きっと育めるもの・4

 翌日、伯爵は耳慣れた破裂音で目が覚めた。ずいぶん遠くのほうで鳴っている。方向からすると庭園のほうだろうか。ベッドにはひとりきりで、少年の姿はなかった。時計を見るとすでに昼下がりで、どうやら寝過ごしてしまったらしい。ガウンをまとい、バルコニーから庭園を見下ろすと、シモンが開けた場所で鞭を振っていた。日課の鞭振りだろう。一振りごとに気合いを込めて、音高らかに空気を切り裂いている。伯爵は身支度を整えるために死神を呼んだ。

 シモンは庭園に敷き詰められた玉砂利を掴み、ひとつの小石を空中に投げ上げた。鞭が閃く。小石は地面に落ちる前に鞭の一撃を受けて、遠くへはじき飛ばされた。ボールを棒で当てるようなものなのだろうが、鞭という扱いにくい道具で、空中のある一点に命中させるのは至難の業だ。それを少年は軽々とやっている。石打ちを繰り返したあと、少年はベンチの上に並べ立てたろうそくに向かって鞭を振った。それはろうそくの火だけを打った。十本以上あるろうそくの火だけを打ち抜いて、シモンはそれを十回以上繰り返した。火のない状態のろうそくを倒さないよう、同じ場所を数十回。支えもないろうそくは芯も削られずに、微動だにしなかった。何度繰り返そうとも少年は同じポイントを確実に打ち抜くのだろう。それほどに完成された技量だった。

「君の技の冴えは幼い頃からたいしたものだったのだね」

 背後から声をかけられて、シモンは振り向いた。気品ある出で立ちの伯爵が少年の練習風景を眺めていた。シモンはとまどうようにうつむいて、「ごめんなさい、気がつかなくて」と謝った。

「別にかまわない。日課なのだろう?」
「はい――そうなのだけど、鞭が当たったら危ないから――気がつかなくて、ごめんなさい」

 伯爵はなにも言わなかった。自身を滅ぼすための武器を持つ少年が、その標的に対して気遣うことを言っている――皮肉な感じがしたが、この場にいるのが互いの関係を熟知している青年でも、彼は同じことを言っただろう。狩人の日課を観賞していた伯爵に、青年はよく言ったものだった。
『危ないからもっと下がってくれ』と。
 切ないようなおかしいような気持ちになって、伯爵はふっと笑った。少年は不思議そうにこちらを見つめている。

 続けたまえと言うかわりに、伯爵はこのあまりになにもない開けた場所を眺めて、片手を上げながらこう言った。「的を出してあげよう」
 指先をひらりとさせると、可愛らしくデフォルメされたコウモリのバルーンが空中に現れた。驚くシモンに「生き物ではないよ。ただ本物のコウモリ並みに不規則に動くから気をつけたまえ」と伯爵は言った。おもちゃ箱から飛び出したようなそれは身を屈めたシモンの頭上をかすめていった。キチキチとからかう笑い声。一回転して身を立て直した頃には、少年の目からとまどいの色が消えていた。鞭が閃くと、風船コウモリが音高く割れた。ふわふわの体から色とりどりの細かい紙片が乱れ散る。クラッカーのように命中をお祝いする意味もあるのだろうが、空中に四散するそれは目くらましも兼ねていた。気配だけで討ち取るように伯爵が趣向を凝らしたのだ。意図を理解した少年は、紙吹雪のなか身を屈め、風船コウモリの追撃をかわしながら、その気配を正確に読んだ。ひとつしかない道を進む狩人の目となって、鞭を振るい、その道を塞ぐ魔物を払い退けていく。数十匹のコウモリは次々と笑い声を上げながら少年に襲いかかり、それらはすべて鞭の一撃を受けて、カラフルな細かい紙片をまき散らした。破けた体から出た無数の紙片が少年の身に降りかかる。すべての的を過たずに討ち払ったシモンは、祝福を受けるように、全身に鮮やかな紙吹雪を浴びていた。

「お見事」

 伯爵が良い余興を見せてもらったように拍手をした。ふるふると頭を振って紙片を払うシモンも、照れくさげにしながらも、どこか満足したようにほほえんでいる。顔を上げたシモンは、少し弾んだ声でこう言った。「こんなに明るい気持ちで鞭振りの練習をしたのは初めてです」

「いつもはもっと緊張しているのかね」
「人のために振るうものだからと、厳しく言われているので――」

 ふむ、と伯爵は顎に手を添えた。先ほどのシモンの様子を思い返して彼はこう言った。「本当はもっと技術を高めるように音を鳴らしたいのだろう?」と。

「君は鞭振り自体がとても好きな青年だったからね――きれいな音を鳴らしたり、的に命中させたりするのが純粋に好きだったんだ。先ほどの君の目を見たが、大人の君と変わらず、実に良い目をしていたよ。鞭振りに対する情熱というのかな……さすがその歳で聖鞭に選ばれるだけのことはある」

 頬を染めてシモンはうつむいた。運動のせいだけではない汗がぽたぽたと流れ落ちている。「どうしたのかね」と尋ねると、シモンはぽつりぽつりとこう言った。「そんなふうに、おおらかに鞭振りの姿勢を認めてくださったのは、あなたが初めてで……」

 空気を切り裂く音がとても美しく思えて、感じるままにそのことを先達に伝えたら、少年は厳しく叱られた。闇を討ち祓う鞭に対してなにを浮ついた気持ちを持っているのかと。そればかりか鞭を振ることに一種の純粋な情熱を抱いていることを知られると、幼き狩人は一族のあいだからも奇妙な目で見られるようになった。使命を果たすために必要な神聖なる武器とはいえ、その形状を厭うものも少なからずいて、少年は鞭にまつわる卑しいイメージを気にも留めない変わった子供と見られるようになったのだ。以来、めったに鞭振りに対する自身の思いを表すことはなくなったが、無口でいても、見るものが見ればその情熱は隠しきれずに伝わってしまうのだろう。現に伯爵は今と変わらず良い目をしていると、鞭振りに対する少年の思いをたちどころに見抜いてしまった。シモンは自身の鞭振りに向ける情熱を知られても、冷やかされたり、罰せられたりしなかったことに、驚き、とまどい、頬を染めたのである。

 話を聞いた伯爵は少年の頭を撫でた。やさしい指先で紙片を払い、汗を拭って、こう伝えた。「好きなように練習するといい。君を笑うものは誰もいないよ」

 安心したように顔を上げたシモンは、みるみる明るい表情になって、「あの、それじゃあ」とまわりをいそいそと見渡した。木々が連なる場所を指さし、「あそこで練習してもいいですか」と伯爵に尋ねた。あんなところでどう練習するのだろうと伯爵は内心思ったが、黙ってうなずくと、シモンは喜びにあふれた足取りで駆けだした。青年の頃と違って驚くほど足が速かった。慌てて後を追い、その場に追いつくと、少年はすでに練習を開始していた。木々の大枝に鞭を巻き付けて、振り子のように木から木へと移動するアクロバティックな練習を。「シモン」あぜんとする伯爵を置いて、シモンは後に彼の子孫にも伝えられる、鞭による八方向移動の練習を続けた。

「嬉しいなぁ、誰にも隠れずにこの練習ができるなんて」

 ほら見ておじ様と、シモンは伯爵に手を振りながら鞭に揺られた。あぶない、あぶないと両手を振って制する伯爵に笑いかけ、シモンはのびやかに木々を渡る。身のこなしに危ういところは少しもなく、少年は手足のように自在に鞭を操り、空を飛んだ。そして一本の枝振りの良いところにひらりと腰掛けて、そこからにこにこと伯爵に向かって手を振ったのである。
 鞭振りに対する情熱も考えものだ――そう呆れながらも、伯爵は開放感に満ちた明るい表情のシモンを見て、穏やかにほほえみ、手を振り返した。

 シモンと共にベンチに戻った伯爵は、しばしの語らいのあと、懐から一枚のセロファンを取り出した。それを見たシモンは練習後のはずんだ表情から一転して、ぽっと頬を赤らめた。おずおずとした声で「あの、ここで?」と尋ねる。

「そうだよ。快活な気分で運動をした後なら検査の結果もきっと良いものになるだろう。下だけ脱いで、お尻を向けなさい」
「だって、こんな誰の目にも触れるところで――」
「誰かいるかね」

 シモンは救いを求めるようにあたりを見回した。広い庭園には、見渡す限り、誰もいなかった。

 シモンはそろそろと長い時間をかけてキュロットとドロワーズを脱いだ。野外で上衣だけを身につけて下腹部を晒している恰好は、みだらで、あられもなく、なんらかの罰を受けているようにも感じられた。恥ずかしさを煽るように、涼やかな風が肌を撫でる。両手で股間を隠すように、もじもじと内股でいると、「早くなさい」と伯爵から静かな声で叱られた。シモンは靴下と靴はそのままで、むっちりとした白い尻を伯爵に差し出した。「脚を開きなさい」シモンは耳まで真っ赤にしながらも、素直に言うことを聞いて、脚を開いた。伯爵は悠々とベンチに座っていた。自分の足首を掴むようにうつむかせて、少年に尻を突き出させている。「良い子だね」伯爵はその状態をじっくりと眺めながら、すぼまりにセロファンを貼った。少年はその冷たさにびくついた。きつく目を閉じて刺激をやり過ごそうとしたが、皺の一本一本をもみほぐすようにセロファン越しにすぼまりをなぞられると、我慢できずに、そのくにくにと撫でる指の動きに感じ入ってしまった。幼いかたちはすぐにむくむくと勃ち上がった。赤くなって恥じらうシモンの顔が脚のあいだから見えている。くすっとほほえみ、伯爵はセロファンを保存した。そして震える少年の尻間に、ためらうことなく顔を埋めた。「ひや、あぁんっ!」

 びくつきながらも、シモンは馬とびの姿勢を維持して、伯爵の舌の動きに耐えていた。局部をねぶるその勢いに水を差すものはなにもなく、伯爵はがっちりと少年の尻をつかんで、頭をあやしく動かしている。開けた場所で受ける快感に、シモンは呼吸を乱して、いじらしく腿を震わせた。「いや……おじ様、こんなところで……」

「汗の匂いがする」伯爵はくぐもった声を尻の合間に響かせた。その声は興奮の色に染まり、欲情に濡れたぎっていた。少年の従順な態度に笑みを転ばせて、伯爵はシモン専用の腰掛けを薦めた。「いっぱい運動して疲れたろう? お座り、シモン」

 薦められた場所には伯爵の剛直がいきり立っていた。剥き出しの逸物には、いつの間に準備したのか、潤滑剤が濡れ光っている。「あ」と息を飲むひまもなく、シモンはやさしく腰を抱かれた。「いや、おじ様、お願い――あっ」すぼまりに先端が飲み込まれ、シモンはそこにずぶずぶと腰掛けさせられた。「はぁ――あ、んんっ……!」
 膝の裏に手を入れられて、足腰を抱え上げられる頃には、いやと思う気持ちはとうになかった。自分たち以外には誰もいない、美しく開けた場所での開放感。大きく脚を開くことが気持ち良くて、時折肌を撫でる風も心地よかった。顎にキスを受けると、服を着ているのがもどかしく思えて、シモンはきゅうっと身をすくませた。裸になって、胸も乳首もやさしく可愛がってもらいたい。もみしだかれて、こねあげられて、きつくつままれたら、身も心もどんなに満たされることだろう。

「おじ様の椅子は気持ちいい?」身を揺すりながら伯爵は尋ねた。熱っぽく、潤んだ声でシモンが答える。「気持ちいい、です」伯爵は少年の首筋に鼻をこすりつけた。甘い汗の匂いがした。たまらないように瞳をとじる。小さな尻をこねあげると、シモンはびくつき、とろけるような声を上げた。「あ、あ、すごい、おじ様、おじ様……っ!」
 結合部ははしたない音を立てて熱く深く繋がっていく。伯爵は悩ましい思いでシモンを抱いた。耳たぶを吸い、ねっとりと舐める。ぞくぞくと震えるシモンに、伯爵はこんなことを囁いた。
「この状態でお散歩しようか。元気のない薔薇があってね。君のおしっこや精を受ければ色も鮮やかに蘇るかもしれない」
 そして伯爵は立ち上がった。抱き上げられたシモンはわなないて、いやいやと頭を振った。
「だめです、だめ――そんな恥ずかしいことしないで」
「どうして? 誰も見ていないのに」
 シモンはぽろぽろと涙をこぼして訴えた。「いやなんです、お願い――花にそんな姿、見られたくない」
 ふふふとほほえみ、伯爵はゆっくりと腰を下ろした。つぼみが潤んだ音を立てて、安心したようにきゅうっとすぼまる。いじらしく震えるシモンに、伯爵はやさしく囁いた。「そうだね。薔薇に見せるのはもったいないね」

 伯爵はシモンの上衣に手を滑り込ませた。胸をもみ、乳首をつまんで、甘くこねあげる。「は、あぁっ、あぁっ、」待ち望んでいた刺激に、シモンはびくびくと身をのけぞらせた。爪先をぴんと伸ばし、腿を硬直させ、中心を引き締める。揺り上げが一番の熱を持ったとき、伯爵とシモンは口づけを交わした。同時に達しを迎えると、ふたりは同じことを夢想した。薔薇の咲き乱れる場所で愛し合い、その証を葉や土に染みこませるという、みだらな営みを。
 お互いの熱を感じながら、ふたりは白いベンチで、長いあいだ抱き合っていた。

 その後、身なりを整えたふたりは、庭園を仲良く散歩しながら今後のことを話し合っていた。
 昨日のセロファンでの検査結果によると、りんごの魔力はいまだ少年の体内に多く残存していることが判明した。「一日目なのだからこんなものさ。心配はいらないよ。今日のセロファンを検査すれば魔力はだいぶ減っているはずさ」

 シモンはぽっと頬を赤らめた。先ほどした検査のことを思い、恥ずかしさが蘇ったのだ。セロファンを貼られたときに示してしまう幼い反応を情けなく思ったが、伯爵にやさしくなだめられたことが嬉しくて、少年はふわふわとした心地になった。明日もあんなことがあるのかな――そうしたらまた、おじ様に……。
 恥ずかしい思いをするとわかっていながらも、少年は心のどこかで検査の時間を待ちわびるようになっていた。

「早く魔力が消えるよう願っているのだが――わたしひとりの努力では足りないのかな」

 うつむきながら歩いていたシモンは、徐々に歩調が遅れて、彼の後ろを歩くようになった。幼い瞳は、月に照らされて地面に伸びる伯爵の影を見つめていた。

「焦ることはないと思っているのだが――いかんな、君のほうが何倍も不安だろうに」

 シモンは伯爵の影を目印にして、見失うことがないようにその影を踏んだ。伯爵がなにか言っているようだったが、耳に入らなかった。地底湖のように青く光る草地の上で、伯爵の美しい影に見入りながら、その頭や肩を小さな足で追っていた。ふと振り向いた伯爵はその様子を見て「……踏めるんじゃないか」と呟いた。お前は影すらも高貴だから子供の頃の私だったらその影を踏むこともできないだろうなと、シモンはいつか言ったことがある。伯爵はその言葉を覚えていた。彼は思い出を見るような顔になった。それは記憶を懐かしむあまり悲しい色が混じって伯爵の顔に表れた。子供の彼も可愛らしく、いとおしいが、しかしわたしは、元の彼に会いたい――。

「シモン、おいで」

 シモンは誘われるままに彼の隣に並んだ。伯爵は少年と手をつないだ。嬉しそうな顔をするシモンを見て、伯爵もほほえんだ。もうすぐ夕飯の時間だった。

 食卓の席で伯爵は興味深い光景を目にするようになった。それはおもしろく、可愛らしく、何度でも見たい光景だった。体が弱っていたはじめのうちは食事もスープやミルク粥などの胃に優しい内容だったのが、少年らしい健康さを取り戻すにつれ、献立にも変化が現れた。青年が遊びにくるたびに振る舞ういつものメニューに変更になったのである。それはつまり肉料理がメインのボリューミーな食事だった。子供の彼も当然喜ぶだろうと思っていたのだが、少年はとまどうばかりで、なかなか口をつけなかった。

「どうしたんだね、遠慮しないでお食べ」
「あの、これは?」
「肉だよ。伝説の肉だ。できたてのほかほかの美味しい肉だよ。冷めないうちに、ほら」
「お肉。これが」

 両端から骨が飛び出ている整形肉などこの城に乗り込むまで見たことがなかったのだろう。もしかしたら肉自体あまり食べたことがなく、それが自分の好物だということにも気がついていないのかもしれない。伯爵に促されたシモンは、おそるおそる伝説の肉を両手で握って、その身にかぶりついた。伯爵は静かに見守っていた。そのまなざしには成果を見守る科学者のような慎重さが宿っていた。もくもくと咀嚼するとシモンの目が見開き、どんどんと輝いていった。伯爵の表情も成功を確信したように輝いた。そして愉快でたまらないように口元を品良く押さえた。肉に夢中になる姿はいつものことだが、その口は小さく、かぷりかぷりと少しずつしか食べ進められない。顔の倍はある肉に埋もれて必死にかぶりつくその姿のなんと可愛らしいこと――これが大人の彼なら五口ほどで平らげてしまうだろう。一生懸命頬ばる様子を、伯爵はにこにこと眺め続けていた。子供の彼もやはり城主が振る舞う肉が大好きだったのだ。

「こんなにおいしいもの、初めて食べました」
「そうかね、そうかね――いっぱいお食べ。おかわりはいくらでもあるからね」
「おみやげに持って帰りたいくらい――みんなおなかを空かせているだろうから」

 伯爵は慈愛のまなざしでシモンを見つめた。
 りんごを持ち帰ろうとしたのも今のような気持ちからだったのだろう。
 狩人の彼に対して勝手にりんごをもいだことを責めるつもりなど毛頭なかった。食べ物くらい、いくらでもと思っていたからだ。
 頭を撫でたい思いにかられたが、テーブルを挟んで真向かいに座っていたので、伯爵は腹の上で上品に手指を組んだ。そして限りないやさしさを込めてシモンを見つめた。心をくすぐられたように頬を赤らめたシモンは、ふたたび肉にかぶりついて、どきどきする胸をおさえた。あたたかい肉はとてもおいしく、身を引きちぎるたびに噛む喜びが生まれて、自分の歯はこのためにあるのだということを少年に教えるのだった。