きっと育めるもの・7

 私室にて。
 ガウンを着たシモンが、ソファに座って伯爵から一連の話を聞いていた。
 少年になった彼と愛し合ったことは秘密にして、伯爵はこの三日間のことを大まかに話した。子供のシモンを混乱させまいと偽名を使ったこと、毎日体内に残存する魔力の量を計ったこと(検査方法については伏せていた)、鞭振りの練習に付き合ったことや、中庭を散歩したり、一緒に食卓を囲んだりしたこと、そしてドラキュラ伯爵だと気づいたあとも、今までと変わらず、おじ様と慕ってくれたこと……。

「そんなことがあったのか」

 シモンはふっと息をついた。庭園でりんごを食べたあたりから青年の記憶はすっぽりと抜け落ちていた。子供の姿で過ごした日々のことも覚えていない。裸で肩車をされていた事情を知って、シモンはようやく落ち着いたように肩の力を抜いた。伯爵はふふっと笑い、紅茶のカップを傾けた。

「はじめはどうなることかと思ったが、無事に戻れてよかった。子供の頃の君と穏やかな日々を過ごせたよ」

 でもできればもうちょっとと、伯爵はどこかもったいないような面持ちで遠くを向いた。

「子供の頃の君ときたらまぁ可愛くて素直で、りんごの皮も満足に剥けないほどすることは拙くて、できればもっと一緒に過ごして、色々と教えてあげたかったのだがな――」

「そんなに良い子だったのか」シモンは呆気に取られたようにまばたきをした。伯爵の調子は愛を歌うように上がっていく。

「それはもう――見目は麗しく、声楽を学ばせたいほどに心地よいボーイソプラノで、肌はシルクのようになめらか、なにより肩にかかる重さも今とは比べものにならないくらいに軽くてな――」

 空気が変わったのを察知して、伯爵は「いや、その」と慌ててカップをソーサーに置いた。うっとりとした様子で話す伯爵を、シモンはムッとした表情で見ていたのだ。彼の隣に移動して、その膝に置いた握り拳に優雅な指先をそっと重ねる。「もちろん今の君が一番大事だぞ。ふざけあえるし、愛し合えるし、たくさんのことを共有してきた大切な友達で――」
「お前のことだからちゃっかり愛し合うこともしたんじゃないのか」
「そっ、そんなことは」

 ふんとシモンはそっぽを向いた。「どんなに惜しんでももう会えないし、私もなにも覚えていない。比較するのはやめてくれ」
 伯爵は風船がしぼむようにしおしおとうなだれて「すまない」と声を落とした。こちらの口が過ぎたこととはいえ、今の伯爵にはなんとも胸に刺さる言葉だった。彼に悪気はないことはわかっているのだが――。

 あまりに沈んだ様子を感じて、シモンも気まずいように視線を向けた。少し言い過ぎたかもしれない。なにかしてあげたく思って、シモンはテーブルの上にあるりんごを見た。消し忘れた果物かごに入った赤いりんごだ。「それは普通のりんごか?」と青年は尋ねた。あぁという返事を聞くと、シモンは立ち上がって、自身の装備品からナイフを取り出し、席に戻った。そしてりんごを手に取り、四つ割りに切ったのである。ちゃんと手に持ちやすいサイズに切り分けて、ショリショリと手早く皮を剥く。幼い彼と違って、それは手慣れた感じの、見るも快い安心する手つきだった。伯爵が見守る前で一個、二個ときれいに剥き上げて、三個目に入ったとき、その手つきはなにかを考えるように、ほんの少しのあいだ静止した。そして斜めに切り込みを入れて、残りのふたつに耳を付けたのである。大きな耳の、うさぎりんごだった。
 伯爵ははっと見澄ますように目を開いた。バルコニーで聞いた少年の言葉が蘇る。

『今度お会いしたらおじ様にちゃんときれいにりんごを剥いてあげる。面白い切り方を知ってるの、耳の大きなね――』

 もしかしたら、いやまさか、偶然だろうが、でも――。

 シモンは微動だにしない伯爵に、紅茶の皿に載せたりんごを差し出しながらこう言った。「ちゃんとりんごを剥けるのがそんなに驚くことなのか?」
「いや――」伯爵は静かな声で慎重に尋ねた。「そのりんごを、わたしに?」
「あぁ。このかたちは照れくさいからいつもはほとんど剥かないんだが――」

 ――なんだか、勝手に手が動いていたな。

 シモンはうさぎりんごをひとつ、目線に掲げてほほえんだ。「うまく出来ただろう?」

 伯爵の胸には膨れあがるようなよろこびが生まれていた。
 そのまなざしには長年の友に向ける親しみと、慈父のようないたわりが込められていた。

『ぼく、きっと心のどこかでおじ様のことをずっと覚えていると思う』……

「あぁ、とても上手だよ、シモン」心からの思いでそう言った。「とても嬉しい」

 大げさだなとシモンは笑った。皿を置くと、伯爵にやさしく抱きしめられた。背中を軽く叩き、頭をなでるような抱擁に、青年はとまどいつつも、どこか嬉しそうに抱擁を返した。「もう子供じゃないんだぞ」と呟きながら。

 暖炉の火がくらくらと燃えている。
 あたたかい部屋の空気と、愛しい相手のぬくもりを感じて、シモンは心地よい気持ちで伯爵の肩に頭を寄せていた。とろりとした目を薄く開けると、絨毯に伸びる自身の影が今よりも幼く見えてまばたきをしたが、それは目の錯覚で、大きさはふだんと変わりがなかった。ただ、そう見えてもおかしくはないなと青年は思った。まるで子供の頃のように、初めてできたことを自身も喜んでいたからだ。心の中の幼い部分がにこにことほほえんでいる。
 それは伯爵の前でりんごをうさぎのかたちに剥いてみせた満足感だった。

 終
 15/12/13(日)

 伯爵様の偽名の元ネタは初代エンドクレジットから。
 一族には兄弟が多そうなので、クリストファーさんはお祖父様でもありますが、大叔父様呼びで……。伯爵様をおじ様呼び、楽しかったです。
 シモンさんはだいぶ幼い頃に成人の儀式を終えて鞭との繋がりがあったのではないかなと。途中から全然鞭が出なくなりましたが、まぁその、12、3歳でも成人済みという無茶な設定です。
 『がんばれゴエモン外伝2 ~天下の財宝~』ネタも少々。
 一人称が「ぼく」とか、布団で逆さまになって寝ているのとか、かわいいですよね。あのゲーム中のシモンさんが少年かどうかはわかりませんが。
 全編あざといショタ化でしたが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
 最後まで読んでくださってありがとうございました。