古の城主の私室にはゲーム機がある。
混沌の産物である悪魔城には時代を超えた品々が現出することがあるが、ゲーム機もその一種だった。
城主と高名なる狩人は、自分たちの戦いの記録でもある興味深い道具をここへと持ち込み、検分と称して遊ぶことがあった。
今回シモンが見つけた記録媒体は1991年に製造されたロムカセット。
とある世界を征服した大魔法使いを倒すため、変身能力をもつスーパーロボットが出動するという内容だ。そのロボットは数多ある世界のヒーローたちに姿を変え、様々な力を駆使して、敵の本拠地へと進んでゆく。ロボットが身を変える英雄たちのなかに、シモンの名があったが、説明書を読み上げる伯爵の表情は、カセットを見せた当初から冷たいとも思えるような静けさをたたえていた。
「その表情を見るに、あまり興味がなさそうだな」
「当然だ。わたしが出ていないし、君も本物というわけではないのだからな」
「見てみたいのだが」
伯爵は黙ってシモンの表情を見つめた。できたらでいいという素直な頼み方に、伯爵はフンとそっぽを向いた。
「わたしは協力しないぞ」
シモンはふっとほほえんだあと、金属端子に息を吹き付け、埃を払い、いそいそとゲームを起動させた。猫背になり、コントローラーを握る。「背筋を正せ」という注意のほかはなにも言われず、シモンはゲームに没入した。
ロボットが英雄に変身する。それは生後間もない赤ん坊であったり、シモンとなじみの深い赤毛の剣士であったり、自分自身であったり。
「ちゃんと自分が出る編成にしたんだな」
「いいじゃないか」
伯爵の言葉に少し動揺したのか、ゲーム画面のシモンがダメージを受けた。
二頭身にデフォルメされたかわいらしいキャラクターが、目をきつくとじ、数瞬、立ち止まる。伯爵の眉が上がった。
もとから覚えが早いのか、シモンは、何度かミスをしながらも、ゲームオーバーになることはなく、順調にクリアを重ねていった。が、突然、コントローラーの操作を忘れる事態が起こった。伯爵の手が体に伸びたのである。それは腹部から胸へと上がり、小さな蛇のようにするすると肌をすべった。枝分かれした舌を思わせる指先は細微に肌を刺激し、触れられたらいやだというところを的確についてくる。これは愛撫ではなく、悪戯だ。集中力を削ぐための指がいやらしくちょっかいを出している。
「やめろ」と、シモンはびくつきながら注意をするも、ゲーム画面から目を離そうとしなかった。その態度をおもしろく感じたのか、伯爵はますます調子に乗って青年の胸元をくすぐった。耳に息を吹きかけ、そっと囁く。「君こそゲームをやめたらどうだ」
シモンはコントローラーをぐっと握りしめながらこう言った。「一度始めた戦いの記録は最後まで見届ける」
おかしなところで強情というかまじめというか――伯爵は耳を噛み、シモンの乳首をつついた。
きつく閉じそうになる目を必死にこらえながら、シモンは体をねじまげ、ゲームを続けていた。刺激を受けた部位が緊張して引きつれば、すぐさま隙のできた部分をいじられる。羽をすべらせるように、さわさわ、つんつん。
我慢の限界はすぐに訪れた。シモンは一時中断のボタンを押し、怒りに満ちた顔で振り向いた。「やめろと言っているだろう!」
そして伯爵の手を取り、こう言ったのだった。
「触るんならもっとしっかりと触れ! こんなふうに!」
シモンは自分の胸にがっしりと伯爵の手を掴ませた。顔を真っ赤にしながら、力強い腕で、ぐいぐいと自分の胸を揉ませる。
「中途半端に触られるとイライラするんだ!」
わたしはなぜ怒られているのだろう。怒られるのはわかるが、怒られる理由が違う気がする――伯爵は手のゆくえを呆然と見つめながら、「あぁ――すまない」と呟いた。その様子を見て、言いたいことを言い終えたシモンは、テレビ画面に姿勢を正した。いまだに収まりきらない怒りを全身から放出しながら、おそろしい息づかいでゲームを再開する。これで言うとおりに肌を触ろうとするのなら怒気で触れたところが焼け焦げそうな勢いがあったが――伯爵は気合いをこめて、シモンの胸をがっしりと掴んだ。ウッという呻き声が聞こえた気がしたが、伯爵はかわまず、たしかな手つきで、青年の胸を揉みしだいた。
プレイヤーキャラの動きが力無く、頼りないものになっていく。
何度もミスをして、体力ゲージは残り少ない。
車に轢かれる。移動する床から落ちる。足が生えた棺桶にあやういところまで追い詰められた。体も操作も、へなへなだ。
続けざまに敵に衝突したキャラクターが「痛い、痛い」という表情を見せた。焦りを誘う効果音が間断なく鳴り響いている。
「ちょ、もう、やっぱり」弱々しい声だった。瞳が潤み、悩ましいように首がのけぞる。円を描いてあやしく上下する胸元から「あ、あ、」と切ない声が押し出されて、とまらない。
やめろという言葉も出ないほど、伯爵の手の動きは無心を極めていた。青年の肩に顎を乗せて、一心不乱に胸を揉みしだく。その顔は無表情であり、呼吸は一定で、瞳には一片の濁りもない。心臓の鼓動と同じような当たり前の動きで、両脇から、シモンの胸を揉んでいた。ゲームオーバーだった。
残念な音が流れるテレビ画面を見ながら、伯爵は「なんだ、ワルーモンとかいうふざけた相手も倒せないのか君は」としれっと言った。シモンは胸から手を引きはがし、さんざんに怒鳴ろうとしたが、先に自由になった伯爵の手がコントローラーを掴んだ。「貸してみたまえ」と、青年の隣に移動する。愛撫の名残か、いまだ自由のきかない体のシモンは、脱力した身で伯爵のプレイ画面を見つめていた。
そこにはいっさいのミスが見られなかった。
縦横無尽に出現する敵のパターンを記憶しているかのような無駄のない動き、狙いの正確さ、操作キャラはシモンのみというこだわりも見せたプレイは鮮やかにラストボスを撃破し――エンディングを迎えた。
呆然と見つめるシモンの表情をわかっているように、伯爵はこう呟いた。
「君のやられ顔があまりにかわいらしくて、やりこんだゲームではあるが――」
シモンがここへ持ってくる以前に、伯爵は、どこかで手に入れたこのゲームを、ノーミスクリアできるほどにプレイしていたのだ。
青年の肌を触ったのも、かわいらしいキャラクターの表情に触発されてのことだった。
さんざんおかしな行動をとって、(こちらにも責任があるのかもしれないが)プレイの邪魔ばかりしたうえに、最後には自分でクリアを決めてしまうなんて――シモンは肩を強ばらせて、噛みしめた歯の隙間から震える息を漏らした。怒鳴り声が出るまであともう少しというときに、ふと、ゲームクリアからずっと変わりのない、伯爵のしんとした横顔に気がついた。握りしめた拳をゆるめて「どうした」と静かに尋ねる。伯爵はどうということもないふうにシモンを振り返った。
「やはり――君とともにいられなかったことが不満でな」
足の生えた棺桶なんぞに出番を取られて、城も悪魔城ではないし、やたらと明るい世界だし、出たところで不満は尽きそうにないが、まぁそれでも、やはり、君と同じ世界にいたかった――伯爵はそう呟き、ゲーム機の電源を落とした。
カセットを引き抜く姿があまりに似つかわしくないように思えて、シモンはそっと、伯爵の肩に頭を乗せた。「あれは本物の私じゃないぞ」と呟いて。
伯爵は肩に寄せられた頭に手を添えて「邪魔をしてすまなかった」と囁いた。別にいいというふうに、青年の額がこすりつけられた。さみしい気持ちが、甘くあたたかいもので満たされるような、ゆっくりとした動き。
伯爵は青年の髪の毛を撫でながら、そっと耳元に唇を寄せた。「火は消えていないな?」
なんのことだと尋ねるような顔にキスをする。頬は快いぬくもりがあった。
「ゲームを楽しむのもいいが、わたしは、君ともっと向き合いたくてな」
そして心から不思議に思うように、こう付け足した。「なぜ胸をしっかりと揉ませたのか、その理由も知りたいし」
私室の奥にはベッドがあった。伯爵はそれきり口をつぐんで、そちらへ導くようなまなざしを送った。シモンは少しだけうつむいたあと、ベルトを外して、シャツを脱いだ。体の奥は今も、どろりと溶けたろうそくが火をくゆらせて、芯を熱く焦がしている。
「あれ以上の理由なんてあるものか。お前にはちゃんと触れられたいだけだ」
いとおしい相手とともにいることを確かめ合うために、シモンは風呂場へとすたすた歩んだ。
終
13/08/04(日)
胸をガッと揉ませるシモンさんと、なぜか怒られている伯爵様という画が思い浮かびまして……気づいたらこんな話を書いていました。
そしてワイワイ2のシモンさん、かわいいですよね。
やられ顔にきゅんきゅんきます……。