もだくだ

 月の光が射す伯爵の私室でのこと、シモンはベッドの上ですやすやと眠っていた。
 その寝顔を肘をついて観察するものがいた。
 昨夜、青年と甘く深く愛し合っていた伯爵である。
 彼はゆったりとした寝姿勢で青年の整った相貌を見つめていた。
 月光に溶け込むような金色の髪、清らかにとじられた薄いまぶた、それに見合う長いまつげ。
 芯の強さを感じさせる鼻筋や唇はかたちよく、全身は至宝とも呼べる偉大な彫像のように完璧な比率で形成されて、その健やかな肉体を守るように白い薄布に包まれている。
 伯爵はほうとため息をついた。
 なんと美しい。
 そしてなんと穏やかで純朴な寝顔だろう。
 対峙するものが隣にいるというのに、こんなに安らいだ顔を見せて、あぁまったくこの狩人は――

 ――いたずらしたくなるほどにかわいい。

 伯爵は青年の唇を人差し指でふにふにと触った。
 鼻がぴくりと動いて規則正しい呼吸が一瞬静まったが、すぐに元の寝息に戻って、シモンはくすくすとほほえみだした。目が覚めたかと思ったが、夢の世界に楽しい変化が訪れただけのようだった。その天使のような微笑を見て、伯爵は無表情のまま興奮した。心臓が鼓動を打っているのなら今ごろはきっとハートのかたちに飛び出している。

 髪を梳いたり、耳をなぞったり、首筋をくすぐってみたりしても、青年は目を覚まさずに機嫌良く眠っていた。
どれも楽しい反応を見せたが、同時に物足りなさを感じた。
 少しは嫌がらないものかな。むずがゆく思ったりしないものかな。というか、起きないなこの青年は。

 手の甲で青年のすべすべの頬をなでると、シモンは「ん」とむにゃむにゃと唇を動かした。「ヴラド」と言っている。
 返事をしようかどうか迷っていると、その唇はミルクを飲む赤子のようにちゅっちゅっと音を立てた。夢の中でキスをしているらしい。

 伯爵の欲望の炎は一気に燃え上がった。
 夢の中でもわたしと愛し合っているのなら、それに応えなくてはなるまい。
 これからする(主に性的な)いたずらのため、試しに軽く耳たぶを引っ張ったところ、青年は少し眉を寄せたが、目を開けることはなかった。

 ふむ、と伯爵はいったん冷静になるように口髭を触った。
 起きないのなら仕方あるまい。

 まずは音立てるキス、それから濃厚なくちづけを交わして、胸元や乳首に唇を這わせよう。
 特に乳首は念入りに可愛がってあげよう。
 腹部にキスを流すあいだも、つまんで、引っ張って、こねくりまわして、青年を甘くも切ない気分に浸らせてあげよう。
 どこまで目を覚まさないものかわからないが、陰茎を口に含み、心を高みへと至らせるころにはさすがに息を荒げることだろう。それでも起きなかったらこれは素敵だ、彼の精液を腹に散らして、目を覚ましたときにそれを指摘してあげよう。きっと自分が夢精したと思って頬を赤らめることだろう。昨夜あんなに愛し合ったのに、夢の中でもいやらしい気分になっていたなんてと、素直な青年のことだから自分を恥じるに違いない。
 わたしはそんな彼をやさしく慰めて、ふたたび本格的に愛し合うのだ。きっと彼は心身ともに気怠い身をわたしに任せて――

 そこまで自分に都合良く考えていた伯爵は、はたと青年の寝起きについて思いを留めた。

 精神に任せるのではなく、外部からの不自然な刺激によって無理やり吐精させられる青年のことを。
 眠気の覚めない体をあちこちいじられているのに、だるくてとても抵抗できないまま、いいようにされるシモンのことを。
 心から自分を信頼して、友愛をわかちあい、穏やかな眠りについている年若き狩人のことを。

 月明かりが音もなく流れて、ふたりのいる部屋へその貴やかな光を注いでいた。

 伯爵は黙って彼のとなりに横たわった。そして青年から少し離れた。
 眠っているところを無理やり起こされるつらさは誰よりも知っている。

 野薔薇が花開くには充分な時が流れたころ、シモンは腕を動かして、なにかを確かめたあと、急に息を荒げて顔を上げた。うつろな目で誰かを捜している。真夜中に起きた子供が親の姿を求めるように。

 伯爵はとまどったままその様子を見つめていたが、シモンが少し離れた先にいる伯爵の腕に触れると、青年は安心したように表情をやわらげて、もぞもぞと移動し、彼の胸元に顔を寄せた。
 そしてしばらくすると、すうすうと静かに、前よりも穏やかな寝息を立て始めた。

 ベッドの端で体を重ねて横たわっている自分達の姿を、伯爵は神経がすり切れたような表情で想像していた。
 きれいな額には乱れた髪がひとすじ流れて、城主の疲れた顔をあわれに縁取っている。

 シモン、シモン、早く起きなさい。
 伯爵はたまらないようにきつく瞳をとじた。
 君を今すぐ抱きしめてキスの雨を降らしたいのだ。
 君の名前を呼んで、愛していると囁いて、わたしをほほえみとともに受け入れてもらいたいのだ。
 シモン、君を愛している――。

 夢の中で、シモンは同じ言葉を伯爵に囁かれていた。
 嬉しそうに微笑を返し、伯爵の胸元に顔を寄せる。信頼と友愛を全身に乗せて彼と抱き合う。身を揺らす。
 とてもやさしい彼の胸に身を預けながら、シモンは快い気持ちで、どこか悩ましい思いにも似た伯爵の匂いを――実際の、甘く震えるやるせない吐息を感じていた。

 終
 14/08/11(月)

 裏アカで呟いた小ネタをさくっと書いてみました。
 以下元ネタツイート。
 (8/8 シモンさんが気持ち良さそうにすやすや眠っているのを見て、主に性的ないたずらをしたくなるんだけど、眠りを覚まされるつらさを誰よりも知っているので、そっと寝かせておいてあげる伯爵様。)
 短い話は良いものです。