伯爵はローズエキスの入った美やかな小瓶を傾けた。血液をたたえたグラスにひとしずくの香りが垂らされる。ワインから血に変えた冒涜の芳味がより深く匂い立つものへと変わる。青年と会う前には必ずこれで喉を湿して気分を高揚させるのだが、瓶の中の残り少ないそれを見て、伯爵はそばに控える死神にどういうことかと目線で尋ねた。
「急かしておるのですが、子犬の世話で手一杯だと申しておりましてな」
「なんの話だ」
「庭師でありエキスの精製主であるその老人、犬を飼っておったのですが、城に侵入してきた狩人に母犬を殺されたそうで――今は育ての親がいない状態で多くの子犬の面倒を見ているそうで、とても薔薇のほうにまで手が回らないと」
伯爵はあまりのことに無表情になった。そして鼻で笑った。
納期の遅れを淡々と説明する死神と、主君への畏れを知らぬ老人にほとほとあきれ果ててしまったのである。
――まったく、これほどどうでもいい理由もそうはない。それに死神のあの顔はどうだ、まるで平気という顔をして。
手のかかる子犬など殺してしまえと命じたいところだったが、死神のその堂々とした報告に、伯爵は少し話を広げてみたい気持ちになった。
「狩人に飼い犬を殺されたと言ったな――誰かわかればわたし直々に血肉を引き裂いて薔薇の肥料としてやっても良いぞ」
「これから会う予定のあの高名なる狩人でございます伯爵様」
グラスを持つ手がぴたりと止まった。
見据える目をものともせずに死神は言葉を続けた。
「倉庫で精錬器具を探している時に、天井が崩落し、隠し階段を見つけられてしまったと――興奮した母犬が飛びかかったところを聖鞭で――あの老人、多くは語りませぬが今でも声が詰まる様子を見るに、当時はそれはそれは滂沱の涙を流したのではと」
伯爵は柱時計を見て、御酒として献上されたそれを優雅に飲み干した。
そして青年と会うにはまだ時間があることを確認して、その老人が住む離れへと死神に案内させた。
特別に蒸し暑い晩、伯爵は庭師の粗末な小屋に赴いた。
恐縮して出迎える老人の挨拶を伯爵は厳めしい顔で遮り「子犬を見せろ」とひとこと言った。
身勝手な理由による納期の遅れ、己の立場や現状を理解している庭師は、無慈悲な処罰を覚悟して、六匹の子犬を伯爵に見せた。それは目が開いてまもない、いまだミルクに頼らざるをえないか弱い存在だった。「母親がまだ生身の犬だった頃の子供です」
母犬は狩人に襲いかかった当時にはすでに体からあばら骨をむき出しにした死せる存在であった。
血肉のたっぷりと詰まった六匹の子供を、母犬は死者の本能のおもむくままに餌食にするかと思われたが、子供はちゃんと生きていた。母犬の体温のない舌で毛並みをつくろわれ、老人が調達したミルクを舐めながら。
「光のない目でしたが、生前と同じように子供の世話をしておりまして――今となってはわかりませんが、あれは自分が死んでいることにも気がついていなかったのではと」
伯爵は六匹の子犬をじっと眺めた。
ひくひくと動く小さな鼻、身を寄せ合って眠る頼りない丸まり。
「見たところ健康であるようだが、この子犬らがそんなに――エキス精製を遅らせるほどに、お前に手間をかけさせるというのか?」
「栄養を摂るのに時間がかかりまして」
庭師は実演してみせた。
食料棚から取り出した乳をミルク皿に注ごうとしたとたんに、乳にきらきらと霜がおりて、冷え固まってしまう場面を。
それは別世界で見たクリームソーダの、あの緑の液体の上に乗っている白い塊そのものだった。
「なぜこうなるのか私にもわからないのですが……こうしてなでてもこの子らはぶるぶると震えるばかりですし……」
庭師は悲しげな目をして子犬をなでた。
しわの入った頑健な手から透けてのぞく小さな頭は、芯から凍えるように震えていた。
「この頃は食欲もないようで、溶けたミルクにも口をつけようとしません。体温で温めようとしてもますます冷え固まるので、どうしても食事に時間がかかるのです」
よくも今まで生きてこれたものだ。伯爵は子犬たちを見つめながらそう思った。
母犬と同様、自身が死者であることにも気がついていない庭師の手から子犬たちを一時預かり、伯爵は配下にあたたかいミルクを用意させた。
一時間後、様子を見に来た伯爵は、ミルク皿の中身がそのまま口つかずで残っていることに腹を立てた。
「あんなにいい匂いをさせていたのに、お前たちはなぜ口をつけぬのだ」
そうは言っても子犬はか細く震えるばかり。ぬくもりのない生活を続けるうちに、健康的な食欲を失ってしまったのだろう。
伯爵は子犬にそっと触れてみた。
変わらずぷるぷると震えるその姿を見て、自身もまたぬくもりのない存在であることを思い知らされた。
柱時計が鳴った。青年と会う時間だ。
伯爵はむぅとうなり、「少しでも飲んでおくんだぞ」と言い置いて、私室へと向かった。
途中で引き返し、子犬たちのいる箱のなかに魔法でふわふわの綿を敷き詰めた。
じめじめとした部屋の窓を開けて少し風通しをよくしたあと、伯爵は青年のもとへと急ぎ足に去って行った。
古の城の気温は変わらず蒸し暑い。
たくましい首に汗を垂らしながらにこやかに笑いかけるシモンを見て、伯爵は挨拶を返したあと、青年にシャワーを勧めた。
彼はありがたく勧めを受けて、風呂場へと向かった。その後に愛し合うのにも必要な行為だ。少し順番を早めたところで気まずくなることもない。
青年が体を清めるあいだも伯爵はあの子犬たちのことが気になっていた。
少しでも栄養を摂っているだろうか、寒さで震えていないだろうか。
青年が湯上がりに飲むための冷えた紅茶を用意しながら、伯爵はぼんやりとあの無垢な体を思い返した。青みがかった灰色の毛並みは母犬ゆずりだろうか。
やがてシモンが髪の毛を拭きふき風呂から上がった。
冷えた紅茶を飲み干し、伯爵に礼を言う。
気温のせいか入浴後の汗はなかなか引かず、シモンはバスローブの中に幾筋もの汗を垂らした。
青年の様子と、ローテーブルの紅茶に目をとめた伯爵は、なにかを閃いたように目を見開いた。
指先をひらりとさせて、テーブルにあらたな物品を生じさせる。
現れたのは小さなグラスに乗ったバニラアイスクリームだった。
「別の世界で見たことがあるだろう。熱い体にはちょうどいい食べ物だと思ってな――ウエハースは初めてかね? どれ、わたしが食べさせてあげよう」
難題から気を紛らわすために少しでもいちゃつきたい気分だった。
伯爵は遠慮する青年をなだめて、スプーンにすくったそれを「あーん」とやった。
照れくさく思いながら、シモンは言われたとおりに口を開いた。
あぁこのように素直に口をつけてくれたなら――気を紛らわせなかった伯爵は、注意がそれてシモンの胸元にべったりとアイスをこぼしてしまった。
冷たさに息を飲むシモンの様子を見て伯爵も慌てた。はだけた胸元に流れるそれに対して、ハンカチのかわりに舌をのばしてしまうほどに。
行儀の悪いやり方にどちらも驚いたが、同時に心臓が跳ね上がるような興奮も覚えた。
青年の体はあたたかく、少し塩気があり、バニラにも負けないような甘やかな匂いがあった。
舌からこぼれ落ちる白い液体を残さず舐めあげて、伯爵は胸の下から青年の顔を熱く見つめた。
舌から伝わる激しい鼓動、上下する広い胸、赤い頬。
暑さとそれ以上の息がつまるような状況を目の前にして、シモンは新しい汗を額に浮かべた。
しばらくその姿勢のままシモンを見つめていた伯爵は、ぷんと香るあたたかな匂いを嗅いで、前にも増した激しい閃きを得た。
あぁ、もしかしたら――この思わず舌をのばさずにいられないぬくみと香りを嗅いだなら、あの子犬たちもきっと――。
「シモン、頼みがあるんだ」
伯爵は子犬たちのことを話し始めた。
気を遣って母犬のことに思い当たらせないように言葉を選んだが、シモンは自分を思いやる伯爵の様子を見て、すぐにあのことと事情を察した。
長いつきあいでは言葉を隠そうが目配せひとつで事を雄弁に物語ってしまう。
シモンはうなずいた。自身の責任に加えて、こちらの気を遣う言葉を受けては、彼の頼みを断るわけがなかった。それがどんなに突飛な願いでも。
準備はととのった。
私室のドアが開くと、子犬たちを箱ごと抱えて連れてきた伯爵の姿が見えた。
青年はこちらへと歩むその姿を唾を飲みこみながら見つめていた。
広いテーブルに箱を傾けると、よたよたとした足取りで六匹の子犬が箱から降りた。
子犬たちはすぐになにかに気がついたように小さな鼻をひくひくとさせた。
甘い匂い、あたたかな匂い。とてもおいしそうなおっぱいの匂い。
あぁ高名なる狩人のその姿。
広いテーブルに横たわり、両手足を拘束されて、全身に栄養価の高いクリームを盛りつけられた青年の、世にも稀なるたくましい体がそこにあった。
美しい肌はなにも身につけておらず、生クリームによる細かな装飾を施されたその肉体は、妖しく、なまめかしく、芸術的ですらある。
健康的な母乳に近い特別な栄養価を持ったそれは水分も充分で、それでいてほどよい固まりをもって、青年の体を白く楽しく彩っていた。
手足を拘束したのは、青年がくすぐったさに耐えきれず、激しく抵抗した場合を考えてのことと、その様子を見て子犬たちが怯えることのないようにという、伯爵の行き過ぎた配慮によるものである。
しかし目の前に突然現れた、巨大なおいしそうなそれをどうしていいかわからずに、子犬たちはただとまどっていた。
その反応をわかっていたように、伯爵は狼の姿に変身してテーブルに乗った。
やり方を教えるように、青年の胸元をぺろぺろと舐める。
シモンは頬を赤らめてびくついたが、大切なことを教えている最中なので、じっと黙ってその刺激に耐えた。
狼は肩や胸に乗ったクリームを黙々と舐めとり、肌をあらわにしてゆく。
まるでそうすることが善いことなのだよと子犬たちに教えるように。
なめらかな舌でクリームをすくいとる様子を見た子犬たちは、おそるおそる、それぞれが惹かれた部位に近より、クリームを舐めはじめた。青年が放つあたたかな匂いに我慢しきれなくなったのである。
腋を、胸を、腹部や腿の付け根を、左右から試すようにチロチロと舐める。
やがて味やぬくもりに安心感を覚えると、眠っていた食欲を呼び起こされたように、いっせいにぺろぺろと青年の体を舐めだした。
シモンは身をよじりながらも声を出さないよう、唇を引き結んで子犬たちの無邪気な欲求に耐えた。
この子たちはおなかが空いていたのに、きちんとした食欲もわかずに目の前のミルクを飲めなかったのだ。自分をきっかけに正常な食欲を取り戻してくれたらいい――やむをえないこととは言え母犬を殺した罪悪感と、それにも勝るある感情――母性を覚えたシモンは、びくびくと震えながら、その潤んだ瞳で子犬たちの動向を見つめていた。
「は――あっ」
子犬に乳首を舐められたときに、シモンはとうとう耐えきれずに声を出した。
子犬たちはその甘い声に耳を立てて、反応が返ってきた部分を何度も興味深く舐めだした。
「あっ、あっ、」
左右それぞれから違うリズムで乳首を舐められて、シモンは顔を真っ赤にしながら、悩ましい声で注意した。
「そ、こはもう、クリームがないだろう――別のところを、んっ、舐めなさい……」
子犬たちはおもしろがって青年の敏感なところを探り始めた。
空腹感がある程度満たされたとたんに、この心優しい青年に対するいたずら心が芽生えたのだ。
いやがってはいるけれど、どこか喜んでいるみたい――もっともっとそのお顔を見せて――。
六点から絶え間なく与えられる刺激に、青年はいけないと思いつつも、むずがゆい快楽を感じてしまった。
かわいらしい無垢な生き物がただ空腹を癒すために体を舐めているのに、自分ははしたない反応をしてしまっている。
そのことを反省する暇もないほど次から次へと無邪気な舌がのびるので、シモンは息を荒げて「あぁっ あぁっ」と身をよじらせた。
おかしな欲望を感じているのは子犬たちやシモンばかりではない。
一番最初に手本を見せた伯爵が誰よりもむらむらとした凶暴な欲求を抱いていた。
しかし子犬たちのいる手前、欲望をぶつけるわけにもいかない。
満たされぬ思いを抱えた伯爵は、腹立ち紛れに、そこはやめておこうと避けた部位に――とうに勃ちあがったそこに、きれいにデコレートする魔法をかけた。これまでよりも甘い甘い、極上の香りたつクリームで。
「あっ、ヴラド、そんなことしたら――!」
子犬たちはいっせいにその一点を舐めはじめた。
幼い存在にそんなところを舐めさせる背徳感と、感じたこともない甘い刺激に、シモンは耐えきれずに涙を流した。
なんてことを、なんてことを――あぁ、でも、でも、こんな――こんなわずかな、幼い刺激ではとても足りない。
「あぁ、ヴラド、いつまで、いつまで続くんだ――」
「この子たちが大きくなって、自分たちでものを食べられるようになるまでだよ」
「そんな、そんな――」
熱く脈打つそこのクリームをすべて舐め取った子犬たちは、最後に青年の口元に近より、むぐむぐと鼻を押し当てて、ぺろぺろとキスをねだった。
達しを迎えられないままとまどっていたシモンだったが、青年は一匹ずつに丁寧なキスを返し、顔中を甘い匂いに満たして、安心させるようにほほえんだ。
そこらじゅうにハートマークが弾んでいるような、愛にあふれた、ぬくもりのある光景だった。
やがてたっぷりと腹を満たした子犬たちは、心も満足したように、互いに丸まってうとうととしはじめた。
誰かの穏やかな手で元いた箱に戻される感触を覚えながら、一匹の子犬はぼんやりと遠くの景色を眺めた。
おいしいあの人が誰かと激しく抱き合っている。あんなに体を揺すられて、気持ち悪くならないのかしら。
「ヴラド、もっと、もっと――あぁ、もっと――」
幸せそうな声を聞きながら、子犬たちもあたたかな気持ちで眠りに落ちた。
あれから毎日毎晩青年はその身を犠牲にして、子犬たちにぬくもりに満ちた食事を覚えさせた。
しあわせで、あたたかく、気持ちのよい食事を続けた何日目かのある日に、はちきれんばかりに高まった母性のなせる技か、青年は胸から乳を噴き上げた。
ふたりとも驚いたが、その乳をなによりも美味しそうに飲む子犬たちを見たら、細かいことはどうでもよくなった。あたたかな白い噴水を見たときは、伯爵もさすがに我慢しきれずに、青年の乳の味を確かめた。
これまでに飲んだどんなものよりも甘美な味がして、伯爵は胸にあまる興奮を覚えた。誰にも負ける気がしないような力と誇りが全身に充ち満ちたのだ。
子犬と一緒に先を争うようにして自分の乳を飲む伯爵の姿を見ると、シモンもまた(呆れながらも)わけのわからない強い興奮を覚えるのだった。
そしてべとべとになった体のまま、伯爵とともに昂ぶった思いを慰めた。
無邪気な舌の動きと愛情のこもったキスはシモンと伯爵を激しく燃え上がらせ、一日一回ではあるがふたりともその濃密な食教育の時間を待ち遠しく思うようになった。
しかしどの物事にも終わりはあるもので――特に悪魔城の生物には普通の生き物とは違う時間の流れがあるので――子犬たちは日一日と大きくなり、一週間ほどで、象のような大きさの立派なアンフアゥグリアへと成長した。
「狼じゃないか!」
「庭師に聞いたところ四分の一ほど犬の血が混じった雑種らしくてな――どのみちこれでは我が城では飼えぬから、未来の悪魔城へと送るつもりだと言っておった。君にも感謝していたぞ」
身を挺して育てた思いが伝わったらしい。
庭師の今にも消えそうな薄く透きとおった姿を見て、遺恨が残っていないことを理解したシモンは、伯爵のやわらかなほほえみに応えるような、静かな微笑を返した。
育ての親のシモンと伯爵に別れのキスをした狼たちは、庭師に連れられて未来の悪魔城へと旅立っていった。
「これで久しぶりに落ち着くことができそうだ」青年は解放されたように大きな伸びをした。
「シモン、しかし――」伯爵はとたんにさみしそうな顔をした。「――明日も会えるか」
シモンは嬉しそうにほほえんだ。「あぁ、また明日」
伯爵は胸がくすぐられるような思いで青年にキスをした。
その夜。
伯爵は奇妙な夢を見た。
青い部屋――ここは天守だ。
誰もいないはずの天守になまめかしい影が見える。
玉座にいるその人物――シモンは、M字に広げた脚を手すりにかけた大股開きの格好で、素裸の腰を天鵞絨の布地におろしていた。上衣もブーツも身につけて、ただ下半身にはなにも着用していない。
恥ずかしげにこちらを誘うような顔をして、きわめて淫猥な格好で由緒ある玉座を汚している。彼の中心は勃ちあがり、尻は肉厚を感じさせるようにつぶれていた。
シモンは自分でもどうしようもない思いで、まるで誰かに命じられているような表情でこちらを熱く見つめていた。
とろとろと露があふれだすその姿のまま、青年は震える声で「見ないでくれ」と懇願し――は、と伯爵は目が覚めた。
なんという卑猥な夢だ。彼があんなことをするはずはないのに、欲求不満にしてもこんな夢を見るとは、自分はまったくどうかしている。
今日もシモンと会うのだ。伯爵は景気づけのために新しく献上された特別製のローズエキスをグラスに垂らした。
美やかな小瓶にはオパールのような複雑な色味のエキスが詰められている。千年に一度咲くという幻の薔薇から抽出した鮮やかな香りのエキスだ。恩義を感じた庭師は、秘宝とも呼べる品を精製して伯爵に献上したのだ。
かいだこともないかぐわしい匂いが部屋中に広がる。
これはどれほど自分の気を高めてくれるのだろう――伯爵は期待に満ちた思いで喉を湿した。瞳が愉悦のかたちに紅く潤んだ。
三日月が妖しく光る夜、シモンは伯爵の私室を訪れた。
蒸し暑さは変わらない。汗をかいたろうと出迎えると、青年は一瞬こわばった表情でこちらを見つめた。凝視するという言葉がしっくりくる。どうしたと頬に手を添えると、青年はびくつき、「なんでもない」とうつむいた。声が震えている。
不穏なものを感じたが、伯爵はいつものように風呂を勧めた。
足取りはふだんと変わらず力強さを感じさせたので、伯爵は湯上がりの青年のために冷たい飲み物を用意しはじめた。
シャワーを浴びながら青年は腹の底からわきあがる欲望と必死に戦っていた。
頬に触れられたとき、シモンは膝から崩れ落ちそうになった。
いつもと違うあの迫力はなんなのだろう、瞳を見たとたんに心臓をつかまれたような衝撃を受けて――シモンははぁっとたまらないように息をついた。胸の奥に火をともされたどころか、激しく燃える炎を投げ入れられた気分だった。
青年はお湯から冷水に切り替えて火照る体を静めようとした。
しかしむくむくと勃ちあがる部分はどうにもできずに、シモンはしかたなく、冷たい水を浴びながら、自身を一度だけ慰めた。
なかなか出てこない青年を心配して、伯爵は風呂場の扉を開けた。冷気が肌に当たる。冷水を浴びながら床にへたりこんでいるシモンを見て、伯爵はわけも聞かずに急いで彼を抱き上げた。恥ずかしげな声が胸元に響く。
下半身の変化を目にしたが、伯爵は力なくいやいやをするシモンの体を、なにも尋ねずに丁寧に拭いた。震えているのに顔が赤い。
「どうしたんだろう、お前の顔を見たとたんに――」
シモンはそう言いながら伯爵の顔をもう一度、まともに見てしまった。
下半身に手がのびる。
伯爵の見ている目の前で、シモンは自慰をはじめた。
いまだ理性はあるのか、「あぁ、見ないで、見ないでくれ」と喘ぎながら。
秘宝級のエキスは伯爵の力を最大限に高めてしまったのだ。無意識のうちに眼力を発揮してしまうほどに、その力を性的な方向に特化して。
まわりくどい方法でシモンは庭師の復讐を受けたのかもしれない。
高名なる狩人が、いまや自分を抑えきれずに乳首をこねあげ、局部をこすりながら、ベッドの上で腰をくねらせているのだから。
「あぁっ、あぁっ、もう、もうやめて――お願いだ」
シモンはいなくなった狼たちが自分を舐めあげているように感じた。
首筋を、腋を、乳首を、尻間や太ももを、そして陰茎を執拗に舐められて、無邪気な快楽を覚え込まされた甘い日々。
子供たちの餌食となった狩人の姿を母犬の目が嬉しそうに見つめている。
この効果は一晩かぎりで終わるのだろう。
そして特別製でないローズエキスも今あるかぎりのもので終わりだ。
狼たちを送り届けたあとに陰府に下ったであろう庭師の姿が目に浮かぶ。
間接的に城主の客人に媚薬を盛った不敬の庭師は、永遠に罰せられぬことのない常闇の国へと逃げおおせたのだ。
「どうしよう――あぁ、こんな、いやなのに――」
腰をみだらに浮き上がらせながら、シモンは甘い声で伯爵に助けを求めた。
伯爵は青年の痴態を見つめ続けた。
抑えようとしてもままならないので、紅い瞳のまま見つめ続けた。
そして薄くほほえんだ。
夢に見た青年の淫猥な姿に、心の底では興味を持ったことを認めたのだ。
「シモン、君を子犬にしたいものだな。みだらな君の欲求を満たすために、わたしは君に犬のしるしを突き入れて、おすわりからトイレのしつけまでをみっちり教育しようと思う。わたし自身、子犬になった君にとても興味があるからね――はっきりと言うよ、シモン。ほんの一夜かぎりの、わたしだけのペットになってほしい。良いだろう? こんなに体を熱くして、わたしを誘うように身をくねらせているのだから。きちんとわたしの言うことを聞けたら、ご褒美に玉座に座らせてあげよう。とても座り心地が良いと思うよ。君のはしたない姿を最後までしっかりと見てあげるから――かわいいシモン、わたしの頼みを、命令を聞いてくれるね? いやらしい、わたしだけのシモン」
伯爵はシモンの顎に手を添えた。
熱い口づけを交わすと、シモンはぶるぶると震えを起こした。吐精したのだ。
それでも熱は引かない。ますます熱くなってゆく。
シモンは涙をこぼし、瞳を伏せた。命令に従う態度だった。
「良い子だ――」伯爵は手始めに彼のしっぽとなり、その身をゆさぶりながら、彼には何色のしっぽが似合うかを考えた。
胸の下で、かわいい子犬の鳴く声が聞こえる。いやがってはいるけれど、たしかにどこか喜んでいる、幸せそうな甘い声が。
伯爵はこれからの夜の散歩を楽しく思いながら、いとおしくてたまらない子犬の腹に、情愛に満ちた熱いミルクを注ぎ込んだ。
終
14/07/17(木)
夏なのでちょっぴりエロ怖な話を目指しました。
伯爵様が飲む御酒については『ほんもの』で書いたのでそちらを……
老人と犬はSFCの隠しステージに登場するあのキャラをイメージしました。
媚薬ネタもほんのちょっと盛り込めたので満足です。