は、と目が覚めた。
伯爵は天井を見つめ、次に左腕のゆくえを見た。薄づきの筋肉は青年の頭を抱きとめて冷たい枕となっている。そのひやりとした感触が心地よいというふうに、シモンは金髪を伯爵の腕にあずけて、すやすやと眠っていた。
妙な夢を見た。
いまはこうしてなんの苦しみもなく横たわっている青年が、夢のなかで背を向けていた。
自身のとがった耳に悲鳴が届く。
人より繊細な耳は青年の胸の音を容易に捉える。彼の心臓は潰れそうになっていた。嫉妬と苦悩からくる血液の停滞。痛々しい思いは見えない手を動かして自らの生命の中心をしめあげていた。
自分は相手に覚えなどないから当然のように誤解をとこうとする。両手を開いて、囁きかけて、謝罪はしないが、胸の悪い思いをさせたことを気遣って、そうして堂々と青年を迎え入れる。
彼は胸に抱かれながらもきつく目をつむって「なんで私をほうっておく」と声を震わせた。
まるで「お前がかまおうとしないから」と責められているようだった。
伯爵はその顔を上げさせて、額がよく見えるように両手で髪を梳いた。
不安に揺れるまなざしを伏せさせようと、やわらかなキスを鼻梁に、目の下に、上唇にそっと乗せて、力を抜いた青年の体を包み込む。肩に顔を埋めた彼の雰囲気はとても和らぎ、落ち着いたものに変わっていった。
「でもなぁ、ヴラド」そうまでして呟かれた言葉に驚いて、伯爵は目を覚ましたのである。
「お前は、どうなんだ?」
どう?
どうとはなんだ。
お前は嫉妬に苦しむことはないのか、そう尋ねたかったのだろうか。
なんにしても不愉快な夢だ。
ここへ彼がきてからこんな夢を見ることはなかったのに、これは昨夜のことと関係しているのだろうか。
確かに青年に恨みを買うような仕打ちをしたかもしれないが……。
昨夜、シモンは四つん這いにさせられて、後ろから穿たれていた。
ゆっくりと引き抜き、突き入れる行為に腰をまわす動作を加えられ、長く深く、愛されていた。
青年は彼の好みの愛し方を知っていた。なかなか達せられないこの挿入の仕方も、何度か繰り返すうちに、青年の好みとなった。シーツをつかみ、目をとじて、時折ひめやかな声をこぼしては、相手のじらし方に耐えかねて、自ら尻を動かす。
淫らさにはっとすると、相手のふくみ笑いが聞こえた。
否定するように腰を引くと腿を叩かれて、求める以外に位置をずらすなと姿勢を正される。
恥ずかしさと悔しさと、認めたくないよろこびに涙が伝う。
「お願いだ、もう」懇願が通じたか、腰を掴む手が離れた。そのまま中心を扱いてくれるかと思ったが、両腕は胸にまわった。いやがる間もなく、自身のたくましい胸を揉まれた。
「あ、あ」うねり、圧迫するように手のひらが這う。
痛いような、あたたかいような、感じたこともない刺激に全身が力をなくした。
なにかに気づいたように伯爵が「ほう」と息をついた。「弱い部分らしいな」挿入部位が弛緩して、圧をなくしたのだ。
熱いとろみを覚えた伯爵は、胸を揉んでは、もてあそぶように腰を出し入れした。
「あは、あ、あ、」熱くうるんだ目から溶けた蝋のようにぽろぽろと涙がこぼれた。
「あんっあっ」上も下もリズミカルになぶられたあと、今度は――当然のように――乳首をいじられた。
「あっ!」肛門がぎゅうとすぼまった。伯爵の笑みが深くなるのを感じた。
先端をくすぐり、つまむたびに、従順に反応する肉のつぼみ。
彼はしばらく腰をとめて、淡紅色の突起を指先で転がして、すぼまりの反応を楽しんでいた。
紐を結わえるような感触が気に入ったのか、彼はその後、乳首をいじりながら腰をまわした。
きついのをわかっていて出し入れをしては青年にいやいやをさせる。
胸を揉むと肛門がゆるみ、乳首をいじるときゅっとすぼまる。青年の剛直はたらたらと露を流している。
上と下への執拗な責めに青年のまなざしは静止し、表情はぶるぶると震えだした。「もう、いじらないで、くれ」
なぜかね、そう問われたとき、青年は顔を真っ赤にしながら泣いて訴えた。「漏らしてしまう」と。
弛緩と緊縮、そして敏感な部位への侵入の連続に、体すべてが力をなくすのも時間の問題だった。
伯爵は意外な言葉に動きをとめて、そしてこう思った。見てみたい。
責めに耐えきれず、寝具に放尿する狩人の姿を、ぜひこの目で。
腰のリズムが早まった。
胸にある両手の感触に息を奪われそうになりながら、青年は汗まみれの手でシーツをつかむ。
ひ、ひ、と喘ぐだけの顔を白い敷布に伏せて、頭を振り……。
途中で止められず、してしまったことに対して、絶望と恥辱に顔を震わせる青年の痴態を想像すると、伯爵の嗜虐心や独占欲が満たされるようだった。
その後、互いに射精を済ませた体を離すと、青年は尿のきつい臭いがするベッドに身を伏せる。
横を向いた顔は白く抜けている。
汚されて、傷つけられて、もう決して取り戻すことはできない自尊心を思い、目はどこも見ることがない。
伯爵の姿が視界に映ったとしても、青年の世界に存在することは、これから先、決してない。
心を壊された青年を抱き上げて、風呂場へと連れていく自身の姿……
まともな生活に戻れなくなった狩人は伯爵に抱えられて風呂場の奥へと消え……。
両手が胸から離れた。
青年のペニスを片手で扱き、もう片方の手で腰をつかみ、彼が一番快楽を得やすい振動を内に伝える。
「あ、あ、あ、あ、」
気持ちよくて死にそうな声を上げながら、青年は果てた。尿ではなく精子をまきちらして、肛門をぎゅうとすぼめる。
伯爵はうめき、ペニスを引き抜いた。
手でしごき、青年の背中に精液を飛ばす。
射精が済むのを待っていたように、ぬるいしたたりを受けなくなったころ、青年は背中から力をなくして、ベッドに崩折れた。
横を向く顔は快楽の余韻に浸って、つうと涙を流していた。
心はまだそこにある。すぐそばにいる伯爵の存在を求めている。
隣にきてほしいというように、彼の名前を呼んだ。
子供が甘えるように、力なく、片手で口元を隠しながら。
伯爵は望むとおりに動き、青年の頭やしめった背中をなでて、その精子を青年の腰まわりになすりつけた。
あたたかい肌はそれをすぐに乾かしてしまう。
拭う必要もないよ、かゆみも感じないよというふうに、青年は伯爵の唇にキスをした。
いとおしくてたまらない相手にする、涙味のキスを。
青年はほほえみ、すうと地の底へ意識を沈みこませるように、眠りに落ちた。
伯爵はその様子を見て、心から安堵した。
今日も青年を傷つけなかった、と。
昨夜はそれで終わったはずだ。
しかし、少々しつこかったかもしれない。
いつも自身の安眠を願ってくれる青年の気持ちが今夜ばかりは変わってしまったのかも。
あぁ、なぜもっと大事にしなかったのだろう。伯爵は青年を抱きしめた。
青年の髪の先まで染みついた血の匂い、首筋から香るいとおしい体臭、あたたかい、健美な肉体。
筋肉も脂肪もたっぷりと乗ったたくましい美しさを抱擁できるのは今ばかりだというように、伯爵はシモンを抱いた。
土のように冷たい伯爵の腕に抱かれても、青年は目を覚まさずに、体温もいっこう変わらずに、すうすうと眠っていた。
ぽかぽかというよりも、ホカホカという擬音がしっくりくる、脅威のあたたかさだった。
腹の鳴る音がした。
(あ、起きるな)と伯爵が思ったと同時に、青年が目を覚ました。
彼はいつも空腹で目が覚める。しかしそのことを知っているのはこの世界では伯爵ひとりだ。
状況のおかしさにシモンは抱擁から浮くかたちとなっている腕をさまよわせた。
伯爵の顔をみとめてひとこと、「寒いのか?」とへんてこなことを言った。
宇宙空間であろうと存在できる吸血鬼に寒暖の差がその身に影響を及ぼすはずもない。
「いや、その」口ごもり、抱擁を解こうとする伯爵を「いいから」と青年はとどめた。
自身も抱き返して、頬をすり寄せる。
「昔から寒い季節にはよくこうしてあたためあっていたんだ」
誰とだ。伯爵はむっとしてそう尋ねた。
「病人が多くてな」
シモンは穏やかにほほえんだ。
病が移る可能性もあるのに(彼はそのようなことは言わなかったが)この青年は、高熱を出して震えている相手と一晩を過ごしたという。いまのように、裸になって、あたためあって。
「そのものたちは――」尋ねなくてもいいことだったが、伯爵は自然と口に出していた。「無事に、朝を迎えられたのか」
「不思議なことにな」
ときおり背中をさすって、うとうとしていると、翌朝には相手の体温が平常に戻っていた。
五人か六人か、孫もそんなふうに体を抱いていたら、全員が翌朝にはすやすやと息を楽にしていた。
シモンの体は本当にあたたかいと、よく言われたな……。
「確かにな」
もういい、離したまえと伯爵は不機嫌に言った。シモンは眉を下げて抱擁をといた。
「すまない、なれなれしかったか?」
「そうじゃない」
一度はとかれた抱擁を確かめるように、伯爵は自身の白蝋のような色の手のひらを見つめた。
微熱も感じられない自らの体温。気づけばこんなことを口にしていた。
「君はこの世界へ来てから、誰かとぬくもりをわかちあいたいと思ったことはないのか」
いまならば夢のなかで告げられた言葉の意味がわかる。
『お前は、どうなんだ?』
あぁ、嫉妬なら感じたくなくとも、毎日そんな心配に苛まれている。
自分はシモンを毛布ほどもあたためることができない。
言うなれば人肌の生命をもつものすべてが恋敵であるのだ。
いつかシモンが自身と同じようなぬくもりを求めるのではないかと思うと、伯爵の鼓動を忘れた胸はひどく締めつけられるのだった。
シモンは驚き、それからにっこりと笑った。
ぬくもりなら、ずっと前からわかちあっているじゃないかというふうに。
「お前は誰よりも熱く心を満たしてくれるよ」それに、と青年は猫のように頭を寄せた。「お前の体は、ひんやりして気持ちいい。私は少し体温が高すぎるくらいだから、お前がそばにいてくれたらちょうどいいんだ」
ほてった足が冷えてよく眠れるから、と、くすぐるような声が胸に響いた。
伯爵はシモンの頭をなでて「子供のようだな」と無表情に言った。
照れやよろこびを隠すとき、彼はこんな動きのない顔になる。
「それもよく言われたな。お前に何度も」
ふたりはふたたび抱き合い、口づけを交わした。
心といい、体といい、これ以上の包容力に満ちた相手はこれから先、決して見つかるまい。
いとおしい青年をせめて胃の中からあたためてあげようと、伯爵は朝食のメニューにクラムチャウダーを加えると決めた。
終
12/10/21(日)
ふだんからあんなに露出の多いシモンさんはきっと体温が高いに違いないよ、そしておなかがすいて目が覚めるに違いないよ、でも本人はそのことに気がついていないよきっとという妄想話です。