やさしいときもあれば、ひどく不機嫌なときもある。
たとえば、青年がひどい怪我を負って、体はおろか心をも消耗させたとき。
王家の墳墓にて、こんなことがあった。
ピラミッドを支配する絵の中の女王が、年若き狩人たちに魅了の術をかけた末に、魔法の杖から竜巻を放ち、彼らをずたずたに切り裂いたのだ。
危ういところを天才魔法使いの激昂が飛び、状況を冷静に判断した女術戦士が狩人たちの頭や肩を軽く踏みつけて行動を制するなどして、素早い立ち直りのもと、砂の女王を塵へと返した。
戦いには勝ったものの、同士討ちの傷は心にもおよび、とくにきまじめな精神をもつひとりの青年を傍目にもわかるほど落ちこませた。
謝罪と感謝の応酬に疲れきっていたなか、シモンのもとをひそかに訪れた伯爵の態度は、そんなとき、いたわるようにやさしい。
話を聞くさいに、彼なりのフォローをしたり、はげましの言葉をかけたりして、青年の気持ちを落ちこみから他へ移そうとするのだ。
そうして、甘えさせるように、慰めるように、こめかみやほっぺたにキスを流し、髪をなでる。
最初はキスを受けるのも拒んでいた青年の態度も徐々に緊張を解いたものに変わり、抱擁に抱擁を、口づけに口づけを返すものとなる。
あとは伯爵の部屋へ招かれて、翌朝には憂鬱のかけらもない狩人の姿に立ち返って、皆との悪魔城攻略に加わるのだが、このところでは――あれから幾度となく絵の中の女王の世界へ訪れるようになったここ最近では――公が不機嫌になるのも無理はなかった。
ある夜、頬に寄せられた手を申し訳なさそうに取り下げながら青年は言った。
「すまないが、最近体調がすぐれなくて――」
眠そうな声だった。そのときはそうかと、伯爵も引いた。無理をさせるつもりはないし、ゆっくりと休ませたい気持ちは人と同じだ。
ところが、そんな状態が連日続き、体調がすぐれないと言ったわりにはどこかへ出かけている青年の様子を見て、公は胸のうちに靄のようなものが溜まるのを感じずにいられなくなった。ぼんやりとした表情で王家の墳墓の記録を開く青年の後ろ姿を目にとめたとき、伯爵の腹に重苦しいものが到来した。外套を胸元できつく握りしめ、その場をあとにする伯爵の姿を、青年はもちろん目にすることはなかった。
挨拶として交わすキスの温度が日を重ねるごとに冷たいものとなっていった。
唇を離したあとに見せる青年の眉を下げた表情を、公は憮然とした顔で見つめていた。
まぶたの重い青年の頬に一瞬だけのキスを響かせ、公は外套をひらめかせる――その音は聞くものの心に影を落とすように重く、厳しい。
三日、四日、日数にすればそんなものだが、澄んだ水のようなふだんの顔つきに幾分近づいてきた青年は、その日、いつも訪ねにきてくれた伯爵の姿が見えないことに気がついた。
人の世界でいえば午前5時、まだしんとしたラウンジにいるのは自分ひとりだけ。
柱時計の音と、サイホンの沸騰する音のほかには、響くものはなにもなかった。
青年はどことなく仕様がないようにうつむき、それから顔を上げて、魔法の本が回転する台座のもとへと歩んだ。
シモンは魔法の書からサングラスと死神のローブを取り出した。それらを身につけ、王家にゆかりある地に赴こうとしたとき、背後から声をかけられた。振り向くと、伯爵がいた。
「どうした?」
と返事をしたのは、その不穏な空気を察してのことである。シモンはサングラスを取り、頭を覆う布を解いた。
「そんな格好で」伯爵の声も、一歩近づくその足音にも、ひやりとしたものが漂っていた。「どこへ行こうと?」
ああ、とシモンはまぶたの重い顔をかしげて、こう答えた。
「ピラミッドのてっぺんで、日光浴を」
冷気が止まった。
「なに?」と静かに、だがどこかすっとんきょうに聞き返す声がした。シモンは目をこすりこすりこう言った。
「元いた世界では朝日が当たり前のようにあったのだが、ここではそうもいかないからな……いまがいつかわからなくなるくらい、体のほうも変調をきたして、寝床についてもよく眠れなくなってきたんだ」
話を聞いたヨーコは体内時計に狂いが生じたかもしれないと教えてくれた。
あらゆる生物には体内に時間を計る機能が組み込まれていて、光や外界からの刺激によって睡眠や覚醒といった一定の活動を示すものなのだと。
ふだんの生活からかけ離れたこの世界ではその仕組みが変調をきたして当然ねと、ヨーコはほほえみながら、その機能を回復する手だてを教えてくれた。すなわち、日光を浴びること。
「ここではアシュタルテのいる世界でしか陽光を浴びる機会はないでしょうから、あそこへ行くなら日焼け対策をしっかりして行ってらっしゃいな。しばらくはピラミッドのてっぺんで砂丘を眺めて過ごすといいわ」――
そうしておすすめされたのがこの装備だ。強い日差しから眼球を保護するサングラスと、熱中症対策も万全な、ひんやりとした着心地の死神のローブ。
ものが朝日なら一日で改善も可能だったろうが、アシュタルテの存在する世界は残照厳しい夕焼けの世界で、体内時計のリセットに時間がかかった。今も改善に至らずに、こうして伯爵と話をしていると、そういうわけだ。
一連の話を聞いた伯爵はじっとりと目を細め、神経質にあごを触り、「なぜわたしに相談しない」と不満げに呟いた。シモンは首をかしげた。もう解決策を実行しているし、こうして朝も定時に起きられるようになったのだから、言う必要もないことだった。
「朝日が存在する世界などわたしの力をもってすれば本に記録するのは」
「無理だろう。悪魔城を記録している本なんだから」
「――であっても――それならば、あの絵描きに無理やりにでも朝日のある世界を描かせて――」
「攻略のタネを増やすな。どうあってもまともな世界であるはずがないんだから」
伯爵はだまりこんだ。
いちいち否定したのに気を悪くしているのだろうか、言い過ぎたかなとシモンが声をかけようとしたとき、伯爵はふっと息をついた。嘆息だった。つづいて額を押さえた。
「信じるということは、難しいな」
どこか、自分と無関係ではないような伯爵の落ち込みようを受けて、青年はサングラスとローブを魔法の書に戻した。そして「こちらへ」とラウンジに向かい、公の手を引いた。ソファに座らせて、その場から一時離れた。すぐ戻るのは足音や動作で公に伝わった。カチャカチャと陶器のこすれる音がする。香り高い豆の匂いがした。伯爵が顔を上げると、サイホンから注いだばかりのコーヒーを差し出されていた。
「香りだけでも落ち着くかと思って」
ずいぶんと手慣れた様子だ。
そのことを尋ねると、シモンは「毎日飲んでいるからな」と答えた。
しんとした空気のなか、香ばしい湯気があたりに立ちのぼった。
伯爵は静かなまなざしのまま、鼻をすんと動かし、「いつごろに飲むのかね」と尋ねた。
シモンは柱時計を見て、小首をかしげた。
「夜の9時くらいかな」
それだ、ばかものと、今までにつもりつもった鬱憤の声がラウンジに響いた。
伯爵の寝室にて。
ソファにしゅんとした様子でちぢこまっているシモンを傍目に、伯爵は目が冴えるには充分の、がみがみとした叱責の声を浴びせかけていた。
「なにが体内時計の変調だ、カフェインの作用で眠れなくなっただけではないか」
そう言いながらプリーツタイをほどいている。外套はすでにコート掛けにかけられていて、あとは青年がバスローブを脱いでベッドに横たわれば、事を始められる状況だった。
が、肝心の青年が涙ぐんでいる。
知らなかったことを容赦のない叱責で延々と言われ続ければ、いやにもなる。
なにより、現代の感覚でいえば常識的なことを散々にあげつらわれれば、なおさら恥ずかしい気持ちになる。
さすがにそのことを察したか、伯爵は口をとめ、ソファへ歩み、青年の頬をなでた。
シモンはいやがるようにふいと横を向いた。震えている。
急にとんでもないことをしてしまったような気がして、伯爵の胸はかりそめの痛みにしめつけられた。
「シモン」
「無知で悪かったな」
「誰もそんなことは言っていない」
「そう言ってるも同じだ」
「聞いてくれ」伯爵はとなりに座り、青年の手を握りしめた。「君を心配していたが、わたしはその――それ以上の感情に苛まされていて」
手を振り払われる寸前に伯爵は青年をきつく抱きしめて、額を肩に押し当てた。「君があの女のもとへ会いに行っているんじゃないかと――そう、思って」
息をつめてこちらを見る青年の様子が、肩をすく金髪の動きで理解できた。その瞳はおそらく、『なぜ』と言っている。伯爵は腹の底から、ふるえる息を吐き出した。
「自分でもわからぬ。そんなはずはないのに、そう思ってしまった。そうではないと知ったときに、安堵の気持ちからか、自分の感情を無視して君を責めて――すまない」
ゆっくりと、その謝罪をかみしめる動きが、ほんの衣擦れや、あごを傾ける空気の揺れから察知できた。そうして、伯爵は白銀の髪の毛にキスを受けた。公は動かない。シモンはキスをした場所に顔を傾けて、そっと呟いた。
「お前の立場なら、私もそう思う」
噛みつくようなキスの応酬とめまぐるしく変わる抱擁のかたちに、先にシモンが音を上げた。
体を引き剥がすように伯爵に向かい、両腕を伸ばして、「待ってくれ」と声をかける。
「性急な行為をする気分じゃない」
胸元に牙の見えそうな口が這った。
「ペースを落とすつもりはない」
舌先で乳首を責め立てられ、唾液があとに残ってゆく。
シモンは片腕で顔をかばった。
「一方的にされては身がもたない」
私もお前を愛したい、と腕の下から嘆願の声が漏れた。伯爵の口が離れた。
「そうか――では」
そうして耳元に顔を寄せて、なにごとかを囁く。
青年の目が見開き、ついで、いやらしいものに対する恥辱と軽蔑の視線を伯爵に向けた。
その視線をどうということもなく伯爵は細めたまなざしで受け流した。青年の表情は嫌とは語っていないからだ。
のろのろと身を起こし、考えるように動きを止める青年を傍目に、公は枕に頭を置いた。
闇のなかで、淫猥な動きがあった。
青年が伯爵の陰部に頭を埋めて、つづく胸元でそろそろと脚を開き、逆さまにまたがった。
一連の動作のあいだ、青年はずっとうしろを振り返り、羞恥に染まる顔を見せていた。それが興奮を誘うものだとも知らずに。
伯爵は青年の尻と腿をつかみ、自分からよく見えるようにその位置を調整した。
恥ずかしがるうめき声が股間から聞こえた。
匂い立つような光景だった。
引き締まった尻と腿の付け根の赤黒い中心、あられもない秘部が目の前にあった。
――まだ淫水焼けは起こしていないようだな。
公はシモンの薄紅色のすぼまりに指を添わせて、その続きからなる睾丸やペニスの状態を確認するように、つつと指でなぞっていった。
ふ、と伯爵が耐えるような声を上げた。
青年が男根を口に含んだのだ。
思えばこれがシモンからされる初めての口淫だった。伯爵は静かに瞳を閉じ、その熱い咥内に感じ入った。
青年はペニスを立派な歯の奥にくわえこむようにして、時折、きつく吸う。
性急なのはいやだと言っていたくせに、慣れないせいか、青年はゆっくりとくくむこともせずに、頭を上下に動かしていた。
ん、ん、とひそかに漏らす声に気をやりそうになったが、性急さに対して注意を促すために、公は青年のアナルに舌を近づけた。
んうっ! と鼻から甲高い声を上げて、青年は目を見開いた。
変わらない愛撫を続ける公の真反対で、シモンが感じたこともない快楽に向かい、静止したままのまなざしを震わせていた。
舌技に指が加わった。うめき声が激しくこもる。逃げようとする尻を押さえ、挿入する部位を執拗に責めた。隙があれば睾丸や裏筋を舐め上げて、手でしごく。腿の付け根に唇を這わせる。
ひやりとしたやわらかな舌先が敏感な部分をあまさず刺激していく――その快感に、青年の口の動きは完全に止まった。
肉棒をくわえたままきつく目を閉じて、びくびくと快楽を享受している。涙がつうと流れた。
伯爵は顔を離し、「シモン」とぴしゃりと尻を叩いた。びくつく体の向こうへ、愛情をこめた声をかける。
「君もわたしを愛したいと、そう言ったのではなかったか?」
腿を叩いた。ひぐ、という情けない声がして、ゆっくりと頭の動きが再開された。
懸命に奉仕する舌の動きを想像で確かめたあと、震えるペニスや睾丸にこちらも舌を伸ばした。
んふぅう、と跳ね上がりそうになる体を押さえて、あくまで優しく、指を挿れる。裏筋を鼻で刺激する。舌で舐め上げる。
どの愛撫にも、純粋な反応が返ってきて、それが青年の舌の動きよりも快く伯爵を喜ばせた。
みっともなく脚を開いて、恥部を晒している年若い狩人。
陰部にだらだらと唾液を垂れ流して、時折それを注意するために伯爵が腿や尻を叩けば、あわててペニスどころか、睾丸に口を這わせて、愛涎をすすり上げた。
後穴への絶え間無い口づけに対してシモンはめちゃくちゃに顎を使って、頭を振って――
「うあ、あ、もう、だめ、できない、できないぃ」
はねつけるように身を起こして、青年は隣へ這うようにして逃げた。
そのまま乱れたシーツの上で、許しを乞うように泣き伏した。
膝をぴっちりと閉じて、こちらを放って、何度もしゃくり上げている。
伯爵はむっくりと起きあがって、青年の肩に手をかけた。「シモン」優しい声だった。
青年の体が、再度跳ね上がった。
片方の手は青年の唾液まみれの局部に侵入していた。
その指は脚を閉じていても無防備なすぼまりを激しく刺激していた。
「途中でやめるとはな」
敏感な部分を知り尽くした動きだった。
青年のためにきれいに切りそろえた爪で、先を立てるようにして、内側をいやらしく掻く。
シモンは涸れがれの声をシーツにこもらせて、「ひ、ひ、」と無抵抗に身を縮こまらせていた。
「おねが、い、もう、もう」
「どうしてほしい」
「いれて、いれて」
甘えと懇願の入り交じった声。
顔は恥辱に真っ赤に染まり、体は胎児のように丸まって、抵抗もせずに肛門をいじられている。
もう一押ししたいところを、伯爵は大の男の、愛おしいその様子を見て、指を引き抜き、体を割った。
すべてが丸見えになる体勢の、両足を大きく開脚させたその身に、伯爵のてらてらと濡れ光る剛直が苦もなく侵入した。
揺する声、あえぐ声が重なり合い、熱と湿り気のある息となって混じり合う。
互いの愛撫の結晶のように、繋がり合う部位は熱く、赤く、勢いが増すごとに新たなよろこびとうずきを上げた。
切迫な揺り返しを重ねるたびに、ふたりの全身にとろけるような快楽が浸透していく。
引き抜き、押し戻す途中で、公はゆっくりとこねあげるように、腰をまわした。
ぬらり、ぬらり、ずずっずずっ。……
その淫猥かつ情熱的な狂おしい腰の動きを想像して、シモンは切ない声をもらした。
薄く目を開けば興奮に濡れたぎった伯爵の顔があった。
肩の動き、広い胸、官能的なため息――なにもかもが愛おしかった。
一度果て、二度果てても、もっと自分を求めてもらいたかった。
腹の中を目の前の男の精子でいっぱいにしてほしい、ぐちゃぐちゃにかきまわしてほしい、もう感覚などないけれど――
シモンは三度目の射精の果てに失神した。
痙攣し、花がしぼむように力をなくして、闇に閉じていく体。
引き抜かれたそこからは、白い熱情の証が泡を吹いて溢れだしていた。
目覚めたとき、部屋は青く、檸檬色のように明るかった。
月の光が飾り窓から寝室へと霧のようにやわらかな明かりを流している。
シモンはそれをぼんやりと眺めていた。
いまはいつだろう、薄い胸の向こうを見つめながらふと思う。
隣に伯爵がいた。
肩を抱いて、冷たい腕枕を差し伸べて、細微な装飾をされた天井を見つめている。
時折、青年の髪の毛をすいて、指先にくるくると巻きつけていた。
するんとほどける金の指輪を、飽きずにはめては、青年の肩を撫で――「目が覚めたか」。
今気づいたという飾り気のない表情へ向けて、シモンは微笑みを返した。
「体調は」と伯爵は尋ねた。少し、心配そうな顔つきだった。無理をさせたことを詫びているような眉の下げ方だった。
「大丈夫」涸れた声でシモンは答えた。「よく眠れた」
ふっと伯爵は眉を下げたまま笑った。
「体内時計も元に戻ったようだな。いまは朝の5時だ」
「もっと寝たと思ったが」
「カフェインを切らすには充分だな。24時間はとうにまわっている」
一日を寝て過ごしたということだ。
シモンは猛省をこめた声を上げて「もうコーヒーは飲まない」と、伯爵の胸元に突っ伏した。
いたわりをこめて、伯爵は青年の頭に、やさしいキスをした。
終
12/09/22(土)
自設定ではシモンさんはワインを飲み水代わりに飲んでいるのに。のに。
それはともかく(いいのか)伯爵様もシモンさんも折れる早さはほぼ同じくらいです。