禁欲・3

 とある晩。
 あたたかな毛布にくるまれて眠っていたシモンは、夢の中でこんな声を聞いた

『一度は身につけると思っていた』

 毛布の感触が触れたことのある毛並みに変わった。胸元から銀色の狼が静かな瞳でこちらを見ていた。

『効果がどんなものか確かめてから、本格的に自らを律する生活に移るだろうとな。もはや戻れぬ。夢を見たことを君はなにも覚えていない。頭ではな。心にはしっかりと淫らな記憶を刻み込まれるのだ。ここで起きたことを忘れられない君は、無意識のうちに、夜ごとあのネックレスを身につけるようになるだろう。――なにも言わずにわたしから離れようとした罰だ』

「なにを言っている」

『聖鞭を扱えなくなっては互いのためにならないのだ、安らぎや鎮魂を――わたしを思って戦うのだからと、おそらくそんなところであろう。特別甘やかなキスは別れの味がしたぞ。涙も流さずにあんな口づけをできるとは君の精神力も相当たいしたものだ。わたしが気づかぬと思った点は侮蔑に値するが』

「ヴラド、思い込みが激しくなっているようだ。私はお前と離れたりはしない。お前との友愛を保ちながら、ふたたび聖鞭と繋がりを持てるよう、祈りながら心身を鍛えると――そんな決意をこめて口づけを交わしたのだ。罰だのなんだのと、ぶっそうなことはやめてくれ」

『夢の中でも嘘が上手だな――』

 狼はシモンの唇を舐めた。
 それが始まりのように、銀色の獣は、青年の鍛え上げられた体をくまなく舐め始めた。
 首筋を、乳首を、腋の下をなめらかな舌で愛撫する。
 シモンは抵抗できなかった。体が鉛のように重い。夢の中では彼が支配者なのだろう。
 シモンは唇を引き結んで快楽に耐えた。抵抗をやめるつもりはなかった。
 意思の力が勝ったのか、腹部、太もも、そして陰茎を舐められようとしたとき、シモンは「いい加減にしろ」と、怒鳴り声を上げた。
 その気迫に狼はしりぞいた。毛布をはねのけ、注意深く青年を見つめる。
 シモンは身を起こして狼をにらみつけた。

「獣の姿で腰を振るつもりか。私の聖性どころか、お前の高貴さも失われるぞ」

『かもしれぬ。わたしもそこまで堕ちたくはない。ふだんとは違う異種間の快楽を覚えさせようと思ったが、どうにも君の意思は強くてうまくいかぬ。こうなれば、決して抗えぬように趣向を変えてみなくてはなるまいな――』

 話しながら変身を解いた魔王は、目を一瞬、妖しくきらめかせた。
 闇の中からなにかがしなるような音が聞こえた。
 避ける間もなく、シモンは無数の縄のようなものに絡め取られた。
 それらは生きていた。どんな植物にも見られない、おぞましい緑色をした何百何千もの触手が、ひとつの統一された意識をもって、狩人の体に巻き付いたのである。

 シモンは力をこめてそれらを引きちぎろうとした。
 できなかった。夢の中は相変わらず彼が支配者なのだ。
 今度こそは本気で青年を屈服させようと、抑えていた力を解放したのだろう。
 素裸のまま、シモンは空中に固定された。
 幾数もの触手により、後ろから抱え上げられた姿勢で、伯爵に秘部を晒すことになったのだ。
 触手はしゅるしゅると蛇の舌のような音を立てて、シモンの肌を精査した。
 すべるように、つつくように。シモンは身もだえながら叫んだ。

「魔物に私を犯させるつもりか。それが友のすることか!」

「君を得体の知れぬ奴らに触れさせはしない。これらはすべてわたしの内から生まれたものだ。言うなればわたし自身の欲望がかたち取られたものなのだ。君を犯すが、この触手はわたし自身に他ならない。見たくないのなら目を瞑るが良いだろう。闇の中でわたしの腕に抱かれているものと思いたまえ」

 勝手なことを、と口にしたが、その言葉は半ばで封じられた。
 子供の腕ほどもある触手が口の中に入り込んだのである。
 ぬめぬめとした表皮は濃度の高いアルコールの味がした。
 とたんに頭がぼうっとする。酒とは違うが、人を朦朧とさせる成分が含まれているのだろう。
 手始めに口腔を犯した触手は、次に青年の腋の下や、乳首をいじりだした。
 陰茎にはすでに細長い触手が絡みついて、鈴口をつついている。尻穴に入るのはすぐだろう。
 まずは一本、ならすように肛門をなでまわしたあと、苦もなく青年の内へ侵入した。
 続いてもう一本。角度を変えて、巣穴に潜るように、もう一本。
 尿道にするすると熱いものが入り込んでくる。

 人の手で愛撫されるのとはまったく違う、多方面からの息つく暇もない責め方に、シモンは目を見開いて涙を流した。
 時折、あっあっと声を漏らして、無惨に体をびくつかせる。
 取れる反応といえばそれくらいで、シモンはただただ、頭の後ろで拘束された腕に顔を寄せて、責めが終わるのを待っていた。
 体内でうごめく触手が前立腺を執拗にこねはじめた。
 尿道に入り込んだ触手が射精のスピードと同じ早さで出し入れを繰り返している。
 口のように開いた触手が乳首や腋を吸い上げる。
 足の指のあいだに何本ものうねりが迫り、足の裏までがさわさわと犯された。

「あっ、あぁあっ――! いやだ、やめてくれ、離して――あっ、あっ、出したい、もういじらないで、入ってこないで……っ!」

 いやだ、と泣き叫びながら、シモンは達した。
 尿道が解放されたとたんに精子がとめどなくあふれ出て、シモンはそのまま失禁した。
 肛門にはいまだに三本の触手が入り込んだままだ。
 排泄する動きをおもしろがるように、うねうねとくねっては、それぞれが違うリズムで奥を突く。
 いち、に、さんと、間断なく突き上げる力に反応するように、シモンの男根から時折、申し訳程度の精液が飛び出した。
 あられもない姿勢でがっちりと固定された体。
 唯一自由の利く顔を耐えられないように振り乱しながら、シモンはひぃ、ひぃ、と泣き続けた。

 その姿を伯爵はじっと見ていた。
 泣き乱れる友を冷厳な瞳で見据えたあと、彼は青年に歩み寄った。

 肛門に入り込んでいた触手がするすると身を引いた。まるで主にその場所を捧げるように。
 シモンが泣きはらした瞳で彼を見た。
 逸物を取り出す姿から目が離せなかった。
 青年の腰を取り、伯爵が奥に進んだ。
 何よりも熱い衝撃に、あぁとシモンの喉がのけぞった。
 触手は相変わらず体を這っていて、腋も乳首も吸われている。
 絶え間ない快楽のなか、シモンは伯爵の剛直をその身に受けた。
 青年は内奥で優しく彼を包み込んだ。
 キスを交わすと、あまりの幸福感にもう一度漏らしそうになった。
 やがて伯爵が達すると、触手達は青年の体をうつぶせにさせて、空中で尻を高々とかかげるポーズを取らせた。
 弛緩した肛門から精液があふれ出す。
 淫らな角度ではしたない姿を見られたシモンは、なにも出せないまま、再度達した。
 震える尻をなでて、伯爵は優しく声をかけた。

「罰はこれで終わりではないぞ。これから毎晩、毎夜、じっくりと可愛がってやろう」

 誤解だ、とシモンは絞るような声で言った。
 返事はなく、かわりに尻をきつく叩かれた。
 恥辱のなか、闇が薄れる。意識が目覚めようとしている。

 ほのかな月明かりを浴びて、シモンは目を覚ました。
 頭重もなく、気怠さもない。よく眠っていたようだ。
 胸元の金のネックレスに触れて、それをじっと見つめたが、なにも思い出せなかった。夢を見た覚えもないように思われた。
 眠りのあいだに余計な精を解放すると言ったが、そんな効果がほんとうにあるのだろうか。
 しかし、特別害もないのなら、今後も身につけていても大丈夫だろう。応援すると言って彼がくれたものなのだ。
 シモンは微笑を浮かべたが、すぐに眉を下げて、痛みを感じたように胸に手をあてた。
 あぁそうだ、会えないのだと、そっと目を伏せる。

 皆もそろそろ起き出す頃だろう。
 シモンは起き上がり、身だしなみを整えてから、祭壇に向かって祈りを捧げた。そして部屋を出た。

 日課の鞭振りを終えたシモンは、成果のあがらぬ練習を終えたようにうつむいた。
 落ち込むその背に声をかけたものがいた。シモンと仲の良い青年、風魔だった。
 狩人と聖鞭とのあいだに距離が生まれたことをこの青年も知っていた。
 心配をかけないように、シモンは穏やかな表情でこう言った。

「少しずつ元の調子を取り戻せるように、がんばるよ」
「あぁ。何事もすぐに結果が出るわけではないからな。焦らぬことだ」

 気分転換に道具屋に行かないかと風魔が言った。
 昨晩消費したエクスポーションを買っておきたい、よかったら付き合ってくれないかと。シモンは了承した。

 腰に絡げた鞭がひやりと冷たい輝きを帯びたようだった。
 それは仄昏い翳りにも見える複雑な色を現して狩人の腰に下がっていた。