」
シモンの挨拶に、伯爵は音立てるキスで応えた。
終
12/12/30(日)