禁欲・1

 何度目かもわからない悪魔城踏破の末の城主との戦い。
 神秘的な輝きの一条の鞭が、伝説の吸血鬼の首めがけて振り抜かれる。
 高名なる狩人は、魔王が放つ流星よりも早い火球をいくつかその身に受けたが、声を低く籠もらせるだけで堪え忍び、幾度も幾度も、鎮魂のための一撃を城主の首に見舞った。
 やがて青き体躯の厳めしい正体を現した魔王は、腕を振り、縦横無尽に炎を舞わせて、狩人の命の灯火を自らの魔炎で包み込もうとした。
 しかし青年の鼓動は激しく、精緻で、なにものにも覆うことのできない旋律を奏でていた。
 聖なる響きは鞭に伝わり、圧倒的な力を持つ魔王に渾身の一撃を――

 攻撃を受けた城主が一瞬、まったくの“無”を見せたことに、シモンも気がついた。
 かつて感銘を受けた料理を年月を経て口にしてみたらそうでもなかったという、思い出補正も効かない変化を目の当たりにしたような顔だった。
 が、今は戦いの最中なので、シモンは見ないふりをして、伯爵にとどめの一撃を放った。赤い炎を上げて、魔王は討ち滅ぼされた。

 神秘的な音とともに金色の宝箱が中空から降りてきた。中身はメギンギョルズ。決してレアとは言えないやる気のないアイテムはそのまま伯爵の不満を代弁していた。
 汗を落とすような表情を浮かべたシモンを後ろから抱きすくめる者がいた。復活の早い伯爵だった。

「気になる点はあったが――燃えたぞ、シモン」

 辛抱たまらぬというように、熱烈なキスと愛撫を加える。胸当ての上から胸を揉もうとして、その硬さに苛ついているような激しい口づけだった。
 シモンは鼻から抜けるような声で呻いた。苦しそうに口を離して、糸を引く唇で文句を言う。

「ばか、まだ息も整っていないのに――」

 抵抗し、逃げようとする青年をがっちりと組み伏せて、伯爵は吸血鬼ならではの舌技でシモンを翻弄した。息のつまる感覚に朦朧としながら、やがてシモンはおとなしくなり、一息をつくころには、ぐったりと伯爵の首筋に顔をうずめていた。せめてもの抵抗か、風呂に入ってからにしてくれと、弱々しく懇願して。伯爵は快く了承し、筋骨隆々の青年を軽々と抱き上げて、私室へと連れて行った。

 ひとかたならぬ友愛を交わしたふたりは、戦いののち、こうして愛し合う行為に至ることがたびたびあった。
 一度燃え上がった血の逸りは決着がついても消えることがなく、熱く溶け合いたいというように、互いを求めて盛んに体内を駆け巡った。
 秘密の部屋で何度も何度も求め合ってようやく沈静化する情欲の炎は、伯爵の放つ魔炎よりも厄介で、こうしたことにはこなれない青年をどうしようもなく消耗させた。

 風呂場へと連れて行かれたシモンは、シャワーもそこそこに、後ろから立ったまま貫かれた。
 ふたりして入る時点でおかしいと気づくべきだったが、シモンは自分の体を洗う伯爵の手つきに、ただただ言い様に喘がされた。
 助平さを隠そうともしない伯爵は、石けんの泡で青年の乳首や陰茎や尻間をピンポイントにこすって、青年の反応を楽しんだ。
 愛撫や挿入に至る頃にシモンがようやく文句を言うと、「風呂に入ってからにしてくれと言っただろう」と返された。
 意味が違うとわめいても、それはやがて蜜のような甘い響きに変わっていった。

 一度達し、あぁ汚れてしまったな、もう一度洗おうと肌をこすられ、秘部を洗浄される頃にはまた興奮し、伯爵がシモンを貫く。
 今度こそきれいにしようと中を洗われるものの、すぐに欲望を突き入れられ、熱い印を体の奥で飲み込まされる――そんなことを繰り返すうちに、シモンは風呂場の床に倒れ込んだ。肛門から精液を溢れさせて、さんざんに可愛がられた体を脈打たせている。
 涙を流して打ち震える青年を見て、伯爵は心を入れ替えたように、シモンの体を丁寧に清めた。
 バスタオルで優しく体を拭き、呆とする青年をベッドへと連れて行く。
 やっと寝かせてもらえる――そう思ったシモンは、のしかかってきた伯爵を信じられないように見つめ返した。

「君の言葉を理解したよ。風呂に入ってからだったな」

 悲鳴を口づけで封じて、伯爵はサイドチェストから神薬を取り出した。
 さすがにこのままでは参ってしまうだろうと考えて、青年に使用することにしたのだ。
 エクスポーションの力が染み渡り、傷や性交で疲弊した体がみるみるうちに回復する。
 吸血鬼と情を交わした体は因果なもので、体力が回復すると、青年は心地よいシーツの感触や、肌を拭いてくれた優しい手つきを思い出して、伯爵を拒めなくなってしまった。頭では伯爵の行為は身勝手すぎるとわかっている。でも。

 眼力も使っていない伯爵の、あの甘みあるまなざしはなんだろう。あんなに愛に満ちた光をよこして、自分を求めている。体はすっかり回復してしまったし、これでなにか愛のあるささやきでもかけられたら――。
 急に伯爵の光が翳った。いままでの行いを後ろからすべて見つめ返したかのような仄昏さだった。

「すまない」心から申し訳ないように伯爵の眉が下がった。首筋に顔がうずまり、嘘のない響きで謝罪の言葉をささやかれる。「つい、欲望のままに君を求めてしまった」

 伯爵はシモンを抱きしめた。鼻をすりつけて、匂いをすいこむ。これをしたら離れるからという、名残惜しいしぐさだった。「ゆっくり休んでくれ」

 シモンの中心がうずきを起こした。どうしようもない切なさに胸に穴が空きそうだった。ゆっくりと伯爵を抱き返す。
 シモンは静かに瞳をとじた。
 急に冷静になる態度、こちらを気遣うまなざし。
 どこにも嘘がない。だから好きだ。どうかこのまま。

「私でよければ」

 伯爵は息を詰めた。「君でなければ」しっかりと見つめ合い、心のこもったキスを交わす。なりを鎮めた血の逸りがふたたび熱く燃えだした。

「あっ、あっ、あっ、あっ」

 Y字に脚を広げさせて、伯爵は後ろから横抱きにしながらシモンを責め抜いた。
 青年の高くかかげた足先はぴんと張り詰め、中心ではたらたらと露をこぼす立派な陰茎が、淫らに、激しく揺れている。
 枕を握りしめて頬を赤らめながら素直に声を上げるその表情からは、不思議なことに、聖者の面影は消え失せていなかった。
 愛を愛のまま疑うことなく享受しているためだろう。
 罪悪感なく快楽を与え合うその行為を尊んでいるように、肢体はあくまで清らかで、美しい。
 月と太陽の光が混じり合ったかのようなやわらかな色を見せる肉体は、求められるごとに新しく生まれ変わり、ふたりの心をよろこびで繋ぐのだった。

「あっ――あぁっ!」

 何度も出し入れを繰り返されるその刺激に、シモンは上半身をかたく強ばらせながら精を放った。
 伯爵の腰の動きがゆるやかなものになる。
 きつく締まる後穴の運動に導かれるように、伯爵は彼の体内に情熱を注ぎ込んだ。
 ひくつく体、なまぬるい腹痛を覚えるいとおしい流れ。
 じんじんとくる余韻を、伯爵はまだ青年に味わわせるつもりはないようだった。
 男根を引き抜き、姿勢を変えて、正常位をとると、伯爵は再度青年に挑んだ。

「あ、あ、少し、休ませてくれ――」
「だめだ。まだ君も元気じゃないか」

 乳首を強く吸われて、シモンは顔をのけぞらせた。苦痛も感じずに反応してしまう。
 反対側の乳首を指でこねられて、シモンは恥ずかしげに唇を引き結んだ。
 幸せだった。
 あちこちに音高く接吻を受けて、内奥を突かれるこの快さ。
 自分からも彼を抱きしめて舌を絡めると、甘くなまぬるい唾液が喉の奥に注がれた。
 すべてをいとおしく飲み込み、両脚で彼の体を抱く。
 深く長く貫かれるあいだ、絡めた脚を離そうとはしなかった。
 やがてたくましい脚が限界を迎えたようにひきつれた。
 シモンはひときわ高い声を上げて、精液を伯爵の腹部にまき散らした。
 すべてを出し尽くした気がした。
 感覚のない肛門が伯爵の男茎を優しく締めつける。
 は、とした時には遅かった。
 青年は奥に注がれる欲望の猛りを感じながら、しょろしょろと透明な尿を漏らしていた。

「あっ、あっ……」

 肛門を責め抜かれた結果の致し方ない反応だったが、青年は羞恥から涙を流した。
 その涙を唇でそっと吸い取り、伯爵は『気にしなくていい』というように、シモンにきめ細やかなキスを流した。
 抱きしめて、腕や腿をさすり、青年を少しだけ落ち着かせたあと、彼は一気に男根を引き抜いた。
 あぁ、とシモンは身もだえた。
 弛緩した肛門から泡を立てて精液があふれ出す。
 はしたない音を鳴らすそこをじっと見られることに、青年はどうしようもない幸福を感じていた。
 彼の前でなら、こんな姿も見せられる。
 汚らしい反応もすべて受け入れてくれる友のまなざしに、シモンはふたたび、乾いた絶頂を極めた。
 じんじんとする体を伯爵は丁寧に清めてくれた。
 拭浄をしてくれる布越しの手の感触が嬉しかった。
 まなざしが合ったときに恥ずかしさから思わず目をそらしてしまったが、彼は気にすることなく愛の名残を拭き取っていた。