下層へ進むごとに寒暖の差が激しくなっていった。
とほうもない熱量で産声を上げるように、地下から溶岩がこんこんとあふれている。
今までの敵とはうってかわり、氷結魔法ではなく火炎を放射する悪魔が狭い洞窟内を飛び交わしていた。
いつ現れるともわからぬ侵入者を阻むため、敵を切り刻む円盤や蛮刀を無造作に投擲する古代の兵士らが道の各所に廃置されていた。
殺伐とした熱帯の空気の向こう、たしかにうごめくなにものかの気配が感じられる。
ふたりは駆け抜けるような早さで最深部へと急いだ。魔法の本に記録された場所に生身の人間がとどまれる時間は限られている。休憩をとった遅れを取り戻すために青年は鞭を振るい、公は暗黒の弾を放ち、木々をなぎ倒す風と、それをものともしない山犬のように道を拓いた。
この異端信仰の場はやはり異常だった。
とある一室、苔に覆われた細長い部屋に入ったとき、その光景のおぞましさにシモンはもとより伯爵も眉をしかめた。
壁一列に並び、笑っているかのように行儀よく手をそろえた白骨死体が、着衣のまま部屋全体に整然と据えられていた。
紋様入りの赤い棺桶が八つ並び、なんらかの習慣的な儀式を思わせる術具や薬剤が棚にずらりと収められていた。
別の部屋の壁には悪魔のレリーフが彫り込まれている。
魔術的な効果を計っての左右対称に作られた青い部屋、別な場所へ移動できる巨大な鏡。
奥へ進むにつれ壁の装飾は細微になり、おぞましさと不気味さが濃密な空気となって地下にこもった。
燭台は連綿と続き、その一角だけは作られた当時のように時間の経過による劣化を免れていた。
多くにして、ひとつなるものが封じこめられた蔦色の部屋。
足元に金色のスイッチがあった。
伯爵は青年のほうへ振り向いた。
抜かり無いことを確かめたあと、スイッチを作動させて、落閉のむこうへ――目の前に肉色の顔なし死体が連なっていた。
裸体の人間を思わせる異形の生物が扉のすぐ近くにひしめいていた。落閉がとじられた。スイッチが動作するのはほんのわずかな間だけらしい。機械的にとじた扉に挟まれた妖物が肉片も残さずに燃え尽きた。封印の術がいまも生きているのか、あの部屋以外に存在することはできないらしい。伯爵とシモンは顔を見合わせた。
「まずわたしが炎でなぎはらう。君はあとに続け」
「大丈夫か」
「本体は別にいるはずだ。気を引き締めてかかれよ」
「わかった」
スイッチを踏むと同時に伯爵は猛火を放った。道ができた。古の城主と最も高名なる吸血鬼狩人が、多くにして、ひとつなるものの部屋に突入した。扉が閉まった。
踏み込んだその地は無数の人骨で床を為していた。邪教の儀式、禁断の行為で生け贄となったのであろう薄緑に変色した骸骨の固まりが靴底から怖気を伝えた。幾百もの顔なしの化け物が部屋にうごめいている。地を這うものは全体のほんの一握りにすぎない。空中から降り立つように見えたその人体の来た先を見上げて、ふたりは同時にうめき声を上げた。
歯車のように、繊維のように、地を這う化け物の群が互いの体を噛み合わせ、絡み合わせて、巨大な球体となって空中にゆらゆらとうごめいていた。蛇がくねるように内から順に脈を打つその物体は、細胞が垢となって入れ替わるように、ひとりひとりが丸い連なりからぼろぼろと、人骨が固める薄緑の地へと剥がれ落ちていた。
多くにして、ひとつなるもの――名の由来をこの目で確かめたシモンは、顎を噛みしめ、聖鞭を力強く握りしめた。
携えていた聖書を開き、印を固めて魔をしりぞける聖なる言葉を解放する。紙片が円を描いて空に舞い散り、レギオンに光のつぶてを浴びせかけた。
伯爵は竜のような息を吐いた。不快なものを見た腹立たしさと、すべてを焼き尽くしてしまいたい欲望からなる、怒りの気炎だった。
指先をひらめかすと、壁までうずたかく積み上げられた人骨が熱波で崩れ去るような、地獄の炎が立ちのぼった。
剥がれ落ちる間もなく、肉色のうごめくものは球体の一片が消滅した。中からサーモンピンクの触手がのぞいた。蛇の頭のようにうねる先端が緑色の目を開いた。
伯爵はシモンの肩をつかみ、視線から外れる方向へ飛びすさった。
熱線がふたりのいた位置を――壁を焼いた。
どろどろに溶け崩れた壁面を見て、シモンは短く息をついた。気合いを入れ直すための一瞬の息つぎだった。
腰のL・クロスをつかみ、空中に浮かぶ金色の台座から投げつける。ゆっくりと回転するそれは光のきらめく音を立てて、効果的かつ威力の高い連撃を妖物の体に叩きつけた。クロスが手元に戻ってくるまでに聖鞭で敵を打ち、繰り返し投擲を重ねる。球体の一片がさらに欠けた。人体がはじけて散った中から、先ほど目にした触手がのぞいた。
敵の全体像がわかりかけていた。
緑色の目とも口とも判別のつかない先端から激しく吹き付けるような紅炎が放射された。行動はすでに覚えた。
シモンは台座から飛び降りて回避し、地面に落ちた肉叢(ししむら)の群を打ち払う。
火球と聖鞭の猛攻は次々とレギオンの業の深い体をひきはがし、得体の知れない触手を禁忌の空間にさまよわせるようにして、封印されしものの正体を露わにさせるのだった。
次第しだいに、見目の不快さ、熱波の息苦しさは、肉片が消滅するにしたがって、薄くやわらいでいった。
空間に余裕が生まれたことによってふたりの攻撃も大胆なものへと変わっていった。
聖書の玄義を間断なく唱え、雷光を封じ込めた暗黒の弾を連続して敵に喰らわせる。
もはや球体を為していた肉と肉の継ぎ目は中心の一角だけとなった。鞭がそれを容赦なく打ち崩した。
醜悪な花が咲いた。
脳を思わせる異端の儀式の結晶が部屋の中央にゆらめいていた。
シモンは息を飲んだ。これからが本番らしい。地を咬むブーツに深い皺が入った。
8本の淡紅色の花弁の先端がよっつ、緑色に変化した。
混沌の舞のようにさまよわせていた触手が確かな敵意をもって侵入者の殲滅にかかった。
4筋の炎が回転しながら部屋をなぶる。
急変した敵の猛攻にシモンは台座から台座へ飛び移り、なんとか第一波はしのいだかと思ったのだが――逆回転を始めた炎の輪に足をすべらせて、着地にも失敗した。台座を動かすためのレバーに背中を打ちつけてしまったのだ。部屋の隅で激痛にのけぞる身をなんとか持ち直そうとしたとき、すでに遅く、炎の息吹が迫っていた。
腕で顔をかばい、息を止める。
焼けただれるはずの体が一本の木の影のような――しかし、そびえたつ古城のような偉大なシルエットを為す――ひやりとした闇に包まれた。
腕の隙間から見ると、伯爵の背があった。
外套で蝙蝠の翼のように全身を覆いながら青年をかばうその姿に苦痛は一切見られない。
邪教の儀式によって生まれた化け物ごときの炎で竜公を焼くことなど不可能だというふうに、無礼で哀れな存在を、無情かつ冷厳に見据えていた。
「シモン、ひとつ試してみたいことがある」
声音は楽しむように穏やかだった。
それは互いに頭の隅で考えてみたことはあるが、実現させる機会などないだろうと一笑に付すようなアイディアだった。
竜公は外套をつかむ手とは反対の空いた手を青年に差し伸べた。そしてひとこと「シモン」と呼びかけた。
狩人はどうなるのかわからないまま立ち上がり、聖鞭を絡げた手を伯爵の手に重ねた。
ふだんなら無言で応じるこの行為に、彼はそっと、この時だけはと、相手の名前を呼びかけた。「――ヴラド」
互いの名前が新たな力と呼応する。あふれでる魔力は閉ざされた空間に冥暗の切れ込みを生んだ。三日月型に切り開かれた闇から陰府の風が吹きめぐる。
彼らの時代に属する伯爵の腹心、死神が――それも、姿かたちを変えたいくつもの存在が――召喚された。
大鎌を振りかざし、無限に出現する研鎌を回転させるその存在の凶悪さ、無慈悲さ。ふたりに負けずとも劣らない殲滅の詞曲が聞こえてくるようだった。
触手を断ち切り、中心の肉つぼみを切り刻む刃の冷たい輝き。疾風のように迫る死の香りと、絶望と虚無の彼方へ導く鎌の閃き、血の嘆き。
断末魔のように吹きつける炎を幾数もの死神はものともせず、ただただ己の任務に忠実に、主人に仇なすものの命を刈り取ったのである。荘重かつ優雅に、その刃の輝きは三日月のように美しく――。
多くにして、ひとつなるもの――レギオンは、滅びの炎を上げて虚空に伏した。
死神の群青色のローブが風もないのに様好く揺れた。
「ご苦労だった」
城主の言葉に死神は軽く首肯し、姿をおぼろのように透かせて、そして消えた。
公は青年へ振り返り、ふっと上品に微笑んだ。「なるほど、君とわたしが力を合わせると、あのようなかたちとなるのだな」
シモンはまだ気後れしているように、ひとこと「壮観だったな」と呟いた。そして「ありがとう、ヴラド」と礼を告げた。
ほほえみは遅れて顔に浮かんだ。しかし、すぐに不安そうな表情になった。
どうしたと伯爵が尋ねると、シモンは「こうまでしても」とうつむいた。
「目当てのものが手に入るかどうかはわからない。金色に輝く宝箱の中からなにが出てくるか――もしかしたら、お前に無駄足を踏ませてしまうことになるかも……」
「考えてもしょうがないことだ」伯爵はくだらぬというようにぴしゃりと言った。「しかし、わたしは引きの強い男だからな。君に無駄足を踏ませぬ自信はある」
シモンは眉を下げた。確かに考えてもしょうがないことだ。自信家の友の言葉をお守り替わりとしてなりゆきに任せよう。
遙か頭上から金色に輝く宝箱が降りてきた。神秘的な音を立てて、勝者に中身の解放を促している。
シモンは膝をつき、宝箱を開けた。中から出てきたのは――。
「ジャベリンか」
諦観とともに汗を落とすような横顔だった。仕方のないことだが、やはりここまで苦労して既出の武器を手に入れると、落ち込みたくなくても、肩を落としてしまう。
すぐ隣から、変わらぬ調子で「なにを落ち込んでいる」と声がかけられた。
その声は揺るぎのない自信に満ちた男のものだった。
「引きが強いと言ったろう」
振り向くと、伯爵の両手には青年へと大切に差し出されたマントがあった。
聖獣の毛皮の裏打ちがされた心地よい肌触りの、価値ある、貴重な一品――ベルモンド一族に伝わる、シモンのマントだった。
「驚いた顔をするな。共に戦ったわたしにも宝箱の中身を手に入れる権利はあるのだぞ」
「しかし、どうして――お前は身につけられないはずなのに」
「古の狩人の使用した武具を集められるわたしだぞ。たとえ本の中だろうが、蒐集に制限を設けられてたまるか」
そう告げて、彼はシモンにマントを渡した。「物品の譲渡にもな」と付け加えて。
青年はとまどい、ゆっくりと笑い、懐かしむようにマントに頬を寄せた。
「ありがとう、ヴラド」――毛皮にくるまれた声は、友に対する悠久の親しみがこめられていた。
無事に帰還を果たしたふたりは、ラウンジ前で別れた。
「休んでいかないのか」と声をかける青年に対して、伯爵は「自室でな」と返事をした。ここに棺はない。疲れたような声だった。
シモンは眉を下げた。さみしそうな顔を見せる青年に、伯爵はあらゆることを我慢しているような表情で「君もゆっくりと休め」と、それだけを告げた。
立ち去ろうとする伯爵にむかい、シモンは「あの」と名残惜しい声をかけた。
「いい夢が見られるよう、祈っている」
伯爵の歩みが止まった。
ふ、ふと肩を震わせる笑みは心からのものであり、額をおさえるその表情はよろこびを隠しきれずに、ほころんでいた。
箱入りのろうそくは無駄にならないだろう。部屋に帰ったら、さっそく敵の菩提を弔うために、一番立派なろうそくを立てるに違いない。眠る前に友のために祈りを捧げる、自分はそういうもののために力を尽くした。すばらしい友のために。
「楽しい時を過ごせた」
竜公は片手を振り、なんの未練もなく、青年に背を向けた。その姿を見て、シモンもまた、充実した笑みを浮かべて、自室へと向かった。
夢に見るまでもなく、伯爵には青年の姿が目に浮かぶのだった。
マントを広げて、手触りを楽しみ、自分のことを思う狩人の姿が。
天守からすばらしい夜を見はるかすような心地よい気分を胸に、古の城主は自らの時代へと帰っていった。
終
12/10/12(金)
長編を書いたからには一度はやってみたかった『伯爵様と一緒に悪魔城攻略』。
あれもこれもと書きたいシーンを詰め込んだところ、なんだか妙に長くなってしまいました。でも非常に楽しかったです。
伯爵様とのデュアルクラッシュではシモンさんにぜひとも名前を呼んでもらいたく思い……。
シモンのマントですが、ちなみにわたくしの実際のプレイでは50回くらいでようやっと一枚という感じでした。
色々と書きましたが、少しでも楽しんでいただけたら、とても嬉しく思います……。