肌を掻く音で目が覚めた。隣を見ると鳴海が背中を掻いていた。かゆいところに手が届いていないようで、何度も身をよじっては爪に全神経を集中させて骨張った手のひらを小刻みに動かしている。ぼんやりとその光景を見守っていたライドウは手を伸ばし、かゆいところへあともう少しという部分に爪を立てた。鳴海の手が止まり、徐々に楽な姿勢へ落ち着いていく。
「あぁ、そこそこ……もうちょい上。いきすぎ。そこっ。……あーきもちい」
きれいに切りそろえられた爪の感触に鳴海は深いため息をついた。かゆみを解消する静かな音はやさしく、いまだ眠気の残る頭に心地よく伝わる。
「……赤くなってきましたが」
「ん。も少し」
「痛くありませんか」
「痛くないよ」
お前の爪だったら平気、と寝ぼけにまかせて余計なことを言いそうになったので、鳴海はむにゃむにゃと口をつぐんだ。軽口に対して爪の勢いがゴウトの一閃を彷彿とさせるような鋭いものに変わるかもしれない。黒猫の姿を思い浮かべて、それもいいかなぁと鳴海は薄目を開けた。背中に赤い筋をひとつ残してくれたら、自分もむなしさを気取ることなく、少年を求めることができるのだろうか。たとえその痕が事の最中にできたものでなくとも――いや、どうでもいいことだ。ばかばかしいことだ。想いを表せなど、考えただけでため息が出る。情けなくて。
「爪を立てられるの、こういう時がいちばん気持ちいいかも」
「そうですか……」
意味のわかっていない返事に鳴海は爪をうんぬんという思考をそれきり目を閉じて忘れた。ふと思ったくだらないことを悟られず、気づかれないまま口にできて、鳴海は心から安堵した。すっかりかゆみのなくなった背中を掻かれながら、あぁライドウといると落ち着くな、ライドウはいいこだな、鳴海はうとうととそんなことを思った。
寝息を確認したライドウは背中からそっと手を離した。乾燥気味の皮膚は赤白まじって痛痒そうに目に映る。ぽつぽつと散らばる赤い斑点を見てライドウは『あぁやはりこの人は体温が高いのだな』と思った。あとであせもに効く薬を塗ってあげないと――ぼそりと心の中で呟いた声を見つめるように、先ほどまで背中を掻いていた爪に視線を残す。
昨夜も鳴海の体にしがみつくような格好で交わったのだ。密着するように、お互いに汗をかいて。ライドウは頬が熱くなるのを感じた。体温を覚えている。鳴海にかゆみを覚えさせたのも、おそらくは昨日の自分が求め過ぎた結果だ。
ライドウは鳴海の背中へ指を伸ばし、赤く腫れた箇所にやさしく触れた。
『痕をつけてしまった』
終
11/08/04(木)