「それでは鳴海さん、失礼いたします」
「おう」
手には升。中には炒った大豆がしゃらしゃらと軽やかな音を立てていました。
鳴海の自室をノックしたライドウは、机に向かって帳簿づけをしていた男に一礼しました。
椅子をくるりと回転させて、鳴海も『どんとこい』顔でむかえうちます。
「鬼は」
握った大豆をぴたりとさせて、少年は困った顔をしました。
新年明けて早一ヶ月、所長の部屋は塵ひとつ落ちていないきれいな部屋だったのです。
大掃除も事務所に比べれば楽だったことでしょう、きちんと整理された空間に豆をばらまくのは、なんとなくためらわれたのです。
足下にいる黒猫、ゴウトがにゃあと言いました。
『なにをしている?』
「どこへ投げればいいのか」
『鳴海に向かって投げてやれ。厄も払われるだろう』
なおのこと、できませんでした。
自分の部屋や探偵社のあちこちに豆を投げるのとは、感じが違う気がしたのです。
待ちかまえていた鳴海はそんな様子をみて、おもしろそうに片手を差し出しました。
手のひらに気づいた少年は、ひとつぶの豆をそっと、大きな平たい、大好きなそこへ「鬼は外」とあげました。
鳴海は軽快な音を立てて、少年がくれた豆をかみ砕きました。
飲み込むのもあとにして、もう一度、手を差し出します。
ようやっと、少年は笑顔になりました。
「鬼は外」ぽりぽり。「福は内」ぽりぽり。
天打ち、地打ち、四方打ち、鬼の目玉をぶっつぶせ!
「お疲れさまでした」
「ごちそうさまでした」
一礼を終えて、所長のにこにこ顔を背に受けて部屋をあとにしました。
黒猫はひげもしっぽも垂れ下げてひとこと『豆をあげてるだけじゃないか』とぼやきました。
けれどふたりは楽しいひとときを過ごせました。
福はもう訪れていたのでしょう。
思い遣ってくみ取って、そんなふたりの姿に、厄はすっかりなりをひそめてしまいました。
明日から春が来ます。
終
09/02/03(火)