英雄であるはずの狩人が魔王と通じているという噂は、トマス自身がふれまわらずとも、本人不在の裁判で立証されたことだった。トマスは裁判の結果をひとりふたりに話しただけだ。話はそのまま人々のあいだを
いつのまにか、狩人は要塞内にたてこもっていることになった。
折からの不吉な雷雲、要塞に投じられた炎を消すほどの激しい雨、そして魔王の降臨を思わせるひとすじのいかづち……。
証人となったトマスの家からは恐ろしい雷光がほとばしっていたではないか。
誰もその窓を覗こうとは思えず、戸口を締めて震え上がった。そうして時の経つにつれて、むくむくとわきあがってきたのは、魔王の復活に関与した狩人への怒りだ。
平穏無事に暮らしたいだけの自分たちを無視して、奴は要塞内にたてこもり、邪神崇拝に心酔しているという。生け贄となった故人の金品まで横領して、行動は不確か、魔王の墓所へ歩む姿を見たものもいる。
いまは――いまは、町の終わり、丘の上に、見たくもない城が浮かび上がって、その姿を巨峰のようにそびえ立たせている。
魔王の復活は確実なものとなった。
魔物たちは騒ぎ、空を舞い、地をかけまわり、海を逆巻せている。
狩人め。狩人め。
その身を捕らえ、串刺しにし、火にかけなくては、自分たちの焦燥は収まらなかった。その後のことなど――知ったことではなかった。教会所属のあらたな狩人が魔王を討ちにゆくのだろう。兵士たちや騎士たちは、このときのために鍛錬を重ねてきたのだろう。ただの町人である我らには魔王との戦いなど関係のないことだった。
防衛の場を狩人に奪われているいまの状況では、どのように身を守ればいいのか、それもわからなかった。
こうして、人々は要塞教会と山道をつなぐ一本の街道に集まった。
家にこもっていても震えの収まる朝を迎えられるとは思えなかったのである。なんらかの行動を起こそうとして、それは狩人を断罪する方向へと動いた。
町の終わり、要塞へと続く道はもみの木が生い茂り、あたりを深い暗色に染めていた。
町のものが大勢集まり、手に手に武器となりうる松明や火かき棒、
しんとした月夜に、ひとすじの風が吹いた。
葉のこすれる音がやんだあと、群衆のなかのひとりが森の奥を見つめ、ひとこと、「あれは」と口にした。
「いたぞ」でもなく、「どうだった」でもない。
敵意と苛立ちに満ちた集団の
淡い、金色の光が木陰からあふれでた。それは徐々に光彩と光量を増してゆき、山道を歩むひとりの青年に追いならぶように移動していた。
光の波に包まれた彼は、森の梢の道から、そこへ集まったものたちの前へと、一歩、姿を現した。
その顔は歩みと同じく堂々として、なにものの迫害にも臆さずにいる力があった。
呆然とする群衆のひとりが、光の波を見て、またなにごとかを口にした。叫ぶような、確かめるような口調で「アリエット」と。また、他の誰かは「シャルル神父」、「バーナード先生」、「マリオン」、「ケイト」……
みな、信じられぬという驚きに涙ぐんだり、感動に口元をおさえたりした。
光の波は、7年前に要塞内で生け贄に捧げられた故人らだった。
その表情は穏やかで、自分たちの鎮魂のために働き続けたひとりの青年をかばおう、守ろうと、彼のまわりに集まっていた。
そして光のなかには、狩人とともに暮らした、いまは亡き村人たちがいた。
共に鍛錬を重ねた友人は彼のすぐそばにいて、勇気づけるような笑みを浮かべている。老人や年若い女たち、男たちも子供たちも、そして青年の両親も……。
祈りでしか通じえない事象があり、青年は命のかぎりそれに力を尽くした。
神聖な力によって救われた彼らは、いままさに狩人を英雄として救わんと、青年の祈りに応え、光の行進を為したのである。
彼らの姿を見て、狩人が魔王と通じているなどと、いったい誰が思うだろう。いったい誰が、故人の金品を着服したなどと疑うだろう。
実際にそんなことをしたものが、こうして彼らに守られるわけがないではないか。石ひとつ、罵倒の言葉ひとつ投げかけられぬようにと、彼をかばうわけがないではないか。
彼は英雄だ。人々のために動いた狩人の……いいや、この光景はもはや聖人の歩みであり……いまは天の住人である人々が為した、聖者の行進なのだ。
シモンは町のものの代表各と見える、たくましい、若い男に声をかけた。この先の要塞教会は正常に戻った。誰が入ろうとも異変は生じないと。
「いつでも使えるように、設備は整えてある。いますぐに皆を連れてそこへ避難してほしい。できるだけ、住民全員を連れて……」
空をはばたく魔物の鳴き声がした。
光の帯に怯えるように、また、興奮するように、鴉のような甲高い声を上げている。
男は声もなく、ただひたすらにうなずいた。英雄に声をかけられ、物事を頼まれたのを誇りに思うように、彼は家々に残ったものたちに声をかけるよう、皆に働きかけようとした。
しかし、その前に、目にしておきたい光景があった。男は他のものと同様、立ち止まって、目を見張った。
狩人は光の道を歩み続けた。
町のものたちは皆、彼のために道をあけた。武器を下げ、この光の前には無用の長物である松明を下げ、青年の行く先を見守った。
なにをしにゆくのか、皆が理解していた。その姿と、崇高な行為に、涙した。
彼は城へと向かっていた。
町の終わりを目指し、ゆっくりと、魔物達の注意を引きつけるように。
それに気づくと、皆が感動を抑えるように息を飲み込み、狩人の頼みに応えようと、それぞれがようやっと動きはじめた。
光のなかに見たなつかしい顔を忘れぬように、そして、後世にまでこの奇跡を伝えるために、彼らは生き延びる努力を始めたのだった。