老狩人と狼の眠り

 17世紀の古城にて。
 青い夜と三日月が間近に見える。
 時計塔と天守をつなぐ長い階段に腰掛けるふたりがいた。
 ひとりは伝説の城主、ひとりは高名なる吸血鬼狩人である。
 同じ段に座り、月がもっとも良く見える高みで、思い思いの話をしていた。

「夢を見たよ」

 シモンは月光に映える白銀の髪をなでつけた彼に向かい静かに語りかけた。

 自分は狩人が使う粗末な山小屋にいる。
 ナイフで杭を削り、時々それに息を吹きかけて木屑を飛ばす。
 何本もの杭を削り終えたあと、木であつらえた寝床に横たわった。
 薄暗く、湿った感覚に目が冴えて寝付けない。
 直前まで手にしていた道具がすぐそばにあって気分もよくない。
 戸口から月明かりが差し込んでいるのが唯一のなぐさめで、かたちはおそらく今見ているような三日月だろうなと思った。

 扉が開いた。
 足音なく侵入してきた獣はお前の髪の色に磨きをかけたような銀色の狼だった。
 そのことになんとなく安心して、私は寝たふりを続ける。
 狼は敷物に並べられた杭を見て、それから寝床に横たわる私を見た。
 長い鼻を向けて、様子を伺うようにこちらへ忍び寄る。
 私は目を開けて狼を見た。静かに見つめ合ったあと、上掛けにしていたマントをめくって、銀色の獣を迎え入れた。
 そのころにはもう、狼が誰なのかがわかっていた。
 脚をかけて懐に入るお前はこう言った、「皆には言うなよ」。
 私は太くもなめらかな毛並みを両手で抱いて笑いながらこう言う、
「秘密は大好きだ」――。

 いつのまにか木の寝床は真白いベッドに変わっていた。
 私も年寄りになって、自然と『あぁこれは孫がくれたベッドだ』と理解した。
 狼はまだ腹の上にいる。
 身を横たえて眠っていた気格ある狼はふと耳をそばだてたかと思うと、顔をあげて窓の外を見た。
 月を見上げるようにしてひとこと、「人の手に渡ったか」と呟いた。
 なにがだと尋ねるとお前は言った。

「わたしの遺骸が」――

 お前は霧に変じて小屋を出ていった。
 最後に見た金色の瞳は相変わらず誇り高いのに、どこか、安らぎを失ったような悲しい色をたたえていた。
 私は床に並べられた杭を見る。
「そういうことか」と、私は寝入る前の行為を理解した。

 金色の髪を夜風に梳かせてとうとうと語る青年の話を、公は黙って聞いていた。
 月を見上げ、ぽつりと「そういう夢ならわたしも見たことがある」と伯爵は自身の夢の話を語って聞かせた。

「こことは違う、複雑怪奇な城の中での話だ。わたしの体は胴から下がなく、霧よりもおぼろげな身になっていた」

 幽鬼のようにとぎれがちな意識をさまよわせていたとき、城の中のある一室に迷い込んだ。そこへ惹かれたのは、どことなく、懐かしい意思を感じ取れたからだった。

 混沌が生んだ品々であろう様々な家具や調度品が空間いっぱいに据えてあった。
 誰かが部屋を作ったようだが、なにもこんなところに人の住まいを作らずともよかろうにと、人事ながらあきれかえっていた。
 シルクのカーテン、サイドテーブル、金の燭台のほかに蓄音機まであった。
 珍妙な獣の像やあやしげな雰囲気の鏡――あぁ、そこにもベッドがあった。
 銘柄はたしか『Ftone』といったか、ついさきほどまで誰かとともに身を横たえていたようなぬくもりが残っていた。

 部屋の一角に、彫像があった。

 女神や賢者を彫り上げたもののなかに、ひときわ目を引く立派な像があった。英雄の像だ。
 流れるような豊かな髪、見るものに対して印象を深める紋様入りのバンダナを巻く美しい青年の顔。
 作者も喜びとともに彫り上げたのだろう、精悍かつ神秘的な顔立ちは光を見据えるように気高く、荘厳な雰囲気を宿していた。

 見たことのある顔だ。
 しかしいつどこで、ついさきほどまで隣にいたような気がするのだが――わたしは碑銘を見た。

『シモン・ベルモンド』――思い出せない。
 その下に生まれ年、16xx――。
 没年を読みとろうとしたときに、背後のドアノブがまわる気配がして、わたしは音のするほうへ振り向いた。
 雪のような白銀の髪を後ろへ流した若い男が立っていた。
 そのものの顔立ちを見て、英雄と同じ血を分けた男だとわかった。
 しかし、このようなところでなにを?

 そのものは腰に絡げた得物を取った。
 振り抜かれる武器の形状を見て、わたしはなにもかもを思い出す。
 英雄として謳われる吸血鬼狩人が一躯の像になるのは至極もっともなことだと思いながら、わたしはどこか満足がいったように、霧に変じてその場から消えた。

 ふたりは時計塔に続く階段を見下ろしていた。
 蝙蝠のはばたく音が影とともに石段にまたたく。

 伯爵は顎に指をあてて「没年はもしかすると、まだ刻みこまれていなかったのかもしれぬ」と呟いた。

 シモンは膝を抱えた身をわずかにずらして、公の優雅に揃えられた足下を見た。

「あれから先、私たちは会っていたのだろうか」

 城を守る種々多様な魔物たちを討ち果たした末にたどり着く混沌の一室。
 実体のない城主を鞭で祓うと、あたりはモザイクのような色に変わる。
 すべては遺骸の影響によるものだったが――歪みに歪んだ人間の精神は、肉片のひとつひとつをいびつにつなぎ合わせて、酸鼻きわまる怪物を蘇らせた。
 かつてないほどの醜い化け物は、部屋の最奥で空間をねじらせ、嘆きも哀しみもなく、亡霊のようにうごめいている――。

「夢の話だ」

 青年を気遣うような、ふだんどおりの声をかけて、伯爵は月を見上げた。

「あれから先、醜い姿に変じたわたしと会っていたとしても――特別もの思いにふけることはないだろう。君は必ず為すべきことを果たしたに違いないのだから」

 さまよえる城主を常闇の地へ――老いた狩人は戦いの末に、公をふたたびの眠りにつかせたのだろう。
 あの真白いベッド、安寧の地を体現したような密やかな眠りに。

「眠くないか」

 同じ月を見上げながらシモンは尋ねた。

「棺に入るのも、狼に変じて寝床に忍び入るのも、まだ先のことだ」

 針のない巨大な時計盤が目の前にある。いまがいつか、知ることは不要だというふうに、いつまでも欠けない月とともに、そこに在る。

「こんな夢も見たんだ」

 シモンは次の夜の話をした。
 ふたりは冷たい石段に腰掛けていたが、どちらも三日月に揺られているような不思議さを覚えて、痛みも痺れも感じることなく、この穏やかな雰囲気を楽しんでいた。

 終
 12/09/06(木)

 白夜のおまけ、ボスラッシュモードでちょっとした話。
 家具アイテムの『えいゆうのちょうぞう』はシモンさんだといいなと思って書きました。
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 (攻略本からそのまま抜粋)