個室にて

 常闇の城に集う狩人たちの、ある一室にて。
 その日、自身の鍛練の成果に満足したシモンは、清潔なベッドに横たわり、ゆっくりと眠りについた。心地よい疲労感が全身を包んでいたが、戦いのあとの興奮は体を清めても収まらず、若々しい血流に混じって心と体を刺激していた。

 ここはパーティー会場だ。
 すべてのはじまりと呼ばれる、伝説の吸血鬼と高名なる狩人の戦いを記録したゲームソフトの発表から7年、別な媒体でひっそりと世に出されたもうひとつの戦いの記録がある。はるかな未来のことでもあり、少し昔のことでもある、93/2/5に発売された通称ROM版だ。基本の伝承は同じだが、初心者にも大丈夫なように、そのソフトにはノーマルの他にイージーモードが存在する。精神力(ハート)や攻撃力の大幅な増加のほか、敵から攻撃を受けても微動だにしない(ダメージを受けても後ろに下がらない)といったふうに、元の操作に改変を加えて、誰にでも最後まで戦いの記録を見届けてもらえるよう、遊びやすく配慮されている。今では存在そのものが珍しい、そのROM版と伝えられるファミコンカセットの誕生を、わたしたちも忘れずに祝おうではないかと、主催のドラキュラ伯爵の呼びかけのもと、本の世界に召喚された狩人たちが祝宴の場に集まっていた。

 境目のわからない曖昧な世界、薄く輝く華やいだ会場で、シモンは主賓として立派な立ち居振る舞いを見せていた。タキシードに身を包み、時折ワインを嗜みながら、正装をした後進たちの笑顔を穏やかに眺める。一ヶ月前、祝宴の日取りが決められた翌日から、あの頃の力溢れていた自分に恥じぬよう、鍛練を重ねて、禁欲的な生活を送ってきたのだ。磨き抜いた体は一層たくましくなり、色艶は健康的で、表情も誇らしい。祝いの席を設けることに当初は気乗りしなかったが、後進たちの勧めもあり、皆の気晴らしになるならという理由でパーティーに臨んだのだ。戦いの日々が続くこの世界での、一日だけの余暇を楽しむ皆の活気溢れる表情を見ながら、シモンはこの祝宴を開いてくれた古くからの友に感謝していた。

 そういえば彼はどこかなと、目を移したそのときに、後ろから声をかけようとした彼にぶつかってしまった。主催者である古の吸血鬼、ドラキュラ伯爵だ。ぶつかった拍子に、彼の厳かな佇まいを為す夜会服に、ワインを盛大にこぼしてしまった。ふたりぶんのグラスからこぼれたそれは互いの礼服に大きな紫色の染みを付けた。

「すまない、気がつかなくて」

 胸ポケットからハンカチを取り出したシモンは、焦った様子で伯爵の服にハンカチを当てた。白い布は派手に汚れるばかりで染みは当然取れそうもない。せめてもというように水分を拭うシモンの様子を、伯爵は穏やかな表情で見つめていた。

「君の服にも染みを作ってしまったな」
「私のことはいいんだ。同じ服は何枚もあるから」
「今着ている服をむざむざ暖炉の焚き付けにすることもあるまい。染み取りをするから、手洗いに一緒に来てくれ」

 時間が経つと取れなくなるという。部屋に戻るまでの応急処置を行うために、ふたりはトイレに向かった。

 会場から離れた来客用の広々としたトイレは、個室の数も多く、めったに使われないためか汚れひとつなくぴかぴかとしていた。清潔な匂いと誰の声も届かない静かな空間は、全体が品良く落ち着いた雰囲気に包まれている。

「まずは君の服を。ズボンにまでかかっているな。ここではなんだから、個室で処置をしよう」

 手洗い場の鏡に映らない彼のほうを向いて、シモンは素直にうなずいた。個室に入り、伯爵が鍵を閉める。備え付けられているのは近代的なシャワートイレだ。快適さは進んで取り入れる伯爵の趣味嗜好が反映されているのだろう。大人ふたりが入っても広さに余裕のある個室だった。ジャケットとシャツとズボンを脱いで荷物棚に置くと、下腹部に目を留めた伯爵から「おやおや」と同情するようにこう言われた。

「下着にまで染みている。ついでだ、それも脱ぎたまえ」
「いや、これくらいは。見えないものだし、別に」
「ワインというのは浸食が早くてな。その下着のまま染み取りの処置をしたズボンを穿けばまたそこから染みてくる。最初からやり直すくらいなら少々恥ずかしくとも今ここで全部やり終えてしまったほうが良いのではないかな」

 そう言われてはもっともだ。下着の染み取りのあいだはジャケットで隠せば良いことだし。無駄を省く性質のシモンは、「それじゃあ、これから先に」と言いながら、思いきって白のボクサーブリーフを脱いだ。紺の靴下と黒の革靴だけの裸身となり、視線を合わせないようにしながら下着を渡した。ジャケットに手を伸ばそうとしたとき、上着はごく自然に伯爵の手に取られたので、シモンはふと顔を上げた。彼はシモンの服を一式抱えて青年を見ている。
 それはまるで従者に花束を預けるような優雅な所作だった。伯爵がふいと横を向いたとき、服はシモンの目の前で燃え上がり、まばたきをする間もなく燃え尽きた。消し炭も残らず、一瞬で。なにが起こったのかわからず、シモンは強ばった顔のまましばらく声も出せずにいた。肌に受けた一瞬の熱と、鼻孔に残る火の匂い。平常と変わりない様子の伯爵を見たシモンは、怒りと焦りに染まった顔で「なにをするんだ!」と怒鳴りつけた。

「なぜ、私の服を」

 伯爵は小首も傾げずにこう言った。「君とここで愛し合うためにだよ」

 そして伯爵はシモンを抱きしめた。うろたえ、もつれる青年とキスをして、無理やり引きはがそうとするのを抑えながら、扉に押しつけてもう一度、熱情のこもった口づけをした。
 急なことで息を詰める青年の首筋に顔を埋めて、頬ずりをしながら、伯爵は悩ましげに囁いた。

「主催などしなければよかった。鍛練をするからと言って一ヶ月ものあいだわたしとの逢瀬を拒んで。どんなにわたしがさみしい思いをしたか君はわかっているのかね」

 息を奪うようにまた唇を重ねる。歯列を舐め、腰や太ももを撫でさすり、舌や指先で青年の熱を高めると、彼もまた抑えていた情欲に火を付けられたのか、扉に押しつけられた体は浅く沈みこんでいった。足腰に力が入らなくなったのだ。体を抱き上げて、伯爵はぬめらかに舌を吸う。蜜のような音を立てて、時折息を含ませながら、青年の口内を愛撫した。たっぷりと唾液を絡ませたあと、伯爵は顔を離して、青年と見つめ合った。

「禁欲によって清められた君のオーラはわたしを必要以上に燃え上がらせたよ。こんな場所で君を汚してしまいたくなるほどにね。ワインを振る舞ったのもわたし、体にぶつかったのもわたしからだった」

 頬を抱いて、情熱的に囁く伯爵の顔を、シモンはゆっくりと見つめ返した。静かに開いた瞳は熱を帯びていたが、同時に決して失われない確かな力が宿っていた。伯爵の表情をこわばらせ、息を飲ませてしまうほどの。しっかりとした声音で、シモンは伯爵にこう言った。

「助けを呼べば、済むことなんだぞ」

 お前に服を燃やされたと言って、替えの服を持ってきてもらえばそれで――本気で拒めばお前も手出しは……。

 青年の目の光を受けて、伯爵も静かに見つめ返した。その表情は笑っているようでもあり、なにかを諦めているようでもあった。そしてふたたび青年の首筋に顔を埋めた。決して牙を立てたことのないたくましい首筋へ、額をこすりつけた。鼻をすりつけ、匂いを嗅いで、背中に腕をまわして抱きしめた。抱き返してほしいときに、彼はこんな抱擁をする。シモンはため息をつくように奥の壁を見つめながら、伯爵の切ない息遣いを聞いていた。

 馬鹿なことをしたのはわかっているのだろう。
 それでも求めてしまって、どうしようもなくて、久しぶりに会った自分の匂いを、今だけはというように、胸いっぱいに吸い込んでいる。
 シモンは興奮で膨れあがった肩を落として、静かに彼の体を抱き返した。

「今ここで愛し合いたいのか」

 キスを落とすのもためらわれるというように、伯爵は肩口にうなだれて、背中を抱く腕に力をこめた。鼻をすする音が聞こえる。

「替えの服はあるんだろうな?」
「君を裸で外に出しはしない……」

 ふっと息をついて、シモンは伯爵をどかすように体を押した。
 そして眉を下げている伯爵の頬を抱いて、じっと見据えたあと、叱咤をこめたキスをした。怒ってはいるが、嫌ってはいない、情愛に満ちた口づけを。伯爵はシモンをぎゅうと抱きしめた。そして改めて彼の格好をまじまじと見つめて、しっぽがあったなら振り回したい気持ちになった。

 先ほどまでは皆の前で堂々とした姿を見せていた彼が、今ではこんな場所で、誰かが来るかもしれないトイレの中で、靴下と革靴だけを履いたあられもない姿になっている。きゅっと上がった尻がなんともエロチックだ。こんな格好を見られる日が来るなんて――。
 わたしたちのほかには誰もいない小さな個室で、シモンは裸身を晒しているのだ。
 あぁ、今だけは君はわたしのものだと、伯爵はシモンに熱烈な頬ずりをした。

 一月見ないあいだにシモンの体つきはより魅力的になったようだった。
 盛り上がった肩、引き締まった腰、たくましい太もも。均整のとれた肉体は目になじみがあるが、その全身からは匂い立つような色気が発散されている。
 厳格な体調管理は筋肉と脂肪を豊かに育てた代わりに、欲求不満からくる色気をも育んだのだろう。立派な服装や態度で押し隠していたものが、裸にされたことで一気に花開いてしまったのだ。熟成された若い精は鼻孔を刺激するような熱を伴って互いの性器をそそり立たせた。

 何度も口づけを交わし、舌のぬくみを味わったあと、伯爵は甘えるようにシモンの胸を吸った。もみしだき、乳首を舌で転がしては、軽く噛んで、青年をびくつかせる。シモンは伯爵の頭を抱いて、時折「ん」と震えながら、慈愛に満ちた表情で快楽を堪え忍んでいた。一月も触れさせていなかったのだから、今だけは、彼の気の済むまで胸を楽しませてあげたい。他に触れてほしいところはあるけれど……そう思いながら、胸への愛撫に感じ入っていた。

 もじもじとした脚の動きを察して、伯爵は顔を上げた。自身をさらけ出すと、シモンの腰を抱いて、彼の濡れそぼった先端を自身に合わせた。「あ、そんな」身を引くつもりが、鈴口と雁首がこすれ合う気持ちよさに、シモンは腰を浮かせて、自ら伯爵のものに合わせにいった。ふふと伯爵はほほえみ、互いのものを指に絡めて、いとおしげに包み込んだ。頬にかかる息が熱い。ふと見ると、シモンはみだらに揺れ動く互いの性器から目を離せず、夢中になっているようだった。伯爵の雁首に亀頭を触れさせ、ぷるんと弾かれると、苦しそうに息を詰めて、また合わせにいく。こすられ、弾かれるもどかしい快楽に、青年は切ない息をこぼしていた。

 伯爵は身を屈めてシモンのいきり立つものを口に含んだ。「あぁっ」青年が顔を上げてのけぞる。伯爵はシモンのものをしゃぶりながら、用意していたローションを手に取り、指先に垂らした。伯爵の頭を抱いて身悶えている青年の尻を割ると、びくつく彼を無視して、両手で穴をまさぐった。ぷっくらと膨れたそこを軽く揉みこむと、指は左右からやわらかく入りこみ、飲まれるように中へ迎え入れられた。「あ、や、いきなり――」前後からの刺激に腰が後ろに突き出されてゆく。伯爵の顔はそれに合わせて深く沈み、指はさらなる侵入を果たして、彼の中をかきまわしていく。「ひ、開かないで――あぁっ」

 左右からの二本の指が、やがて三本、四本と数を増やしていくと、青年のたくましい脚はがくがくと震え、腰はみだらに揺れ動いた。まるで排尿を我慢しているように、内股で股間を押さえる格好となって、伯爵の前後からの責めに身悶えている。下腹部に埋まる顔の感触がくすぐったい。後ろは大胆にこじ開けられて、次から次へとローションを注入されていく。尻を後ろに突き出せば指が奥まで入り込み、その刺激をやり過ごそうと前に出しても、陰茎が喉に触れるほど口深くに飲みこまれてしまう。どちらに腰を使っても快楽から逃れられない。前も後ろもとろかされてしまいそうだった。
「あ、んん、もう――」腰が跳ね上がるような気持ちよさに、シモンは切なく尻をくねらせた。靴下と革靴のみを身につけた恥辱的な尻振りダンスを踊りながら、シモンは高みへと導かれようとしていた。「あ、だめ、後ろ抜いて、前も――あっ、あっ、あっ」

 達する直前に顔と手が離れた。射精には至らなかった刺激を与えた彼は、股の下で意地の悪い笑みを浮かべていた。一月も待たせたのだから簡単には絶頂を味合わせないつもりなのだろう。呆然とするシモンをよそに、身を起こした彼は、青年を後ろに向かせて、腰を取りながら扉に押しつけた。慌てて両腕をついたシモンの尻を音高く叩くと、丹念にほぐしたそこに、自身を一気に押し入れた。

「あっ――あっ」

 一月のあいだ忘れられなかった熱情を感じて、シモンは潤みに満ちた声を上げた。震えながら息をつき、頭を垂れて、腕と足腰に力を入れる。慣らすように小刻みに動かす伯爵の逸物を、ぎゅっと目を閉じながら受け入れていた。

「まだきついな」

 伯爵はシモンの胸を両脇から揉みあげた。「はぁ、ん」挿入中に胸を揉まれるのは苦手だった。足腰に力が入らなくなるうえに、膀胱まで刺激されて、肛門が緩んでしまうからだ。シモンの反応を知り尽くしている伯爵は、具合の良い頃合いになるまで、涙ぐむシモンの胸を愛撫し続けた。陰茎からはたらたらと露がこぼれている。もう少ししたらトイレの床を汚してしまうだろう。情欲と悲しさが入り交じって鼻をすすると、慰めるように頬にキスをされた。それで嬉しさが胸にあふれた。欲望を優先させているようで、その実、傷を作らないようにほぐしてくれているのはわかっている。背中に覆い被さる彼の感触が懐かしい。シモンも顔を寄せてキスを返した。

 伯爵は一月ぶりのぬくもりに感じ入ると、息をついて、ゆっくりと腰を動かし始めた。「あぁ――あ」上向けたシモンの表情に苦痛の色はない。羞恥はあるが、興奮のほうが勝っている。肌を撫でさする手つき、奥をまさぐる腰遣いに、シモンは感じるままに甘い声を上げていた。腰の打ち付けに反応して、シモンの逸物がぶるぶると揺れる。ぎゅっと瞳をとじて、シモンは哀願した。

「お願いだ、触ってくれ」

 伯爵の手を取って下半身へ導こうとしたが、その手は振り払われて、お仕置きのように乳首をつねられた。「ひぁっ、あぁん」肛門がすぼまる感触に伯爵は笑みをこぼしながら、青年の耳元で囁いた。

「まだだめだ。君の尻にたっぷりとわたしのさみしさを思い知らさねば気が済まないのでな」

 その言葉どおりに、尻への打ち付けが激しくなった。円を描き、8の字を描いて、様々に腰文字を書き付ける。ひとつひとつの腰の動きに、シモンは目も眩む思いで、濡れた声を上げ続けた。「ヴラド、ヴラド」と情愛を込めながら。
急に、その喘ぎ声がやわらかな手のひらでふさがれた。腰の動きもゆるゆるとしたものに変わったので、シモンは何事かと振り向いた。伯爵がしっと耳打ちをする。お互いに完全に動きを止めると、出入り口のほうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。特別ゲストとして招いた、違う世界の自分たちだった。

「まったくワインをこぼすなんてドジなんだから」

 どきりとしたが、しばらくして、手洗い場から水を使う音が聞こえてきた。「ほら、こっちを向いて」と話しかける赤毛の青年の声がする。「ん」とこちらはもうひとりの伯爵の声。衣擦れの音から察するに、汚れた箇所を拭いてもらっているのだろう。鏡に映らないから青年に頼んで一緒に手洗いまで来てもらったのだ。ワインを吸い込んだもうひとりの伯爵のスーツを濡れたハンカチで拭って、赤毛の青年は替えのネクタイを取り出した。身支度を整えるつもりらしい。

 息を殺して様子を伺っているシモンの肌に、いやらしい手が伸びた。青年がはっとして指先の行方に注意を凝らすと、それはさわさわと胸元をさぐり、緊張でとがったシモンの乳首をやさしくつまんだ。音を立てないようにびくつく青年に、伯爵は精神感応で心に直接話しかけた。

『ここで彼らにわたしたちのことを気づかれたらどうなるのだろうね。個室トイレで裸になっている君を見たら彼らも興奮するだろうか』

 魂まで凍り付く言葉だった。続けて伯爵はこうも言った。

『扉を開けて今の君の格好を彼らにも見せてあげようか。最初は驚くだろうが、「楽しそうなことをしているな」と言って混ざってくるかもしれないよ。幸いここは広いから、四人入っても問題なく鍵をかけられるだろうしね』

 心に囁きかけながら、伯爵は手を休めることなくシモンの肌をいじっていた。乳首をこねあげ、ぴんと弾き、舌で舐めるように小刻みにかまう。伯爵の手つきと淫靡な囁きに、シモンの逸物は限界まで張り詰め、どくどくと脈を打った。自分の腕を噛めるものならそうしたい。シモンは苛立たしい愛撫を声を殺して堪え忍んでいた。

『彼らが混じったらなにをしようね。わたしはここを譲るつもりはないから、君が左右の手で彼らのものをしごいてあげるといいよ。しごきながら交互に口を使って喉元まで飲み込んだら、彼らもきっと喜んでくれるだろうからね』

 足を踏んでやろうかと思ったが、ここにこうしているのを彼らに知られるのもいやなので、シモンは涙目で伯爵を睨み付けていた。唇を引き結ぶシモンに対して、伯爵は意地の悪い笑みを浮かべながら執拗に乳首をこねあげている。つまんでいじられるたびに小さくびくついて、肛門をきゅっと締めるシモンの反応を楽しんでいるのだ。シモンはその腹立たしい表情から目をそらし、固く目をつむって、心の中で大声を張り上げた。

(『ここでこんなことをしているのを知られるのもいやだけど、今はふたりきりの時間を過ごすんだから、気づかれたらだめなんだ。それも知らないで、ヴラドのばかばか』)

「さ、これでいいぞ。しかしあいつら、どこへ行ったんだろうな」

 ネクタイを結び終えたもうひとりのシモンが呆れたように息をついた。「うむ」ともうひとりの伯爵も相づちを打つ。「主催と主賓、揃って席を外すとは――こちらの世界の死神も大変だな」
「わかっているならお前もあまり忠臣に迷惑をかけるなよ」

 ふたりの会話が遠ざかっていく。シモンはいつ反撃してやろうかと、乳首へのしつこい刺激をびくびくと耐えながらトイレの様子を伺っていた。やがて完全に静けさが訪れたとき、いまだとばかりにシモンは足を踏もうとしたが――先に伯爵の男根に尻を突き上げられてしまった。「あっ――あぁっ!」体を押しつけた衝撃で扉が音を立てた。抵抗する間もなく連続で腰を打ち付けられて、シモンは悔し涙を浮かべた。足腰を乱されてしまい、突き出したくもないのに、尻は勝手に後ろへと下がっていく。シモンは扉にすがりながら、彼にしては珍しく恨み言を言った。「うあ、あぁ、あ……お、覚えてろ、ヴラド――あ、ふぁっ、あぁんっ」

「そうだな。君の良い格好をもっと目に焼き付けるとしようか」

 シモンの腰を抱いた伯爵は、視線をちらと移動させた。シャワートイレの蓋が上がり、清潔な便座があたたかい艶を見せた。そして伯爵はシモンの膝の裏に手を入れると、人にあらざる怪力で両脚を担ぎ上げた。驚くシモンを無視して、繋がったまま便座に腰を下ろすと、青年は結合部に加わった衝撃を受けて「あぁっ!」と熱く身悶えた。膝裏の手はそのままで、便座に腰掛けた状態で、個室いっぱいに両脚を開かされている。
 為す術もなく伯爵の上にへたり込んだシモンは、目尻に涙を滲ませながら熱い吐息をこぼしていた。恥ずかしい思いをさせたいのだろうが、もうこんな体勢を取らされることくらいどうということはない。考えてみれば、玉座でなく便座に腰掛けるなんて、ヴラドのほうが恥ずかしい思いをしているじゃないか――そんなことを思う彼のぼやけた視界は奇妙な光景を映し出した。扉の鍵がひとりでに動いたのだ。無機質な音を立てて横に滑る金属の棒。ゆっくりと内側に扉が開いていくのをシモンは呆然とした表情で見つめていた。真正面には手洗い場の大きな鏡がある。シモンは息を飲み、目を見開いた。裸で、しかも大股開きで便座に腰掛けている自分が正面の鏡に映っていたのである。

「やめ――いやだ、扉を閉めて――お願いだ、閉めてくれ」

 伯爵は実に興味深いというように鼻からふぅんと息をついた。青年の胸をもみ、足の付け根の肉を引っ張って、自身は映らない鏡をまじまじと見つめている。「一度は縮んだが、すぐにまた大きく脈打ったぞ。こんな状況で興奮するとは、君は実に変態的だな」
 ごらん、靴下と革靴だけを履いた脚をぷらぷらとさせて、裸身が朱に染まっているじゃないか。中心は泣くように濡れそぼって、なのにこんなに大きく天を突いている――良い大人が、なんというはしたない格好をしているのだろうね。足元だけ品位が残っているぶん、かえって卑猥じゃないか――。
 淡々と話しかけながら、伯爵は小刻みに腰を動かした。鏡に映る自身の痴態から目をそらせないまま、シモンは「あ、あ、」と切ない声を上げていた。

 今の自分は確かに彼を感じている。かきまわされて、貫かれて、胸も太ももも撫でさすされて――恥ずかしいのに、気持ち良い。
 でも、こんなところ、誰かに見られたら――。

 ヴラド、とシモンは小さな声で言った。涙目で振り返り、「ばかなことはやめてくれ」と彼の手に自分の手を重ねた。「誰かが来たらどうするんだ。せっかくふたりきりになれたのに、どうして――」
 情愛に満ちた思いはかえって伯爵の被虐の炎を燃え立たせた。内に突き入れられた肉杭がさらに太く、硬くなる。
「見せたいんだよ、わたしは」伯爵はシモンの脚を抱えて激しく腰を動かした。鏡に映った結合部はぽっかりと穴を開いて内側が淫靡に蠢いている。

「こんなに恥ずかしい思いをしながら、わたしを受け入れている君のその姿を、皆に見せつけてやりたいんだ。やさしくて、いやらしい君を、夢のように一晩だけ見させて、そして夜のうちに忘れさせたい」

 君は口ではいやがっても腰を上げようとしないじゃないか。
 手を振り払おうともしないし、わたしの脚を踏みつけもしない。
 尻をきゅっとすぼめて、全身をわたしに預けて、鏡から目をそらさないでいる――。

「わたしを慰めてくれているんだろう? 君もさみしくてたまらなくて、それで」

 シモンはとろりとした瞳で突き上げによる快楽を享受していた。伯爵と手指を絡ませ、自ら脚を開き、激しく揺れ動く陰部を鏡越しに見つめていた。伯爵が頬を掴んで後ろを振り向かせると、心得たように熱く舌を絡めてキスをした。心に囁きかける伯爵の、甘く心地よいくすぐり声。

『君のその潤んだ目も』『あたたかくてやさしい手も』『鍛え上げられた太ももも、濡れたぎった局部も』

 全部、わたしのものだ。

 扉を開け放したまま、ふたりは同時に高みへと至った。
 尻に注がれる熱い奔流、弧を描いて飛び散る白い熱情。
 M字にぴんと張り詰めた脚をびくつかせながら、シモンは伯爵と溶け合うようなキスをした。首筋に顔を埋めて、鼻をこすり、またキスをする。
 絶頂を極めたなごりの、激しく脈打つ青年の体を抱いて、伯爵は「もう帰りたい?」とやさしく尋ねた。すっかりとろかされた瞳で「まだ……もっと」とシモンは甘える。ふふふと、くすぐったい声で伯爵はほほえんだ。

「おしっこをしようか。たくさんワインを飲んだものね。上手にできるか、見ていてあげる」

 いやだ、見ないでくれ、とぐずるシモンとの甘い時間はあっけなく破られた。ひょっこりと現れた違う世界の自分たちが、開け放したままの個室を覗いたのである。物音がしたので何気なく様子を伺ったという感じだった。「あーあ」赤毛の青年は呆れた様子でこう言った。「お前たちって、本当に仲が良いな」

 伯爵とシモンは引きつった表情を浮かべていた。凝り固まったまま、「あの」「その」とかすれ声を上げている。
 誰かの目線のように、光景は上からの俯瞰に変わり、色が白く飛んで遠ざかっていく。

 早朝、シモンは目を覚ました。
 常闇の世界は相変わらず星空が広がっていて、月が輝いている。
 股間から不快さを感じて、シモンは気怠い様子で身を起こした。上掛けをめくると、そこにはぷりぷりとした白いものが糸を引いていた。夢精したのだ。ため息をついて、手近にあったタオルで局部を拭う。

 夢魔にちょっかいをかけられたような光景だ。
 都合の良い夢を見させて精を奪う――夢魔にとっては良い獲物だろう。実際に襲われたら撃退できるかどうかもわからない。まったく夢を見ない存在なら夢魔の力が通じることもないだろうが――夢でも現でも、彼に迫られると、自分はあっけなく陥落してしまう。
 シモンは恥じるように俯いて、淡々と処理を続けていた。

(夢の中でしかありえないような状況だったけど、しかしあれは、実際にあったことだからな……)

 いっときは受け入れたが、やはりあのあと、伯爵のしたことに段々と腹が立ってきたシモンは、天守にて「鍛練の成果を確認したいんだ」と青筋を浮かべながら伯爵にほほえんだ。両腕に張り詰めた鞭はもちろんのこと、武具もきっちりと身につけた勇ましい装いで。十字架を突きつけられたような、伯爵の強ばった表情が忘れられない。
 初心者にもやさしいかつての力溢れていた頃の自分と同等、いやそれ以上の力が備わったことを確認して、部屋で眠りについたのだが、よほど強烈な出来事だったのか、こうして夢に見てしまった。あんな状況を招いてしまったそもそもの禁欲も、慎みを忘れてしまった性欲の解放も、何事も行き過ぎは良くないということだろう。シモンは窓を開けて、上掛けの洗濯に取りかかった。

 シモンはその日の午後に伯爵の城に出かけていった。
 しばらく滞在するという別世界の自分たちと約束をしていたからだ。伯爵に対してはやり過ぎたかなという負い目もあって、見舞いの花束を持参した。もっとも、その必要もないくらいに彼はぴんぴんとしていたのだが。
 バルコニーでお茶を飲む彼らとの歓談中、赤毛の青年は頬杖をついてシモンの顔をじっと見つめた。どうしたと尋ねると、青年はふっと笑い、「いや」と顔を傾けた。

「お前たちの破廉恥な夢を見たように思ったんだけど、内容が思い出せなくてさ。すごかったのは覚えているぞ。あの個室であったことを包み隠さずに再現したような、いやらしい夢でさ――」

 でも思い出せないんだよなぁと、もうひとりのシモンはコーヒーにミルクを注ぎながらそう言った。もうひとりの伯爵も砂糖を入れながらうなずいた。同じ夢を見たらしい。三人そろって同じ夢を――これは偶然なのだろうか。

“こんなに恥ずかしい思いをしながら、わたしを受け入れている君のその姿を、皆に見せつけてやりたいんだ。やさしくて、いやらしい君を、夢のように一晩だけ見させて、そして夜のうちに忘れさせたい”

 伯爵の言葉が脳裏に浮かぶ。
 みだらな夢を見させて、一夜のうちに忘れさせる。
 精神世界に通じている彼ならそんなこともできるかもしれない。
 いやでも、まさかな――。
 シモンは離れにいる伯爵に目を向けた。花瓶にマーガレットを生けている。視線を感じたのか、伯爵はこちらを振り向いた。心に語りかける彼の声が聞こえてくる。

『良い夢を見たかね?』

 頬が熱くなるのがわかった。伯爵は穏やかに頬笑んでいる。花と青年を慈しみながら、麗しい微笑を向けていた。
 あの日のことをもう一度体験したくてね――。
 そして優雅にウィンクをした。

『わたしたちだけで楽しむのはもったいないと思ったから――とりあえず、彼らだけに、な』

 大きな音を立てて椅子から立ち上がるシモンを、別世界のふたりはきょとんとした面持ちで見つめていた。「ヴラド!」と怒声を上げて部屋にずんずんと乗り込んでいく青年と、怖い怖いというようにいたずらっぽく逃げ回る伯爵。
 ふたりの様子を見て、もうひとりのシモンは呆れたふうにしみじみと言った。

「あいつらって、本当に仲が良いよなぁ」と。


16/03/07(月)

トイレでのエッチは書いたことがなかったので。
ROM版発売日を過ぎているどころか月が変わっていますね。
そして2/5の数ある誕生花のひとつとしてマーガレットを。
花言葉と同じく人が勝手に付けたものなので、はっきりとは決められていないから、全然違う日にちだったりするんですけどね。