c-s(CountとSimon)

 やりたいこと、反応を見たいものというのは尽きることなく、ある。
 たとえば、造作もないことだが、肉体をふたりにも三人にも分けて、いちどきに青年を愛することができたら、どんなに刹那的な興奮を覚えることだろう。
 青年は泣き叫びながらも最後にはすべての想いを受け入れてくれるに違いない。同時にだ。壊れないように細心の注意を払って、その身を激しく揺さぶりたい。

 また、いまだにこんなこともできていない状況を考えると、情けなさと共に、やはり彼を心から大切に思っているのだと実感するのだが、せめて両手首を背中に縛り、彼を自身に跨がらせて身もだえる様を見つめていたい。膝立ちの状態のまま下から突き上げ、調整できない動きにあえぐ胸元やのけぞる喉をさんざんに上下させたあと、彼自身に動いてもらって、絶頂を迎えてもらいたい。
 あまりひどくつらいようなら勃ち上がったそれを優しく包み込んであげたいが、できれば尻だけの刺激で、精子を自分の腹にまき散らしてもらいたい。どこに飛んでも嬉しいが、温くしたたるそれを見て、快楽の余韻にひくつく彼をなじり、辱めたい。淫乱ということを認めない彼が苛め言葉に頭を振ると、汗に濡れた金髪が曲線を描いてきれいに揺れる。それが涙に濡れた頬に張り付いて……

 精子をまかれる場面でとうにオーガズムを迎えていたが、伯爵は手元に握り込んだものの余熱がひくまで飽きることなく自分に都合の良い妄想を続けた。
 相手とは頻繁に会っているというのに、いざ顔をあわせると、その純真さが眩しすぎて、なかなか身体を重ねる行為までもっていけない。無為なささやきを交わすだけで喜ぶ青年との逢瀬は、冷静さを装った欲求不満を日増しにつのらせ、こうして彼に自慰をさせた。

 どういう恐れなのだろう。青年のすべてを自分のものにしたいのに、それをすると取り返しのつかない傷をつけそうで、彼の領域を尊重したまま、いまのところ“友”という立場に身を置いている。友。ばかばかしい、そんな段階はとうに越えているはずなのに、ほかの呼び方が思い浮かばない。情けない。
 白く濡れた手には力の象徴である立派な爪が生えていた。

 むなしさの名残を片付けようと薄く目を開くと、遠くから扉のしまる音が聞こえてきた。は、と息を忘れて、その物音をひろく吸収する絨毯のゆくえを見つめていると、壁向こうから見知った顔がひょいと覗いた。先ほどまで妄想の糧にしていた青年、シモンだった。

 城主を見つけて名を呼ぼうと開いた口が、声のないまま静止した。固まったままの伯爵の様子を見て、その顔がどっと汗を噴いた。焦りに紅潮した頬を隠すように目をそらし「あの、すまなかった」と小声で謝罪し、身を翻そうとする青年を見て、そこで伯爵はようやく動いた。無礼な青年を退出させまいと、しかし自身を出したままの格好をこれ以上見せないように、蝙蝠に変身して、わめくような早さで彼の頭に追いついた。

 実際に、ぎゃあぎゃあとわめいていた。そのあまりの勢いに両手で抑えるように顔をかばい「ごめん、ほんとうにすまなかった、怒らないでくれ」と声をあげる青年になんとか意思を伝えようと、伯爵は気づけば涙を流していた。
 蝙蝠って涙を流すのかと、その湿りを受けて冷静に態度を観察することができた青年は、まるで声を聞き取るように黙り、じっと見つめて「わかった、帰らないから、しばらく陰に隠れてるから……その、早く処理してくれ」と、申し訳なく返事をした。

 眼前で羽ばたき、間をおいてから、蝙蝠はぱたぱたと奥に戻った。飛び方にまで泣いているさまが見てとれた。青年はますますうつむいた。しばらくしてから、ごそごそと暗に籠もった衣擦れの音と、鼻をすする音が聞こえてきた。シモンは心から耳を塞ぎ、聞かないようにした。沈黙が頭に響く。

「……終わったか?」

 返事がない。そろそろと角から部屋をのぞき込むと、額を抑えた、これ以上はない苦悩のポーズを抱えた伯爵がソファに腰掛けていた。青年は近寄ってもいいものかどうか迷ったが、謝るため、彼のもとに歩んだ。

「あの……すまなかった。ほんとうに……許してくれ」

「見られた……」絞り出すような苦鳴だった。「よりにもよって、君に見られた……」

 どこの世界にこんなショックを受ける魔王がいるだろう。シモンは詫びる気持ちで眉を下げた。

「ほんとうに、すまない。帰ったほうがいいだろうか」

 伯爵はなにも答えなかった。「ヴラド」肩に手を差し伸べるが、特になんの反応もない。「どうしたらいい? 黙っていられても、困る」

「困っているのはこっちだ!」裂帛の勢いで顔を上げた伯爵は、一度は引っ込んだ涙をまたうっすらと浮かべていた。「引き留めたものの、どうしたらいいのかわからんからこんなに取り乱しているんだろうが!」

「開き直らないでくれ」怒鳴られた側は、困りながらも多少の怒りが声にこもっていた。「勝手なことを言うようだが、そんなふうに取り乱すお前は見たくない」

 ほんとうに勝手なことを言っているのだが、もとから錯乱気味だった伯爵は、彼の怒っている様子に萎縮した。そして、とうとうがっくりと膝にもたれて、両手で目元を押さえ込んだ。

「すまない……帰ってくれ」

 あんまりにも悲しい声だった。自分の無礼さも思い返して、シモンは申し訳ない気持ちで、どうしたらいいのかと考えた。

 実際、なぜこんなことになったのかというと、伯爵が自己を省みていたころ、青年はきちんとノックをしていたのだが、自省に浸っていた伯爵はそれに気づくことができなかった。青年は返事がないから留守にしているのかと思い、帰ろうかとしゅんとしていたのだが、急に、部屋で待っていようか、留守中に部屋に忍んで、彼を出迎え、少し驚かせてみようか――失礼な行為だが、会いたい気持ちも強くあるし、それを知ったらこういう振る舞いも彼はたいして怒らないかもしれない、もしも鍵が開いていたらの話だけど……と、かわいらしくもないことを考え、部屋に入ったのだが、結果、こんなことになってしまった。

 茶目っ気を出すこともあるが、青年は元来、触れることもできないほどの真面目な精神を持つ清い人なのだ。自分の気安さが生んだみじめな状況にいる彼のことを思うと、ほんとうに心から、なんとかしなければとピュアな使命を感じてしまった。
 こうして考えた結果が、伯爵の意表をついたものだった。

「……私のも見るか?」

 伯爵の動作が静けさを増した。なにを言っているのか、想像はごくかすかな考えをにじませたが、いやいやそんなことはありえないと逡巡した沈黙を繰り返し――気づけば声に出していた。

「……なにを、見せるというんだ?」

「……つまり、お前が見られて嫌だった行為だ」

 伯爵がどうしたらいいのかわからないまま顔を上げた。驚愕であり、受け入れがたい申し出に信じられないというような、理解の及ばない状況に混乱している表情だった。青年はいたって冷静にこう答えた。

「お前をどう慰めたらいいのか私にもわからない。ばかばかしい考えだが、同じ恥ずかしさを共有すれば少しは余裕が生まれるかと思って……」

 淡々と話すその表情に徐々に赤みが差していった。汗も少し浮かんできた。堂々としながらも恥ずかしい内容を口にしているのを青年は理解している。
 伯爵はなおも「いや、その」とためらった。しかし、隠せない興味がうつむく態度に表れた。

 シモンは黙ったまま剣を留めるベルトに手をかけた。金具を外し、ゆるめたベルトをぎこちなく腰からずらしたあと、そのまま脇に降ろした。武骨な鋼が落ちる重い音がした。
 あやしい雰囲気に息がつまった。錯覚に違いないのに、鼓膜が熱く脈打ち、胸の音もしだいに激しくなるようだった。
青年は続いて聖水を入れる袋に手を伸ばしたが、震える指先はうまく力をかけられず、何度も紐を掻いた。
 なにをしているのだろう、この若者は。伯爵は目の前の光景が信じられなかった。
 青年は下腹部を覆うものをゆっくりと、ひとつずつ床に落としていった。羞汗をにじませて、頬を薄く染めながらも、表情は誰もなにも責めようとしていない。しょうがないと、わがままな恋人を慰めるような無垢な心で、途方もない恥ずかしさに耐えていた。
 草摺が解かれた。ひとつなぎのベルトが重々しい音をたてて足下に落ちた。
 青年は床にたゆむ太い輪となった部分から足を抜いた。
 腿のあたりで切りそろえた黒の鎧下一枚となった青年の格好に伯爵は目を見開き、口元をおさえた。最後の布に手をかけるシモンにようよう声をかける。

「た、立ったまま、するのか」

「……壁際に寄りたいが、少し、脚がすくんでいる」

 恥ずかしさも限界に近いのだ。声も震えている。伯爵はソファから身をずらし、人ひとりぶんが座れるスペースを空けた。
 迎えられた座席を見つめながら、シモンはひそやかな声でこう尋ねた。

「汚れてしまうかもしれない。いいのか」

「座ってくれ。いくら、なんでも」

 うつむき、唇をきつく結びながら、シモンは自身を露わにした。
 左肩につけた肩甲も、それを留めるベルトもそのままで、上衣とブーツだけを身につけた青年が、自らその状況に置いた恥辱に震えながら、頑健な肉体をあられもない姿で晒している。
 伯爵は口をおさえるのも忘れて、生唾をのんだ。その音もまたお互いの血流を早めた。
 隣に座れたのが不思議なくらいに、青年の身体は震えていた。

「……見苦しいものを晒して、すまない」

 息をするのも辛そうな声だった。静かな表情だが、かちかちと歯の鳴る音がする。

「いやになったら、目をそらしてくれ。止めてもいい。調子が戻るのに時間がかかるかもしれないが……」

 そして、ゆっくりと自慰を始めた。
 男根をゆるく握り、上下に動かす手の仕草を自分がじっと見つめているのに、伯爵はだいぶ時間がかかってから気づいた。
 青年はかすかに斜めを向き、伯爵からその表情を隠すように、閉じた瞳とまつげを細かく震わせていた。
 額を美しく見せるすっと通った知性的な鼻と、薄づきの肉感がかえって触れたくなるほどの興味をそそる淡色の唇。それらは時々短い息を漏らし、恥ずかしさに耐えるよう控えめに引き結ばれた。
 状況も、息のつまるあやしげな空気も、様子といい、格好といい、青年のなにもかもがエロチックで仕様がなかった。
 徐々に伯爵の温い息は平常と同じ早さになり、話す言葉も大胆なものとなった。

「……なかなか、気が乗らないようだな」

 しごかれているものの膨らみを見ての呟きだった。
 シモンは薄く目を開き「こんな状況で、興に乗るほうがおかしい」と返した。
 伯爵は納得がいかなかった。

「君の今の格好は、あまりに扇情的だ」言いながら、伯爵は息が荒くなっていくのを感じていた。「裸よりも恥ずかしい。自慰を見せるにしても、ひどく、あられもない姿だ」

 はぁっ、とシモンは大きなため息をついた。
 呼吸に合わせて、どくどくと握りこんでいるものの容量が増えた。

「黙っててくれ。隣で変なことを話しかけるな」

「大きくなったな」

 肩がびくついた。扱く速度と、呼吸の速さがゆっくりと混じり合う。シモンはふたたび顔をそむけ、目を閉じた。

「水音が絡まるようになった。指の関節の曲がり方に恥じらいと震えが見える。下腹のうねりも、腿を引き締める力の張り方も、非常に官能的なものに変わった」

「黙れ」煽られていることを泣くような声だった。

「あぁ……とても動きが早くなった。すぐにでも終わらせたいか? しかし、焦ると集中できないだろう。気をやれないはずだ」

「もう、やめろ!」言うことがいちいちその通りだった。

「やめてほしくはないだろう」急に近づいた恫喝にも似た冷たい息に耳元で囁かれ、シモンは激しく身をすくめた。「じっと黙って見ていられるより、よほどましなはずだ。冷めた目で行為の一部始終を見られたいかね? こんな淫乱な態をして」

「淫乱じゃ、ない」きつく閉じた眦に涙がにじんだ。「自分でするだけだ。これで、充分なんだ」

「なまじ知性を感じられる分、恥ずかしいな、シモン」蔑んだ目が容易に想像できる、欲情に濡れた声だった。「恥辱的で、淫猥で……噛みつきたいほどに、なまめかしいよ」

 激しく求める力強さで、空いている手を握られた。指の股の一本一本をすべるようになぞられて、甘く覆い被さる手のひらで甲を揉まれる。歌うように、囁くように。

 ぐちゅぐちゅとした音が異常だった。激しく濡れている。犬のように息をついて、青年はとうとう薄目を開けた。上向く顔が涙を落とした。

「あ、あ、」

 なにも囁かれていないのに、自慰行為で声を出した。だらしなく口を開きながら、涙を幾筋も伝わせる。

「使っているのは、前だけか?」

 後穴に刺激を求めているのを見越しているかのような詰問だった。

「前、だけで、いい」
「いつものことを聞いているんだ。自分で指を入れるのかね?」
「は、ぁ、答えたく、ない」
「答えたくない? つまり、使っていないと言えないわけだ」

 きつく目を閉じた。早く終わらせようと手の動きを限界まで早めても、達しは訪れなかった。

「う、ぁ、やめ、やめて」
「しているのは君だ」
「終わらない……どうして、いやなのに――あっ」

 首筋にキスをされた。止まった手元から泣きじゃくるように精液が流れ出た。
 脈動に合わせて控えめに飛び散る精子が哀れだった。腿が震えている。
 牙で穴を空けることのない、慰めるようなキスが首筋をなぞった。
 荒く、気怠く息をつく青年を抱きしめて、彼はそのやわらかい金色の頭髪を撫でた。いとおしいように青年の肩に顔を埋めて、額を甘くこすりつける。

「わたしの感情に、いちいち付き合ってくれて、すまない」

 幾分落ち着きを取り戻したシモンは、涙で濡らした顔を伯爵の頭に寄せた。

「いい。でも、汚してしまったぞ」

「それこそどうでもいい。君が愛おしい」

 ふたりはゆっくりと舌を絡ませる愉悦の極みのようなキスをした。
 音を立てて舐め合い、離れたかと思うとまた引き寄せられるようにお互いの声と息を飲み込み、感じ合うように鼻の奥へ熱を漏らす。はしたない息づかいが乱れた部屋に籠もっていった。

 しばらくして顔を離した伯爵はあらためて青年の格好に目を留めた。興奮による嚥下の音が自身のこめかみに響いた。

「しかし、ほんとうにその格好は、扇情的すぎるな」

 いつもの戦装束で局部だけがまろび出ている。引き締まった尻も覆うものがなにもない。腰を上げれば冷たい空気に触れることになるだろう。見たくもないというように、青年は伯爵の肩に顔を埋めた。

「自分でも、理解している……」

 恥ずかしさに火照る頭を撫で、伯爵はつらくなってきた自身を受け入れてもらおうと、青年の服を脱がしにかかった。が、そこで数刻前の妄想と自省を思い返した。

 できることなら、このまま。
 しかし、大丈夫だろうか。
 ……どうしよう。

 上衣を掴んだまま動きを止めた伯爵の様子に、シモンは顔を上げて彼の表情をのぞき込んだ。

「どうした?」

 あ、その、と吃る声は先ほどまでの調子が嘘のようだった。しかし、様子を尋ねられたことに希望をもった。火を自分で消さないうちに、いいかどうかだけでも聞いてみたい。伯爵は欲望と恐れに恥じ入った表情で欲求を伝えた。

「この状態で、君をベッドに誘いたいのだが」

 最初は意味がわからなかったが、上衣からおそるおそる手を離した伯爵の望むところを理解して、シモンは少しうつむき「わかった」と答えた。

「いやじゃないか。つらいなら無理をしなくても」

 恥ずかしさは相変わらず表情に出ていたが、シモンはそれ以上に好意を伝えたくて、彼の胸元にそっと頭を寄せた。

「別に無理はしていない。それに、そういうふうに気遣ってくれるから、お前ならいいと思えるんだ」

 数拍をおいて、伯爵は「そうか」と無表情に言った。嬉しかった。
 青年の背と膝裏に手を差し入れてその身体を持ち上げると「自分で歩ける」とわめかれたが、こうなったらとことん大事にしたいと思えるほど、その告白が嬉しかった。

 終
 11/10/11(火)

 シモンさんにどうしようもないエロスを感じていたころの作品(それは今もなんですけど)。
 もとから露出が多いのでストリップがあまりいやらしくならないという……(そしてVKはどこへ……)。
 こういったポルノっぽい強引な展開が昔から好きです。