花笑みの宴・2

 薔薇の繁栄は寝室にまで及ぶ見事なものだった。裸になってベッドに横たわると、壁中の薔薇に見下ろされている気分になった。鑑賞する側が逆転している。シモンは道具を手にベッドへと膝を乗せる伯爵の裸身を呆とした思いで見つめていた。この部屋はうずきを激しくする官能的な匂いに充ち満ちている。華やかな香りに身も心も赤く染まってしまいそうだった。

 伯爵はサラサラとした無色のオイルを手に取った。マッサージオイルと潤滑剤を兼ねた薔薇の匂いがするオイルだ。両手で胸元に伸ばされると、軽い圧迫感とむせかえるような匂いに熱い息がこぼれた。胸の脂肪をもみ上げられ、指先で乳首をこすられる。腹まわりや太腿を同じようにオイルで撫でまわされると、シモンは快楽のあまり肉茎からとろとろと蜜を溢れさせた。そこはすでにオイルを垂らされたかのように、はしたなく濡れそぼっていた。

 シモンは愛撫を返したくて伯爵に手を伸ばそうとしたが、どうしても力が入らずに、伯爵の腕にすがるようなかたちになった。「すまない」シモンは苦しげに息をついて熱く喘いだ。「すごい香りで――頭の奥が痺れるようだ」
 
「無理をしなくていいよ」と伯爵は言った。「毒性のある香りなんだ」

 目を見開くシモンに伯爵は愛撫を重ねながら淡々と告げた。
 
「君はとても疲れているようだったからね。薔薇たちも君を癒してあげたかったんだろう。すでにわかっているとは思うが、あれは魔性を有する植物なんだ」

 シーツに波打つ金の髪、彫像のような肉体が、赤い蔓薔薇たちに見つめられていた。この薔薇から赤色を搾り取れば、インクもベルベットも見事な色味になるに違いない。妖しく美しい、蠱惑的な赤い薔薇だった。

 愛撫によって押し出された息で、喘ぐように新しい酸素を吸う。口呼吸でもわかるくらいに、香りはますます強くなった。伯爵は苦笑するように眉を下げた。
 
「ここの薔薇は人の苛立ちや負の感情といったものに反応して、それらを解放するための芳香を放つんだ。心の奥底に凝り固まった想いを性欲という実に発散しやすいものに変えてくれる。君をここへ誘ったのはそういうわけでね――」

 罠のひとつなのだろう。
 暗い感情を胸に侵攻しにきた者も、ひとたびこの薔薇の匂いを嗅げば、よほど精神の強い者でないかぎり、みだらな方向へと陥落してしまう。伯爵とのキスによって肉体的な刺激を受けたシモンもまた、情欲を抑えることができずに、自ら体を開いた。快感によって潤みを帯びた表情は、伯爵の悪魔的な愛に眩んでいた。

「ここの薔薇は人の闇に属する感情を糧とするんだ。快楽で足止めをして精気を奪ってしまう。危険なものではあるが、使いようによっては心身の調子を回復するのに役立つ場でもあるんだよ」

 伯爵が薔薇のほうへ手を差し伸べると、一輪の薔薇がざわざわとうごめき、蔓を伸ばして、その手のひらへ種子を落とした。桜桃の種ほどの大きさだ。伯爵はシモンの脚を抱え上げ、尻を上向けさせると(青年は酩酊状態にあったので、それはいともたやすく行われた)、肛門にオイルを流し、一粒の種子を埋め込んだ。
 
「あっ――」

 体の奥に根付く感触とともに、シモンの全身に甘く心地よい微弱な電流が走り抜けた。伯爵は種を植えつけたその高貴な指先で青年の緋色のすぼまりをゆっくりと撫でた。愛おしむ手つきだった。
 
「君の鬱屈とした想いは薔薇たちの良い栄養となるだろう。糧をもらう代わりに薔薇たちは君を心の底から気持ち良くしてくれる。ここから綺麗な花が咲く頃には、わたしを怒鳴りつけるような苛立ちは一切無くなっていることだろうさ」

 そんなばかなことが――シモンがなけなしの力で身を起こそうとしたとき、抵抗を叱りつけるような甘い刺激が全身に走った。それは種を植えられた部位から起こっていた。「あんっ、あっ――」シモンはびくびくと腰を浮かせてみだらに陰茎を揺らめかした。その刺激はシモンが甘い泣き声を上げるまで絶え間なく続いた。青年は身を犯されながら理解した。この種子は悪魔城の庭園から生まれたもので、そして彼は悪魔城の主なのだ。誰に従い、誰を支配するのか、わかりきっていることだった。涙を滲ませるシモンに伯爵は優しく微笑んだ。キスをするつもりで首筋に顔を埋めると、すんと匂いを嗅いで、その笑みを深くした。
 
「薔薇の香りよりも魅惑的だね、君の石鹸の匂いは」

 シモンはぞくぞくと身を震わせて彼のキスを受け入れた。彼との約束を取り付けたときから愛し合うことを望んでいたのだ。意固地な態度を取ってしまったことを後悔しながら、少しも怒っていない彼の優しい指先を震える肌で感じていた。

 薔薇たちがざわめくと、ベッドのまわりから蔓が伸びた。それは青年の肌へと這い寄り、まるで伯爵の双手のようにシモンを愛おしく絡め取った。頭の上で両腕を固定され、脇や胸が無防備にさらされる。
 
「あんっ!」

 両乳首に幾数もの蔓が伝い、淡い蕾をきつく絞めた。
 それは一定のリズムで緩んでは、先端を弾いて、飾りのように巻き付いた。いたいけな乳首は蔓の動きに翻弄されて、さらなる刺激を求めるように屹立している。伯爵の舌先はシモンの濡れたぎった逸物を慰め、空いている手は太腿を撫でさすっていた。上半身の愛撫を薔薇たちに任せている。

「あぁっ、ヴラド……そんな……っ」

 悩ましげに頭を動かしても、快楽から逃れることはできなかった。蔓はますます生い茂り、男根のように太く密集させた自身で、青年のなめらかな脇を花の蜜とともに妖しくこねまわしたり、綿毛のような肌ざわりの細い蔓で、耳の中を優しく精査したりするのだった。

 数多の愛撫がシモンを一度目の高みへと導いた。射精自体が久しぶりで、シモンはそのあまりの気持ちよさに新たな涙を流した。どくどくと脈打つ体で快感に浸っていると、尻の奥から脈動に合わせた紫の刺激が送られた。「はんっ」腰を浮かせてその刺激から逃れようとするがどうにもできない。「あっ、あっ、あっ、」刺激に合わせて大股開きで腰を突き上げるうちに、射精からの倦怠感はなくなり、男根は再び天を突くほどに反り返った。「良い子だね」と伯爵が笑う。
 
「充分な糧を得るまで、種子は何度でも君を元気にさせるだろう。精液もたっぷりと作ってくれる。好きなだけ射精できて、好きなだけ気持ち良くなれるんだよ。嬉しいだろう、シモン?」

 伯爵がシモンを助け起こす動作に従って、体に巻き付いた蔓はするすると身を引くように壁へと戻った。解放された体を支えられながら、シモンは伯爵の口づけを受けた。頭がとろかされるような淫靡な口づけだった。闇を統べる伝説の吸血鬼にしかできはしまい。とろりとした目を覗き込みながら伯爵が囁く。

「たとえばこうして君を再び昇りつめさせたとしても」

 妖しい指先がシモンの肉茎に伸び、達したばかりの身に手淫を施した。
 
「あ、いや、あ、あーーっ」

 その技巧にシモンはあっけなく精子を噴き出した。びくびくと連続的な快感に打ち震えるシモンに、先ほどと同じ刺激が尻の奥から与えられた。

「あ、あっ、いや、だ、こんな……!」

 視界が紫色に目眩く。乳首は欲情したばかりのように熱くうずき、太くたくましい男根は再びむくむくとそそり立った。伯爵が微笑み、青年の乳首を指先でかまいながら、頬に軽くキスを落とす。

「すぐに元通りになるんだよ。君が満足するまでずっと楽しめるんだ。……あぁシモン、そんな顔をしないで――種子は君の欲望を満たすまでがんばってくれるんだから、あまり憎らしく思ってはいけないよ」

 君が素直になって、薔薇たちと一緒に欲望の解放につとめたら、きっとすぐに終わるんだから――ぞくぞくとする声音で囁かれて、シモンは思わず伯爵の首筋に抱きついた。うー、うー、とすすり泣きながら、じんじんとうずく大きな尻をくねらせる。伯爵はなだめすかすような(嘘偽りのない)穏やかな微笑を浮かべて、シモンの頭や背中を撫でさすった。
 
「だましてごめんよ、シモン。でも、君を癒したい気持ちは本当のものなんだ」
「それなら、早く――挿れてくれ」
「そうしたいのは山々なんだが、まだ充分に気が満ちていなくてね――手伝ってくれるとありがたいんだが」

 伯爵はシモンの頭を抱いて、自身の股間へと導いた。立派に天を突いている長い逸物がシモンの鼻筋に当てられた。青年は涙で濡れたその逸物を、しばしの逡巡のあと、何かに屈服したように咥えこんだ。ん、ん、と苦しげな息遣いで喉奥まで飲み込む。激しい口淫の最中、跪く体勢で高く持ち上げていた尻を、伯爵の手のひらで思い切り叩かれた。「んんっ!」悲鳴を無視して伯爵が尻を音高く叩き続ける。

「被虐趣味を満足させたいのならそれも結構。しかしそのやり方では香りはますます強くなるばかりだぞ。君はわたしのようには愛せないというのか?」

 シモンは理不尽な尻叩きに感じ入りながらも、伯爵が求めていることを理解した。目的はどうあれ、彼は自分を丁寧に愛撫してくれた。今も自分の薄暗い感情を解放してあげようと、したくもない罰を加えている。その痛みは名残惜しいが、わざと仕向けられた意地悪にむきになって、愛し方を忘れてはいけないと思った。

 シモンは男根を浅く咥え直し、呼吸が整うのを待ってから、彼が心地良さを感じる部位をゆっくりと愛し始めた。亀頭に続く裏筋を舌で厚く押し上げながら頬をすぼめる。きつく吸われた男根は口の中で愛らしく身を縮め、唇が離れるときにぶるんと揺れた。竿から飲み込むように全体を含み直し、静かに喉奥まで沈ませると、亀頭がぬめらかな咽喉に触れた。舌を波打たせ、喉を嚥下させると、ぬるつく部位が亀頭をこすり上げ、伯爵が熱いため息をついた。尻叩きは尻たぶを撫でさする手つきに変わり、シモン自身も口淫に感じ入るようになった。

 想いを込めて愛撫している最中、不意に尻の奥から回春とは違う刺激が送られた。強制的な復活を促す刺激と違い、それはじんわりとした悦楽をもたらすものだった。中心から暖かくこねられるような幸せなぬくもり。伯爵はシモンの頭を撫でながら「続けて」と囁いた。青年はとろりとした顔で伯爵のことを見上げていた。

「どうしたの――? あぁ、お尻が気持ち良いんだね。――ふふ、わたしを快くさせたことを種子も感じ取っているのだろうね。きっと『よくできたね』と褒めてくれているのだろうさ」

 がんばったらきっとまたご褒美を貰えるよ――そう囁かれて、シモンは伯爵への奉仕を再開した。伯爵が言ったとおり、彼と一緒に感じ入るとともに、種子はそれを喜び、花開くような快感を与えてくれる。何回も何回も、惜しみなく。伯爵に頭を撫でられる嬉しさと、種子から認められる快さに、シモンはいつしか夢中になって男根をしゃぶるようになった。涙ぐんではいたが、頬は喜びに染まっていた。内からも外からも愛撫された尻は、愛液に似た熱いオイルをたらたらと肛門から溢れさせていた。

 ひときわ感じ入ったため息を漏らして、伯爵が射精した。口の中に放出されたそれを、シモンは大切に飲み下した。鼻腔から征服されるような強い香りがした。シモンは残りがないように何度も吸い上げ、伯爵の逸物を丁寧に清めた。
 体をいたわる優しい手つきで身を起こされた青年は、伯爵の腕に抱かれて、額にキスを受けた。今も続く快感に震えながら、シモンは伯爵のこんな言葉を聞いた。

「気を満たすつもりが君の中に注いでしまったね。少し疲れたから、休むとするよ」

 え、とすがるように見つめるシモンをベッドに横たえて、伯爵はガウンを羽織った。「また新たに気が充溢するまで、彼らに手伝ってもらうとしよう」伯爵があたりを見渡すと、壁の蔓薔薇たちがざわざわと蠢き、いくつかの塊に密集した。それらは次第にかたちを整えて、複数人の若者の姿になった。あ、あ、とわななく青年の、遠い記憶に合致する人物だった。どこか別の世界の天守にて、鉄心を有した狩人が、夜明けの解放を求めて対峙した闇の君主。酷薄かつ雅やかな美貌をたたえた、若かりし頃の魔王だった。

 伯爵は大輪の花びらにも似た籐の椅子に深く腰掛けた。身動きも取れずにいるシモンを優しく見つめながら優雅に脚を組む。

「人の欲望を叶えるために蔓薔薇たちは自在に姿を変えるんだ。アルラウネのような人型を取ることなどいともたやすいことでね――あぁ、そんなに怯えなくても大丈夫だよ。彼らはわたしの望みによって具現化した生命体であって、わたしの分身と言っても良い存在なんだ。彼らは君のことをわたしのように愛してくれるよ――とても大切にね」