監視の対象はいつものとおりだが、彼奴の居場所が我が城ならば、主のこんなお顔を見ることもなかっただろうに。
死神はぽっかりと空いた眼窩で主の様子を見守っていた。
古の悪魔城の、その城主は、すべての事象を映し出す巨大な水晶球を見つめていた。対象は同じ時代に対峙した年若き狩人、シモンである。
戦況を把握するために開発されたこの水晶球が、本の世界のどこをも観察することができると知ってからは、伯爵は日課のように狩人の動向をチェックし続けた。
そこは踏み込まないでおこうという気持ちが働くのか、あるいは自身の誇りにかけてか、ラウンジや寝室など、プライベートな部分を盗み見ることはなかったが、他の世界での狩人たちの戦いぶりを眺めるのに躊躇することはなく、伯爵は今日もワイングラスを片手に、勇ましくもどこか滑稽な戦いを披露する狩人たちの動向を、きわめて優雅に鑑賞するのだった。
優雅に――最初はそうであった。
これが自身の城の戦況を知るために見つめているのならば、城主は戦いの気迫に充ち満ちた恐ろしくも妖しい、張り詰めた雰囲気の厳しい表情となるのだが、水晶球に映るのはいかんせん他の領域のことであるので、興味はあっても緊張感はない。息子に教えてもらった『テレビジョン』という、画像再生装置を眺める人間の気持ちに近いのかもしれない。
狩人に対して興味は尽きないが、だんだんと慣れが働くのか、古の城主は、映像を見つめながら他のことを考えるようになってしまった。
そして人間の道具とは違ってここが恐ろしくも不完全なところであるのだが、この水晶球は一種の魔術的な双方向性が作用する。
見たいものを映し出す代わりに、水晶球を見るものの想念を球体に映し出してしまうのだ。
本人にはわからないが、他の者が水晶球を見れば、のぞき込んでいる相手(つまり使用者)の思いをそっくりそのまま浮かび上がらせてしまう。
死神がため息をつくような面持ちでいるのはこのためなのだ。
緊張感のない城主が、今のぞいている相手に対して抱いている邪な思いを、見たくもないのに見させられてしまうのだ。
水晶球をのぞき込まなければよいだけなのだが、主が今なにを考えているのか、やはり少しは気になってしまう。
ちょっと見ては落胆し、主の顔を見てはげんなりする。
伯爵の表情には笑みが絶えない。端から見ればとても機嫌良く見える。
狩人たちの戦いぶりを実に好戦的に眺めているような、邪悪な笑みを浮かべるのだが、実際に考えていること――つまり水晶球に映し出される本音は、戦いとは無縁の、ろくでもない妄想ばかりなのだ。
今はこんなことが映っている。
人形使いが支配する世界でのこと、シモンは無数に設置された台座を次から次へと危なげなく飛び移っていた。
水晶球は狩人たちの全容がわかるようその様子を映していたが、徐々に対象へとズームしていき、無駄のない跳躍を生む太ももに注視しはじめた。
伯爵がニッと笑う。
巨大な水晶球の裏側ではこうだ。
伯爵は彼と一緒にベッドに横たわっていた。どちらも裸だ。
キスや愛撫を重ねて甘くも熱っぽい息で枕辺を満たすと、伯爵は青年の耳元でなにごとかを囁いた。
シモンは恥じらうような、とまどった表情を見せた。今までにしたことのない大胆な奉仕を求められているのだろう。
伯爵は青年に対して、あるひとつのやり方を丁寧に教えた。
そのたくましい太ももで男根を挟み、股でこするよう求めたのである。
シモンは慣れない手つき、そして脚つきで言うとおりにした。
腰や尻をくねらせて、伯爵が満足するように力を調節する。
余計な体毛のないすべすべとした感触と、腹ごと彼の内へと引きこむようなひきしまった肉が、伯爵自身を巨大な唇のように挟み込み、熱い愉悦へと導こうとする。
その不慣れな仕草はいじらしく、少し強引で、伯爵はそんな彼をひそひそとした声でたしなめながら、甘い微笑を浮かべるのだった。
「……これでいいのか?」シモンはなまめかしく腰を振りながら、不安気に伯爵の肩に手をおいた。
それを優しく抱き返して、伯爵は快いようにシモンの表情を眺めた。
美しい金色の髪、青い瞳、すっと通った鼻梁、かたちの良いくちびる。グラインドのたびにあえぐ喉が実に悩ましい。
鍛え抜かれた体は想像以上の弾力を伴って自身を雄々しく包み込んでいる。愛に満ちたあたたかい抱擁だ。初めての愛し方に青年も興奮を覚えて、自分にしがみつくように息を荒げている。
あぁ可愛い。シモン、君はなんと可愛い、いとおしい存在なのだろう。
やがて立派に勃ち上がったそれで、伯爵はシモンの内に分け入った。
妄想の中でシモンに甘美な声を上げさせて、あふれ出るほどの精子を青年の尻に注ぎ込む。
涙に濡れた顔と、ぱっくりと開いたシモンの体を満足気に眺めながら、伯爵は彼の太ももをさすり、白く彩られた中心を絹のハンカチで拭き取った。
同じ世界の、無数のおもちゃやぬいぐるみが敷き詰められた部屋でのこと。
シャンデリアからそのやわらかな場所に降り立つ途中、シモンの草摺がめくれ上がった。水晶球はその瞬間を逃さず映し出した。黒の鎧下に覆われた引き締まった尻が露わになる。
伯爵は頬杖をついた手で口元を優雅に撫で上げた。音楽に聴き入るように瞳を閉じる。
水晶球の反対側にはこんなことが映っていた。
シモンはベッドの上で恥ずかしげに膝立ちの姿勢を取っていた。もちろん裸である。
しかしその裸は一糸まとわぬ、という状態ではなかった。全身に赤い紐を巻き付けて、きわめて扇情的に胸や尻のかたちを盛り上げていた。
そこまで妄想して伯爵は深く考え込んだ。
ひとりというのは寂しいな。
そうだ、もうひとりの彼を呼ぼう。
以前、元いた世界を特定したときに次元軸を記録したのだ。いつでも会える状態なのだから、ここにいたとしてもなんらおかしなことはない。
というわけでふたりのシモンが裸となり、並んで膝立ちとなった。
互いの腰を抱かせて、一本の長い、赤い紐で体を巻き付ける。
妄想のはじまりとなった尻を向けさせると、伯爵は満足したように笑みを深くした。
ひとりはきりりと背筋を伸ばし、ひとりはうつむきがちにこちらを見ている。
魂を分かち合った存在は、きわめて淫靡な格好をして、伯爵を楽しませるためだけに裸になっていた。
紐で圧迫された尻や背中を伯爵は角度を変えて眺めまわした。
親しげに、妖しく腰を抱く赤髪の青年と、恥じらい、とまどうように、この場のおかしな空気に飲まれる金髪の青年。
伯爵はふたりに濃厚なキスをさせると、紐を解いて、とうに勃ち上がった自身のそれに奉仕させた。
ふたりの舌が伯爵の男茎を舐めまわす。
赤髪の青年は「こうやるんだよ」というふうに積極的に舌を使い、まなざしを送って金髪の青年に合図した。
シモンはおずおずと、教えられたとおりの愛撫を舌に乗せた。
伯爵に奉仕する合間に、ふたりのシモンは互いの舌を触れさせて、肉茎に添うように舌を絡め合わせた。
亀頭をいじりながら、互いの舌でつんつんと相手をつつき、男茎に残った唾液を交換する。
奉仕の合間に戯れる様子を眺めながら、伯爵はくすくすと笑みを転ばせた。
そして我慢できなくなったのか、伯爵は経過をすっ飛ばして、金髪の青年を後ろから貫いた。
抱え上げた脚の合間に赤髪の青年が顔を埋める。
ふたりがかりで愛された青年は甘い声を上げながら幾度も達した。
一度や二度では解放されず、何度も何度も伯爵ともうひとりの彼に求められて、さらには遅れてやってきたもうひとりの伯爵に、シモンは問答無用で貫かれた。
三人分の精液にまみれた青年は全員を平等に受け入れて、倒れもせずに、いつまでもいつまでも都合の良い、愛に溢れた幸せな生活を続けるのだった。
現実の世界で戦いは佳境を迎えていた。
パペットマスターの操る呪いの人形を破壊しようと、ナイフを掃射する手つきを見て――つまり彼はシモンのどの仕草にも燃えるので――伯爵は口元から白い牙をのぞかせた。月明かりに照らされたその表情は稲妻のような妖しくも激しい色をたたえていたが――
青白く光る水晶球は裏側にこんな景色を映していた。
見慣れぬ道具が城内に現れたのはほんの三日前のこと。
肘ほどの大きさの棒状の物体に丸い石のようなものが先端についた、スイッチを入れると小刻みに震えるそれを、伯爵はなにかに利用できないものかと考えた。
文献をあたるとそれはどうも未来のマッサージ器具らしい。
エネルギーは充分に詰まっているようだ。
わざわざ宝箱に収められていた貴重な品だ、ぜひとも疲れ切っている青年に使用してみたいものだな――予行演習として、伯爵は妄想の中でシモンにマッサージを施した。
最初に肩に当てられたときからシモンは過敏な反応を示した。
人の手によるものではない、単純だが不可解な動きをするその刺激に体がびくついてしまったのである。
伯爵は片眉を上げて、首筋や腰に棒を押し当てた。
「いやだ、やめてくれ」
「マッサージなんだ。慣れれば気持ちいいかもしれないぞ」
「そうかもしれないが、私には――んっ、合わ、ない――あっ」
肩、背中、腰、腕、太もも。
どこに触れても「あっ、あっ」といやらしい声を上げるシモンに対して、燃えるなと言うほうが無理である。
淫猥な気持ちを煽る電子音に触発されて、伯爵はわざと威力を上げて、シモンの敏感な部位にそれを押し当てた。
尻間に添うように、肛門付近を念入りにマッサージする。
悲鳴が上がり、シモンはベッドにうつぶせた。
どこまでも伯爵に対して都合の良い青年は、尻を高々と持ち上げて、懇願するように後ろを振り向き、シーツにきつくかじりついた。
伯爵はシモンの服を乱暴に脱がせて、乳首や陰茎を振動するそれで責め抜いた。
おもしろいようにびくつき、身もだえる様を見て、充分に昂ぶった伯爵は、シモンを後ろから貫いた。
そんな体位を取ったのはもちろん、敏感な部位を続けて刺激するためである。
いつのまにか二本に増えた振動するそれをシモンの陰茎に押し当てて、左右からマッサージすると、シモンはあえなく果てた。
ふだんより高々と精液を噴出させて、まだ勢いの衰えない伯爵自身を、さんざんにいじめ抜かれた尻で締め付ける。
マッサージをする手は何本にも増えて、姿の見えない存在が、振動するそれを、シモンの肩や脇腹に、乳首に太ももに押し当てた。
全身をくねらせながら、地獄のような快楽に耐えるシモンの姿はあくまで美しく、いじめ、責め抜く側に大変な快感をもたらした。
なにも出るものがなくなるまで彼を容赦なく愛し抜きたい。
伯爵はシモンの耳元で囁いた。
「気持ちいいだろう? 終わる頃にはきっと体が楽になっているよ」
「でも、もう」声が震えていた。泣き顔のシモンに伯爵は音高いキスをした。
「いいんだよ。いつものように余計なものを全部出してしまうといい」
そして何本もの振動するそれがいちどきに陰茎に押し当てられた。
シモンは潮を吹いた。気持ちよさそうに、心から解放されるように。
ぐったりとした体を優しく包み込み、伯爵はシモンの顔を振り向かせて、とろけるようなキスをした。
シモンは弱々しくもそれに応えた。甘い舌が快い音を立てて濃厚に絡み合う。……
死神の姿はいつのまにか無くなっていた。防御城塔へと帰ったのだろう。
これ以上、主の妄想を見るのにうんざりしたのかもしれない。
自身の欲望が映し出されることをなにも知らない伯爵は(死神も主がショックを受けると思って教えられなかったのである。自分以外に主の欲望を見るものもいないと判断したのだ)いないほうがかえって思う存分に心を飛ばせると判断し、死神の無言の退出を許すことにした。
その時、水晶球に映ったものを見て、伯爵は目を見開いた。
鉄の処女に呪いの人形が封じ込められようとしている。
魔力の流れを見るに、ターゲットはおそらく、シモンだ。
呪いによってナイフも投げられないほど精神力が枯渇したシモンは、人形から遠く離れた位置にいた。鞭は届かない。
「シモン!」
伯爵の声をかき消すような絶叫が上がった。
仲間の一撃によって人形使いが斃されたのだ。
呪いの人形は主と共に粉々に砕けた。
虚空から金色に光る宝箱が降りてくる。攻略は果たされたのだ。
健闘を讃え、感謝の応酬を交わす狩人たち。宝を手にした彼らは元いた場所へと引き上げていく。
そのあいだ、伯爵は椅子に座り直すこともせずに、無言で水晶球を見つめていた。
時計の音が鳴った。
その夜、シモンは不思議な思いに囚われた。不安とは違うが、なんとなく胸が落ち着かないのだ。
青年は誰かに名前を呼ばれたような顔でベッドに横たわっていた。
しばらくそうしていたが、シモンは結局、攻略を終えたばかりで疲れてはいたが、古の城の城主の元を訪ねていった。
彼はまだ水晶球のある部屋にいた。
静かに部屋に入ると、シモンはその巨大な水晶球に目を惹かれて、しばらくしんとして、そのなめらかな輝きに見入っていた。「ヴラド?」
は、として伯爵が振り返った。「シモン?」
なぜここにという表情だった。シモンは軽く笑みを返した。「死神に尋ねたらここだと」
伯爵はシモンに椅子を勧めた。シモンはそこではなく、ふたりが掛けられるようなソファに座った。隣に座ってほしいように伯爵を見つめる。まなざしに促されて、伯爵はシモンの隣に腰を下ろした。
時計の音が深夜を告げた。
鐘が鳴り終わる頃、シモンはこんなことを口にした。
「やっぱり、あの声はお前だったんだな」
どういうことだと伯爵はちらりと隣を見た。
「今日も探索に参加してな……危うい場面があったんだが、そのとき、名前を呼ばれた気がしたんだ。仲間の誰かだと思ってその場は特に気にしなかったんだが、その声が誰なのか、どうもずっと引っかかっていたようで、眠れなくてな」
「それだけのことでここに来たのかね」
「理由がわかったよ。ずっと心配してくれていたんだな。でも――なぜだかは知らないけど、自分からは私に会いにいけなかったんだろうなぁと思って」
お前のことだから、なんらかの些細な理由で思いつめていたのかもしれないな――そう言って、シモンはそっと伯爵の膝に手を乗せた。伯爵は少しだけびくついた。そして意外そうに目をやった。
こちらの領域を尊重してのことだろうが、いつもはこんなふうに、すぐには体に触れようとはしない青年が、確かな親しみをこめて、自分と接触を持とうとしている。
シモンは水晶球に映る伯爵の想いを見たのだ。
戦いを終えて、仲間と健闘をたたえ合うシモンを、伯爵は遠く離れたところで見つめていた。
そのまなざしには戦いで負った怪我を労り、消耗した精神を慰めたいという思いがこめられていた。
シモンに対してできるかぎりのことをしたいと願っている表情だった。
しかし、伯爵のいるところは暗闇の中だった。
どこか後ろ暗いように、光溢れる狩人たちのもとへは入っていけないというふうに、時間も世界も違うような場所から彼を静かに見つめている。
なにかに恥じ入りながら、それでも青年のことを強く想っていると――そんな、誰にも打ち明けられない想いを、シモンは水晶球を見て理解した。
そうして彼がしたいことも、すべて見たのだ。
血を流す青年の傷処にハンカチを当てたい。
ポーションを使うよりも反射的に行動するような、心から労る伯爵の優しさを、シモンはしっかりと胸に収めた。
「ほんとうに考えていることを知ったら幻滅するぞ」
「いいさ。今までにだって考えてきたことのほとんどを実行してきたんだろうから。それで私がお前を嫌いになったことなどあったか?」
む、と口をつぐんで伯爵は考えた。
今までのことを思い返して、そして胸がくすぐられるような想いに至った。
嬉しいのだ。どうしようもなく。
伯爵は膝におかれた手を握りしめた。
シモンは伯爵の肩に頭を寄せた。
窓から射す月明かりが水晶球を照らした。
つややかに輝く水晶球には、幸せそうに頭を寄せ合うふたりの姿が映っていた。
終
14/06/18(水)
なにか別なことを考えてニヤッとする伯爵様を書きたかったのです。
『寝ても覚めても』と同じように、たまったネタを放出したかったのもあります。
伯爵様の求めていることは基本なんでも受け入れるシモンさん、天使です。