29

 今年も悪魔城ドラキュラの発売日を迎えた。極東の島国で製作された魔王と狩人の戦いの記録ともいえるゲームの発売日を祝して、本の世界でもパーティーが開かれた。現世の基準となる時間でいえば、発売されてから今年で29年目になる。すべてのはじまりと称されるドラキュラ伯爵とシモン・ベルモンドの歴史的な戦いを今一度確認し、狩人の名を世界に知らしめた一族の英雄を祝おうと、後進たちによる催しが開かれたのである。

 ラウンジを改装して様々な飾り付けがされたパーティ会場の一角に、一匹のコウモリがいた。窓の桟にぶら下がって、誰にも気づかれることなく会場を見下ろしている。それはコウモリに身を変えたドラキュラ伯爵だった。
 饗宴の主役はタキシードで正装をしたシモンである。男ぶりの上がった彼を見ると気分が高揚し、誇らしい気持ちになった。ドレスコードは皆にも徹底されていて、武骨な格好をした者はひとりもいない。先達である彼を拍手で迎えて、乾杯をし、ささやかなお祝いをする狩人たちを、古の魔王は邪魔することなく監視していたのだが、ある一点において処理しきれぬ不満を抱えていた。料理についてである。

 冷やかしというか確認というか、伯爵は自身の開くパーティーの内容とかぶらぬよう、偵察も兼ねてここに赴いたのだが、実際のところ、それは建前で、本音は違う。すべてはあることに納得したいがためだった。今年は29周年、極東の島国の言語でかければ「にく」の年である。鼻で笑いたくなる認識だが、ゲーム中に描かれている回復アイテムの描写によって、シモンといえば肉、プレゼントといえば肉、肉を贈られれば喜ぶだろうというイメージが世間一般に浸透していた。ベルモンド一族全般に及ぶイメージだが、特にシモンにおいてはその認識が強く、悪魔城から出てくる得体の知れぬ肉は彼の好物であるかのような扱いを受けていたのだ。伯爵はその単純なイメージを抱く人間たちに軽蔑の念を抱いていた。彼もベルモンド一族ももっと深い精神性を備えているのに、シモン=肉といった、彼の性格付けにとりあえず肉をチョイスする発想に前から不満を感じていたのである。

(まぁ好物には違いないだろうが、本人にしてもそのイメージに辟易して、肉を振る舞われるのにうんざりしているのだ、きっと。おそらく。たぶん。)

 ふだんがそうなのだから、お祝いともなればさぞ盛大に肉料理を振る舞われて、得意な顔をされるのだろう。29周年。この年に肉を贈られぬはずがない。後進たちはここぞとばかりに肉を用意するに違いないのだ。伯爵はそのチョイスを見て、人間たちの相も変わらぬ認識に納得いったあと、シモンを招き、趣の違う料理を自身の城で振る舞ってやろうと考えていたのである。

 しかし期待していた様子はいつまで経っても見ることが叶わなかった。
 まず肉料理が影も形も見当たらなかったのだ。壁から出てくるいつもの肉はもちろん、ローストビーフ、ボンレスハムといった燻製肉も見当たらない。肉に似た質感のものはシュリンプやエスカルゴくらいのもので、あとはどこで調達してきたのか、様々な種類のパスタやチーズフォンデュなど、見目華やかな料理がテーブルに並んでいた。食後の楽しみのフルーツタワー、味わい深い年代ごとのワイン。ランチに食すならまぁ納得といった内容だが、彼の腹が膨れるとは思えない。後進たちはなにを考えてこの料理を選んだのだろう。

 モヤモヤしているところに明かりが落ちた。ぱっと照明がついた先には巨大なプレゼントボックスがあった。それは台に乗せられてシモンの元まで運ばれていく。伯爵はビーズのような紅い目を輝かせた。おおそうか、やはり贈り物としてシモンに肉を振る舞うつもりなのだな。趣向を凝らしたつもりでもその程度、ボックスに入れるとはなんとチープな――。

 左右に開いた箱の中身はマリアの背丈ほどもある立派なケーキだった。てっぺんにはシモンを模したマジパンがかわいらしくも勇敢に鞭を振って彩りを添えている。よくできた魔王のマジパンも一緒だ。ちょっと嬉しいが、期待に外れてがっかりした気持ちに変りはない。盛大な拍手のなか、当然といえば当然のケーキの箱から出たそれを見て、伯爵は濡れた傘のようにしょんぼりと身を細めていた。

 ケーキを切り分けて各々が甘味を楽しんでいるなか、ふと見ると、シモンはケーキを食べながら、少し眉を下げていた。甘いのが苦手というわけではないその気持ちの下がりようを見て、伯爵はシモンに精神を集中させて、彼のまわりの音を拾った。シモンはシャーロットに歩み寄り、こんなことを尋ねていた。「肉料理はないのかな?」

 そう! それだ! シモンもやっぱり気になっていたんじゃないか!

 伯爵は精神を研ぎ澄ましてシャーロットの言葉に耳を傾けた。彼女は「あぁ」と、少し困った顔をしながらこんなふうに答えた。

「用意しようかって皆と相談したんですけど……その、シモンさんといえばお肉!っていうイメージ、いい加減ご本人もうんざりされているんじゃないかしらという意見があって。29周年、日本でいえば『にく』の年でしょう? あんまり安易じゃないかしらという話になって――今年は肉料理以外をメインに並べることにしたんです」

 チョコフォンデュ、いかがですか?

 あまりのことに気が遠くなったが、伯爵はシモンの様子を伺うために、力を入れ直して桟につかまった。そうなのかと、困り笑いを浮かべてデザートの勧めを断るシモンの姿が痛々しい。見ろ、ケーキにもほとんど手をつけていないじゃないか。善意からだろうが、なんという愚かな選択をしたのだろう後進たちは。シモンのことだから、皆がお祝いをしてくれるだけで嬉しくて、料理の内容に不満を持ったり、文句を言ったりなんてことはしないだろうが、その満たされぬ気持ちは痛いほどわかる。あぁ、盛り上がる皆の中でひとり取り残されたような顔をして――。

 夜風にあたりにバルコニーへと姿を消したシモンのあとを追って、伯爵コウモリは音も無く会場の外に出た。そのはばたきに気づくものはいなかった。窓辺で佇むシモンの後ろ姿を見て、誰かと誰かが目を合わせる。そのまなざしはほほえみを浮かべていた。合図が飛び、ひめやかに物事が進められる――。

 シモンはバルコニーの手すりに身を寄せて、暗い森の中を眺めていた。
 楽しそうにさざめく皆の話し声と会場の明かり。背にあたるそれらはどれも陽気で、ひとりさみしい思いでいる自分がなにかひどくいやしいものに感じられた。祝われるだけで嬉しいし、文句はないけど、でもこの切なさはどうしたらいいのだろう。
 シモンは星を見上げて懐かしい城のことを思った。正確には城の壁の中に隠されている肉のことを思った。
 みんなはピザやサラダで満足なんだな――。
 頬杖をついてため息をつく。その満たされぬ腹が切ない音を鳴らして空腹を訴えた。

 突然、背後にぬっとそびえるなにかが降り立った。振り返るとそこに伯爵がいた。見るもおそろしい顔をしてわなわなと震えている。ぎょっとしたシモンが止める間もなく、伯爵はマントを翻し、パーティー会場にずんずんと踏みこんでいった。その気配にざわつき、話をやめてこちらに振り向く狩人たちに、伯爵は指をつきつけ、「お前たち!」と荒ぶる声を上げた。

「この年、この日に、肉料理を用意しないとは何事だ! シモンといえば肉だろうが! 狩人のはしくれなら、壁なり城なりどこでも壊して肉を調達しないか!」

 腹を鳴らすシモンを見かねての抗議だった。にくの年だから肉料理、それは安易なんじゃない? シモン=肉、それってどうなの? どうでもいい。肝心なのは本人が喜ぶかどうかだ。たらふく肉が食えることを期待してここに足を運んだというのに(きっとそう思っていたに違いないのに)会場には肉の影もないとはあんまりだ。残酷すぎる。気配り、心遣いというものをはき違えている狩人たちに、伯爵は一言いわずにはいられなかったのである。

 突然の魔王の殴り込みに、皆はきょとんとしたが、次に声をあげて笑い出した。
 わけもわからず立ち尽くす伯爵と、あわててその背を追って会場に戻ったシモンをおいて、皆は悪気なく笑い合った。

「なんだ、やっぱりシモンといえば肉なんだな」
「ドラキュラが言うなら間違いないわよね」
「おめでとう、シモンさん。ついでに、伯爵も」

 試みはうまくいったのだ。それも思わぬかたちで。魔王をも巻き込んで準備万端整った。誰かの合図で台座に乗せた大型のクロッシュが運ばれる。銀のふたを開けたそこにはカリカリに焼いた肉汁たっぷりの伝説の肉が盛られていた。驚くシモンの肩を叩いて「隣の部屋にも用意してあるぜ」とジョナサンが扉の向こうを親指で指した。開かれた扉の先にはテーブルいっぱいに並べられたありとあらゆる肉料理が湯気を立てていた。幾数もの美しいろうそくの明かりが灯るなか、ボンレスハム、ローストビーフは言うに及ばず、肉、うまい肉、伝説の肉が盛大に、飾り付けも豪華に部屋を賑わしている。
「これは、いったい――」
 同じせりふを言う伯爵とシモンに、皆はにこにこと事情を説明した。29周年、サプライズパーティの全容を。

 少し前のこと――シモンがバルコニーへと消えたあと、皆はしょんぼりとしたその背を見て、目を合わせてほほえみ、こんなことを話していた。

「用意はできてる?」とシャーロット。
「いつでもオッケーだぜ」とジョナサン。
「ケーキを召し上がっていたようですが、おなかに入るでしょうか」シャノアがほっぺたにクリームを付けながら無表情にそう言うと「ベルモンドならこれしきの量、心配ない」とアルカードが同じく手元のケーキへと無表情にフォークを進めながらそう返した。

 実はあのあと、ふんだんに盛られた肉料理をシモンに振る舞う予定だったのだ。29周年、にくの年。肉料理が用意されていると予想したところに普通にテーブルに並べてはおもしろくない。印象深い年にするために、饗宴の最後に、サプライズとして盛大な肉料理を振る舞ってはどうだろう――企画を求められた蒼真は幾分照れながらそんな提案をした。ドッキリという文化に馴染みの深い蒼真のアイディアに皆は感心し、その案に賛同した。すべては肉料理に慣れたシモンを心から喜ばせるため――リヒターもユリウスも満たされぬ腹を我慢して、風魔の用意したおにぎりを胃に詰め込んでいたのである。ヨーコはカロリーも控えめにサラダとワインを少々。マリアはフルーツジュースを一杯。皆が皆、自分たちが引き延ばしたことだが、肉汁たっぷりの最後のごちそうをいまかいまかと待ち望んでいたのである。肉を出すのはシモンの落胆が最大限に表れたとき――。

 魔王の登場で空気は最高潮に盛り上がった。シモンといえば肉、そう魔王が言うなら問題ない。ちゃんと用意している肉料理でおなかいっぱいになってもらおうじゃないか――。
 スパーク花火の輝きがまぶしい、29というかたちに曲げられたリブを運ばれて、シモンは皆の心からの拍手を受けた。

「おめでとう」「おめでとうございます」「どうした、遠慮するな」「ガブッといっちゃえよ、シモン」

 花火が消えるころ、シモンはようやくぽかんとした表情から笑みを浮かべた。とまどいはまだ消えないが、まずは心からこの言葉を。「あ――ありがとう、みんな」
 その言葉とともに腹が鳴った。正直な反応に一同大喜びし、拍手の音が強まった。

「好きなだけ食べてくれよな。この日のためにあちこちの壁をぶっ壊してきたんだから」

 先ほどの発言の手前、伯爵は文句が言えなかった。皆に促されて肉を手に取ったシモンを黙って見守る。大口を開けて肉にかぶりつくシモンの姿に、伯爵は皆と同じく目をみはった。手づかみで身を引きちぎるその食べっぷりのなんと勇ましいこと。頬が汚れるのもかまわずに肉に食らいつくその姿は、敵地においても健康的な食欲を失わない、吸血鬼狩人の生への意欲と、強靱な精神力の一端が表れた、それはそれは見事なものだった。

 目を輝かせて、夢中で肉を食べるシモンに、皆は感嘆の声を上げた。やはりシモンといえば肉なのだ。あまりに定着したイメージにまわりも本人もうんざりすることもあるかも知れないが、好物なのには変わりないし、振る舞い、振る舞われなくては納得できない。肉を食わないシモンは、まわりもどこか落ち着かないのだ。

「これが見たかったんだよな」
「安心するわよね」
「ほれぼれとする食べっぷりです」

 見世物ではないが、皆の気持ちもよくわかる。伯爵はこほんと咳をしてシモンにこう尋ねた。「おいしいかね」シモンはにっこりと笑みを返した。「あぁとても――嬉しいよ、みんな」

 わっと盛り上がる会場。再度の乾杯をしてユリウスが笑う。
「シモンひとりがターゲットだったが、ドラキュラも驚かせるなんてな。大成功だ」
 次から次へと運ばれてくる肉を見て、伯爵は慌てた口調で皆に注意した。
「あ、あまり食べさせるんじゃないぞ。わたしの城でも肉料理を振る舞うんだから――」
 趣の違った料理をという考えはとうになかった。リヒターが笑って提案をする。
「面倒だからここに持ってこいよ。一緒にお祝いしよう」
「それがいい。私もお前と祝いたいし、皆とも賑やかに過ごしたい」
 シモンの言葉に伯爵はしぶしぶと、しかしどこかうきうきとした表情でうなずいた。コウモリを呼び寄せて、手紙を持たせると、数分後には死神が率いた骸骨の群れが豪勢な肉料理をカートに運んでやってきた。

「早い!」「扉の向こうで待機してたんじゃないの?」「デスの統率力をもってすればこの程度の機動はわけもない――」

 そして皆も思い思いに肉料理にかぶりついた。ビーフにポークにチキンはもちろん、ラムやターキー、猪にたぬき、そして悪魔城名物の得体の知れない壁の肉を味わい、古今東西の肉料理に舌鼓を打つ。頬を汚して、肉汁をしたたらせて、身を引きちぎる後進たち。やっぱりこれじゃないと――幸せそうに肉をほおばる狩人たちに、古の魔物たちは次から次へと悪魔城特製の伝説の肉を手渡していく。骨付き肉と勘違いされて腕を取られるL・スケルトン、その体のどこに入るのか牛タンを口に入れて舌を生やすL・アックスアーマー、マリアの四聖獣にまじって生肉にかぶりつくL・黒ひょう。騒ぎが過ぎればL・死神が研鎌を光らせて注意する。古代と現世が混じり合う、三日月の輝く今秋の夜は、魔王と狩人の歴史的な戦いが記録された、すべてのはじまりの日――。

 魔物も狩人も入り乱れての明るい宴の席を、伯爵とシモンは穏やかな気持ちで眺めていた。明日はこうはいくまい。でも今だけは。この世界を為した古の夜を皆と祝おう。
 伝説の吸血鬼は友を見つめるまなざしで高名なる狩人に笑いかけた。青年はそれを受けて敬う気持ちに満ちたほほえみを返す。

「君は祝われ慣れているな。今日の様子を見ていたが、貫禄があった」
「でもさすがにびっくりして、肉料理のことを尋ねてしまったよ」
「君ならそれでいいんだ。後進たちも気分が盛り上がったことだろう」
「うん、私もいつもと違う記念日を過ごせたよ。改めてお礼を言わないと」

 そしてシモンはグラスを掲げて、堂々とした声を会場中に響き渡らせた。

 「ほんとうにどうもありがとう、みんな!」

 乾杯の音がラウンジを彩り、今宵限りの会場を一層明るい雰囲気に包み込んだ。
 29周年のサプライズパーティーに、夜は賑やかに更けていく。

 終
 15/10/02(金)

 遅れに遅れてしまいましたが、今年を逃せばお肉サプライズパーティーは書けないと思い、のんびりとがんばりました。去年と同じく、発売日当日を迎えてからムクムクとお祝いしたい気持ちがわき上がり……。
 やっぱりシモンさんはお肉大好きで、みんなもそこに安心感を覚えていたらいいなと思いました。
 悪魔城ドラキュラ29周年おめでとうございます!