してほしいこと

「帰るのか」
 ベッドの中のシモンが言った。
「君の熱も引いたことだしな」
 伯爵はプリーツタイの位置を直していた。
 ジャケットを着る背中を見ながら、シモンは昨夜のことを思い返した。

 この本の世界には様々な時代の狩人たちがいる。シモンから見て三百年、一万年の開きがある世代だ。古の時代においての未知の菌は彼らの体に付着していた。万能薬で事なきを得たが、発熱は続き、シモンは三日間寝込むことになった。

 伯爵は見舞いに訪れ、当然のようにシモンを看護した。手伝いにきた狩人たちを追い返して、彼ひとりで世話をしたのである。魔王がそばにいたら治るものも治らないと抗議を受けたが、その意見に反してシモンの体調はみるみるうちに回復していった。魔王に腕まくりをさせる狩人など彼ぐらいのものだ。額に濡れタオルを乗せたシモンは、ざらついた声で「ありがとう」と伝えた。伯爵の看護を受けることを望み、後進たちに心配は無用だと伝えてからは、部屋に穏やかな空気が流れた。

 昨夜、水が飲みたいとコップを受け取ったシモンは、口をつけるなり激しくむせた。硬く冷たい水を喉が受けつけなかったのである。その様子を見た伯爵は、コップを受け取り、水を口に含んだ。斜め下を見ながら、舌で転がす。今まで、こんなふうに頬をふくらませたことなどなかっただろう。伯爵は青年の体を抱きあげて、顔を寄せた。シモンの喉を甘みを増した水が流れていった。青年の目に涙が浮かんだ。えずく感覚も多少はあったが、好意のほうが上回った。

「舌で転がすとやわらかくなるんだ。痛んだ喉に冷たい水はつらいだろうからな」

 二度、三度と口移しが続いた。シモンは伯爵の首に腕をまわした。人恋しい思いを我慢しきれなくなったのである。隣に寝てほしいと伝えると、伯爵はそのひやりとした体で青年を包んだ。そうして、今朝になると、熱はすっかり引いていた。

 帰り支度をする伯爵の背をシモンはじっと見つめていた。こちらに気づいてほしいというように、眉を下げて。「なにかしてほしいことはあるか」と背中越しに尋ねる伯爵に、シモンはこう伝えた。「風呂に入らせてほしいんだ」

 せっかく着込んだ服をまた脱がせて、シモンは伯爵とともに風呂に入った。
 伯爵はなにも言わずに青年の体を洗い、シモンも黙ったまま泡を流した。三日ぶりの風呂は気持ちが良かった。伯爵に髪の毛を洗われているときは、その指先の心地よさに眠気を覚えたほどだった。

「済んだな」
 立てるかと問われたとき、シモンは「お前の体も洗おう」と提案した。
「汚れてなどいない」
「でも、汗のにおいがうつったかもしれない。お返しに洗うよ」

 座ってくれと、シモンは洗い椅子に伯爵を導いた。不承不承といった顔で腰掛ける伯爵の頭をお湯で流したあと、シモンはシャンプーを手に取った。

 泡立てる音が浴室に響いていた。お互いに黙りながら頭を洗っている。丁寧に、気持ちをこめて洗うシモンだったが、その沈黙にさみしさを覚えるように、徐々に眉が下がっていった。
 ふと、こっくりとした泡の感触になにかを思いついた。両手で伯爵の髪の毛をつかみ、左右にわけて立たせる。ツノのできあがりだ。シモンはふふっと笑いながら「第二形態だ」と呟いた。
 ほらわかるか、と鏡に映らない伯爵に今の状況を話そうとしたが、返ってきたのは静かな口調の「遊ぶなら、すぐに上がるぞ」という声だった。

 しゅんとした表情のシモンを無視して、伯爵は泡を流した。すすぎを手伝おうとするシモンの指先を邪魔だというふうに頭で払い、伯爵は黙々と泡を洗い流していた。シモンは暗くなってきた空をひとり見上げる子供のような顔をして、伯爵の首筋を見つめていた。そっと腕をまわし、薄い肉付きの背中に体を寄せる。伯爵は意に介さないようにすすぎを続けていた。泡が背中に流れて、肌の隙間に入り込む。シモンが顔をすり寄せるたびに、肌がこすれて、お湯と泡とが熱い体温に混じり合った。

「体を洗いたい」

 さみしさから我に返り、ブラシを取ろうとするシモンに、伯爵はこう告げた。
「わたしの皮膚は薄いのでな。荒い毛のブラシなど使えない」
「あぁ、それなら石けんを泡立てるから」

 手早く石けんを泡立てたシモンは、その泡を伯爵の背にのばした。
「君の胸にも」
 石けんをつけろという言葉に「なぜ」という顔をしたが、「いいから」という声だけが返ってきた。わけもわからずに、シモンは言うとおりにした。充分にのばしたあと、伯爵からいつもと変わらない口調でこう告げられた。

「君の肌はみずみずしく、とても感触がよかった。先ほどのように腕をまわしてくれないか」

 シモンはなにかを感じつつも、黙ってその通りにした。

「そのまま、上下にこすってくれ」

 肌で洗えということだ。シモンは困惑した表情を浮かべながら、伯爵の背中に胸を密接させて、上下に体を動かした。
 石けんの泡でぬるつく肌。肉の滑る音がする。泡で乳首がこすれて、シモンは妙なうずきを覚えた。

 石けんは伯爵の手に渡った。
 自身で泡をつけたところを、青年の肌でこするよう、伯爵は指示した。
 シモンはとまどいながらも、言うとおりにした。
 腕を抱き、胸元で挟むようにして指先までこすりあげ、横たわる伯爵の胸や脇腹を、同じように横たわる体で、全身で挟むようにして洗い上げた。
 太ももを洗うときには脚を絡ませて、自身のそれがこすれるのに息を荒げた。
 おかしいと感じつつも、シモンは伯爵の体を自身の肌でくまなく丁寧に洗っていた。とうに勃ちあがったそれをお互いに無視しながら、息と泡とを絡ませた。

 青年の肌はなめらかかつ、肉厚だった。余計な体毛がない肌はよく滑り、互いにやめられないような快楽を生んだ。ずっとこんなふうに戯れていたい。夢中になって肌をこすり続けるシモンに、伯爵は身を起こしてこう囁いた。
「そろそろ流そうか」

 はっとするシモンをおいて、伯爵はコックをひねった。熱いお湯が流れる。
 伯爵は泡を流すのも青年の肌を使うように指示した。シモンは言うとおりにした。お湯のあたたかさと泡のぬめりが青年に震えるようなため息をこぼさせた。中心がつらくてしょうがない。後ろから抱きつきながら体を上下させるシモンをちらりと見て、伯爵は魔法を使い、虚空からなにかを取り出した。潤滑剤だった。
 泡を流したあと、伯爵はシモンの胸に潤滑剤を垂らした。

「君の口を痛めるのは忍びないのでな」

 泡を流したのはこのためだったのだ。伯爵はシモンの胸に男根を添わせて、包み込むように求めた。シモンは言うとおりにした。左右から胸を持ち上げて、伯爵の男根を挟んだ。伯爵の腰の動きに合わせて、肉の器を維持する。
 時折、男根の先で乳首を弄られた。「ん」と秘めやかな声を漏らしながら、シモンはその感触に興奮といとおしさを覚えた。
 ぬるつく肌。亀頭にこすられ、ぴんとはじかれる乳首。

「先も丁寧にな」

 伯爵は青年の顎をつかみ、口を開けさせた。シモンは黙ってくわえ込んだ。舌で丁寧に伯爵の亀頭を清める。両手で伯爵の男根を包み込むように愛撫するあいだ、ずっとたまらないように息を荒げていた。自身の男根は震えて、切ないように先を濡らしている。

 尻たぶを割られた。肛門に指が入ってくる。びくついたが、シモンは伯爵の男根を清める作業を続けていた。喉の奥までくわえ込み、「ん、ん、」と声を漏らす。
 良い子だというように、頭をなでられた。指の動きも入念なものになり、後穴は徐々にほぐされていった。耐えがたい刺激がシモンにうめき声を上げさせた。もっと欲しい。指先ではなく、彼自身のが欲しい。
 青年は涙を浮かべていた。苦しげな愛撫を見下ろす伯爵の表情は穏やかだった。髪をなでる手つきはやさしさに満ちている。やわらかな仕草で耳にかけられる金色の束。青年のすべてをいとおしむ美しい指の動き。
 愛に感じ入るように瞳をとじたあと、伯爵は青年の口から勢いよく男根を引き抜いた。青年を四つん這いにさせて、後ろから貫く。

「あっ あぁっ」

 尻にぶつかる腿の音。求めていたものを得られた刺激に、シモンは泣きながら声を上げた。伯爵は心得ているように腰を打ちつけた。ヴラド、ヴラドと呼ぶ声に応えるように、彼が一番快楽を得やすい部分を突き上げる。伯爵の愛に対し、シモンは従順だった。突き入れやすいように腰を上げ、伯爵が気持ちよくなれるように、すぼまりをきつめる。声は秘めやかであり、素直だった。恥じらいもあったが、彼から向けられる愛を大切にしていた。その態度が、伯爵を深くよろこばせた。
 長い長い突き上げののちに、もう少しで達しを得られそうだというところで、シモンの体が抱きあげられた。伯爵の体に座るような体勢を取らされたシモンは、尻にかかる重みに苦しげな声を上げた。しかしそのきつさもすぐに快感に変わった。腿を震わせ、足指をそらせて、伯爵の体を感じる。腹にまわされた腕も、脚を開かせる膝の裏の手も、なにもかもが気持ちいい。
 シモンは片腕を持ち上げられ、伯爵の首にまわすよう体勢を組み替えられた。
 あらわになった胸に伯爵の顔が寄る。脇の下から乳首を吸われて、シモンは「あぁあ」と悲鳴を上げた。舌で転がされ、甘い毒を回すように噛みつかれる。
 吸血鬼にしかできない舌技に翻弄されながら、シモンはきつく目をとじ、涙を流した。

「ヴラド……もう……」

 その言葉で、風呂に入ってから一度も触られていない男根が一扱きされた。
 シモンは達した。三日分の精液を放ち、肛門をきつく締め上げた。
 体内に注ぎ込まれる伯爵の熱情を感じながら、シモンは痙攣を続けた。「あ、あ、」とこぼす声が震えている。
 伯爵の男根は萎える気配がない。
 さぁこれからという顔をした伯爵の胸へ、シモンは倒れ込んだ。伯爵は慌てて抱きとめた。しまったというように、急に我に返って。

 ベッドの中でシモンは目覚めた。
 傍らには申し訳なさそうに椅子に座る伯爵がいた。
 美しい指先で前髪を払い、額を触る。熱は上がっていないようだった。

「すまない。君が病み上がりだということは知っていたのだが」

 欲望に負けてしまったと伯爵は呟いた。いいんだと、シモンは首を振った。

「あのまま帰られるのがさみしかったし、私も、お前とああいうことができて嬉しかったから」

 でも、体で洗わせるなんて、変なことを知っているなとシモンは何気なく呟いた。伯爵は答えにくいように口ごもった。青年に対する妄想のひとつとして日頃から想像していたこととは言えなかった。
 空気を変えるように、伯爵は「なにかしてほしいことはないか」と尋ねた。

「水が飲みたい」

 伯爵は水差しの水をコップに注いだ。そのまま手渡そうとする伯爵に対して、シモンは不満そうな表情を向けた。しばらく考えてから、伯爵はコップの水を口に含んだ。舌で転がしたあと、シモンに口づける。シモンは伯爵の首筋に腕をまわして、喉を鳴らした。やわらかい舌とともに渡される甘い水。息をつき、ふたりは見つめ合った。どちらからともなく笑みがこぼれる。互いの息やまなざしにくすぐられたのだ。シモンは何度もキスをして、伯爵に「一緒に寝てほしい」と頼んだ。

 ひやりとした体がすぐそばにある。
 熱が引いても、この感触はとても心地良い。
 伯爵の胸に抱かれながら、シモンは幸せそうに瞳をとじた。

 終
 13/08/25(日)

 水を舌で転がして口移しというのは別ジャンルでも書いたネタであります。
 久しぶりにいちゃいちゃ、ヌルヌルのドラシモを書けて満足です……。