寝ても覚めても

 祈りの時間にはまだ早かった。
 強い眠気のなか、シモンは時計の針を見て深いため息をついた。
 新しいベッドに変えたせいか眠りが浅かったらしい。
 伯爵に贈られた最高級品のベッド“Ftone”は、硬すぎも柔らかすぎもしない、やさしく包み込むようななめらかな肌触りの、寝心地に慣れれば安眠をもたらしてくれるだろう逸品だった。
 そのシーツや枕辺からは作りたての真新しい匂いと、保管されていた場所の移り香が残っていた。伯爵の城の匂いだ。
 体を動かせばシーツの冷たい部分からあの青い部屋のすずやかな空気が思い出された。同時に伯爵のことも。
 広いベッドで愛し合うときの、自身に覆い被さる肌のぬくもりと、口づけのあとのやわらかな微笑が脳裏に浮かんだ。

 シモンは寝返りを打ち、横になった状態で、胸元に手をやった。
 片乳に触れ、伯爵がいつもそうするように、中指と人差し指で乳首を挟む。
 指先で軽くいじると、先端が喜ぶように硬くなった。痛みはなく、気持ちよかった。
 清潔な体はシーツの肌触りを楽しむようにもぞもぞと動いた。上掛けからあたたかい匂いがする。
 部屋は暑くも寒くもない室温で、あたりはひっそりと静まりかえり、窓からは薄い月明かりが差し込んでいた。
 シモンはもう一度時計を見た。祈りの時間にはまだ早いことを確認したあと、なにも身につけていない下半身にそろそろと手を伸ばして、男根をやわくつかんだ。そのままゆっくりと上下に動かし、もう少し眠るだけだというように目をとじる。
 乳首と陰茎をいじりながら、シモンは伯爵と愛し合った記憶を、自身の妄想まじりに何度も何度も思い返した。

 ある肌寒い日。
 いつもの装備では動きに支障を来すと思ったシモンは、軽鎧の下に上下の黒いインナーを着用した。
 すべてのはじまりの戦いから7年後の探索の際にもこのような格好をしたなと懐かしく思いながら。
 皆から「そういう格好も良いですね」と思いがけず褒められたせいか、急に伯爵に会いたい気持ちが募った。
 いつもの格好に肌着を身につけただけだが、今の自分を見て彼はどんな反応を示すだろう――そう思い、天守への直通の通路を渡り、伯爵と顔を合わせた。

「ほう」とひとこと呟いた彼に、まじまじと鎖骨のあたりを見られた気がした。
 いつもあらわな部分が黒の縁取りによってふだんより印象深く見えたのかもしれない。
 気がつけば胸当ても草摺もほどかれて、後ろから胸元に手を差し込まれていた。
 ぴったりと密着する互いの体。首筋に寄せられた伯爵の甘い息づかいが、いやが上にも自身の気持ちを高めていく。

 インナーの下でうごめく手が乳を揉み、陰茎をしごいた。
 シモンはかたちばかりのとまどいを見せて、彼の愛撫に身を委ねていた。
 シャツは乳首が露出する位置までめくり上げられ、タイツは膝まで下ろされた。
 四つん這いにさせられたあと、尻を何度か叩かれた。月明かりに照らされる肌は彼にはどんな色に見えたことだろう。
 やがて伯爵が青年の内に侵入を果たした。
 わざわざ手袋を外されたあと、両の指にしっかりと挟めるように手指が重なった。やわらかな手の感触が忘れられない。
 身も心も征服される心地がして、シモンはとろとろに蕩けた頭のまま、冷たい石床の上に精を放った。
 ぎゅうと後穴をしめると、伯爵の熱情が肛門付近に散らされた。
 肉杭が引き抜かれると、すぐにぽたぽたと白い液がしたたり落ちた。
 それは黒いタイツの股上部分に落ちて、乾いた蝋のように跡を残した。

 城主の私室で愛し合っていた日のこと。
 戦いを経て燃え上がったのか、この晩の竜公は執拗とも言える責め方をした。前から後ろから何度も青年を貫いたあと、彼を膝から抱え上げて、子供に用を足させるようなポーズを取らせたのだ。
 伯爵の精力は幾度果てても衰えを見せなかった。
 人にあらざる怪力で青年を担ぎ上げ、後ろから貫いたまま、部屋を数歩移動する。
 大股開きのあられもない格好に加えて、抵抗のできない姿勢のまま宙に高く抱え上げられているという不安感が、青年をいつもより従順にさせた。
 伯爵が歩むたびに感じたこともない振動を尻にかけられ、シモンはひぃ、ひぃ、と泣き声を上げた。
 漏らしてしまいそうになる危うげな快楽のなか、歩みはぴたりと止まった。
 シモンが目を開けるとそこには巨大な姿見があった。その奇妙な光景。
 自分ひとりが宙に浮き、はしたないポーズで局部をあらわにして、尻穴をぽっかりと広げている。
「あぁ、あぁ、」と見たくないものからそれでも目を離せないように、シモンは鏡に映る自身の痴態を見つめていた。

「やめて」「見ないで」シモンは両腕を懸命に伸ばし、ぴんと開いた手指で局部を隠した。交差させた手のかたちがエロチックでしょうがない。シモンは耐えきれずに顔を背けて、きつく目をとじた。頬が燃えるように熱い。
 幼稚かつ効果のない恥じらいの仕草が青年の淫猥さを際立たせた。尻にかかる太身が厚く体積を増した気がする。
「目をそらすな」さらには「見ないようならこのまま床に落とすぞ」と、待ち遠しい言葉を囁かれて、青年はようやく、横に背けた顔を鏡に向けた。
 恥ずかしかった。
 彼よりも筋骨たくましい肉体の、いい歳をした大人が、赤子のような体位を取らされている。
 鏡に映るのは自分ひとりだけだ。
 その淫靡な姿を見られることに、シモンは確かな心地よさを覚えていた。

 伯爵は耳元で囁いた。自分で乳首や陰茎をいじるように、それをじっと見るようにと。
 青年は言うとおりにした。のろのろと手を伸ばして、彼の見ている前で、自分自身の敏感な部分を刺激する。
 いやらしい姿から目が離せず、シモンは息が詰まるほどの興奮を覚えた。
 嬉しさと恥ずかしさで陰茎をしごく手が早まっていく。
 見えない力で上下に激しく揺すぶられる体。
 濡れそぼり、収縮を繰り返す肉壁をしっかりと目に収めながら、シモンは誰になにを言われるでもなく、鏡の自分に向けて射精した。
 勢いよく飛んだ精子は胸元にぼたぼたとかかって、時間をかけて滑り落ちた。
 じわりと肉壁に広がる精液を薄目で見ながら、青年は一筋の涙をこぼした。
 とほうもない快楽の名残か、秘めやかな声がとまらない。時折小さく跳ねる足先が結合部に響いて、互いの体に微弱な快感を伝えてくる。
 鍛え上げられた肉体は杭を穿たれたまま脱力しきって、生まれたばかりのような生々しい熱を放出していた。
 それらすべてを受け入れている、幸せそうな、熱く蕩ける薔薇色のかんばせ。
(彼はいつもこんな表情を見ているのだな――)鏡に映る自身の姿を恥じるように、シモンはゆっくりと瞳をとじた。

 自分の痴態をまざまざと見せつけられて自己嫌悪を覚えたのか、シモンはその後しばらくのあいだ、伯爵と体を重ねるのを避けるようになった。
 会話はするが、肩に差し伸べられた手からそっと逃れて、キスは挨拶程度というかたちで済ませるようになった。
 それでもシモンは義務のようなものを覚えて、情熱はほとんど感じないまま、愛し合う行為に至ろうとした。

 月が霧に隠れる夜だった。
 抱き合い、深い口づけを交わし、シモンがなんとか気分を高めようとするなか、伯爵はなにか思うところがあるように、青年の様子をじっと見つめていた。
 伯爵は横たわる青年の両腕をするすると撫で上げ、キスを交えながら、腕を頭上高くにもたげたあと、枕の下に隠していた縄でシモンの手首を縛り上げた。青年が疑問に思う間もなかった。
「なにを――」痛みなく拘束された腕と、伯爵の様子を交互に見ながら、シモンは焦りの表情を浮かべた。
 縄の片方をベッドの柱にくくりつけながら、伯爵は落ち着いた声で「君は妙な義務感にかられてここに横たわったろう」と呟いた。

「君はなにもしなくていい。余計なことは考えずにわたしに身を委ねたまえ」

 やめてくれ、という声は濃厚なキスで遮られた。
 縄を解こうと力をこめるも、口舌の感触がその力を無力なものに変えた。
 情熱的かつ甘い息づかいに次第に目が蕩けていく。縄の引きつれる音は徐々に静まっていった。

 伯爵は青年の無防備な腋の下に口づけた。
 のけぞり、悲鳴を上げるシモンを翻弄するように、脇と反対側の乳首が指先でいじられる。
 まるで味をくらべるように左右の脇を交互に舌が這い、青年はそれだけで耐えきれずに涙をこぼした。

 抵抗はできるはずだった。脚は自由がきくのだから、本気で抗えば伯爵を蹴り倒して、縄も力任せに引きちぎることができただろう。そうしたくはなかった。中心を硬くした身が彼の思いに応えたいように打ち震えている。
 そんな様子の青年をじらさないように、伯爵はかたちばかりの抵抗を示すいとおしい体へ次々と愛撫を重ねた。
 的確に快楽のポイントを突く伯爵の技巧は、目をとじれば複数の手指や舌先が体を這うように感じられた。

 いつのまにか、快感に集中させるためか目隠しまでされて、シモンは淫靡な闇の中へ閉じ込められた。

 口の中にペニスがねじこまれる。
 脇の下をなめらかな舌が這い、乳首を甘く吸われた。
 厚く割れた腹筋は一筋ひとすじを丁寧に指でなぞられた。
 きつく勃ち上がった立派な陰茎を複数の舌で舐め上げられ、肛門にもそれぞれ違う動きをする指が侵入した。
 腿をさすられ、足の裏や、指の隙間をすみずみまでしゃぶられる。
 妄想の中で、シモンは何人もの伯爵に同時に犯されていた。
 拘束は愛のようだった。
 自分からなにかをしなくても、横たわっているだけで、きついほどの快楽を与えてくれる。
 ひとり、ふたりと青年の内に分け入って、愉悦を長く共有したあと、それらは皆同じように精を奥へと注ぎ込んだ。
 シモンは口の中に、脇の下に、胸や腹の上に伯爵の精子を浴びるように受けた。
 身も心もどろどろになる気持ちよさのなか、シモンは体をよじらせながら、あるひとつの想いを何度も叫んだ。
「ヴラド、ヴラド……」

 妄想による目隠しを解くようにシモンは薄く目を開いた。
 何度達しを迎えたのだろう。腹や手のひらが温いしたたりで真白く染まっている。上掛けはいつのまにか剥いでいた。
 きつく目を閉じていた名残か、あたりは明滅して映り、青年の視界に妙な光を生んだ。
 苔の上に砂粒がまいてあるような暗がりのなか、金色に光る目がこちらを見下ろして……。

 シモンは虚脱状態から一気に身をこわばらせた。
 目をこらして見上げると、伯爵がそこにいた。
 外套を揺らめかしもせずに、裸の青年を見下ろしている。
 口元はふだんと変わらず穏やかに閉じられているが、鼻息が異常に荒かった。
 以前にも黙って部屋に入ってきては青年を驚かせたことがあったが、こんな時間帯に来て、なにも言わずに自慰行為を見つめていたことなど今までなかった。
 現場に居合わせて、なにか言えるものだろうか。
 いや、自慰の気配を感じたなら黙ってその場を立ち去るものじゃないだろうか。
 無神経にもこんなに近くへきて、じっと見下ろして、そんなふうに鼻息を荒くして……
 シモンは恥ずかしさのあまり、まとまりのない思考をぐるぐるとめぐらせた。

「3回で終わりかね」

 ご丁寧に回数を教えられて、シモンはようやく怒鳴る気になれた。
 身を起こし、口を開きかけたところで、その口に手のひらをかぶせられた。
 時間にしても、状況を顧みても、大声を出すわけにはいかなかったが、シモンは唸るような声を抑えることができなかった。
 汚れた手で触るわけにもいかないから、目線だけで抗議と抵抗を示す。
 伯爵はすべてわかっているというように、青年の好きなようにさせておいた。
 静かに、静かにと、気を落ち着かせるように自身の口元へ一本、指を立てて。

 しばらくあと――「新しいベッドで眠る君の様子を見たかった」と、伯爵はシモンの背中に話しかけていた。
 シモンは上掛けをかぶり、伯爵に背を向けていた。

「寝顔を見たら帰ろうと思ったんだが、君の息づかいが聞こえて――その、興味を引かれてな。君もすぐにわたしの気配に気がつくものと思ったんだが、そばまで行っても集中が途切れない様子で……1回で終わらないし……」
「もう、やめろ」
「非常に官能的な息づかいだった」

 肩に触れられて、シモンはびくりと身をすくませた。
 帰ろうとしない理由はわかっている。伯爵は青年によってかき立てられた自身の欲望を受け入れてもらいたいのだ。
 しかし、互いにきっかけがつかめない。
 シモンもいつまでも恥をかいたまま背を向けているわけにはいかなかった。
 もうちょっと、なにか、ないものか。

「そういえば、シモン」

 伯爵はどうしても聞きたいというように、声音と同じ穏やかさで肩をなでた。

「ヴラド……のあとに、なにを言いたかったのだ?」

 シモンはぴくりと身じろぎをして、枕辺に鼻先を押し当てた。「……」
 うん? と、わかりきっている答えを追うように、伯爵の顔が寄る。
「好きだ」顔をのぞきこむように高い鼻をすり寄せて、「もう一度」と返事をねだる。

「好きだ」「もう一回」「好きだ」「もっと」「好きだったら」

 何度言えばわかると、シモンは眉を下げて振り向いた。「大好きだ」
 伯爵は満足したように微笑を浮かべて、上掛けを剥いだ。
 シモンは覆い被さる伯爵を受け入れるように仰向けになった。
 困り顔のままキスをする。
 甘く濃厚な口づけを交わすうちに、眉がなだらかな線を描いた。
 薄目を開けて、唇を離し、噛みつくようなキスをもう一度。

 真新しい寝台はふたりぶんの重みを受けてもきしみひとつ立てなかった。
 互いをついばむ音が部屋に響く。
 祈りの時間はとうに過ぎていた。

 終
 13/10/08(火)

 シチュエーションは浮かぶのですが、なかなか書き出せないものがいくつかありまして。
 ネタが溜まったらまたこんなふうに放出していきたいです。